134.最奥部での戦闘
スロープは大きく円を描きながら最下層まで続いている。
スロープの横幅は約五メートル。
三人が横に並んでもまだ余裕がある。
三人はスロープを駆けていた。
進む先に邪魔はなく、順調に進むことができている。
問題があるとすれば、やはりこの熱さ。
スロープの最上部でさえ、最下層で煮えたぎる溶岩の熱を感じる。
そこへ向かって進むということは、命を投げ出す行為に等しい。
進むごとに熱さが増す。
体が燃えるような熱さだった。
しかし、メガラは止まらない。
メガラには分かっていた。
アレキサンダーの力の源は、最下層に存在する溶岩だ。
その溶岩の中に、アレキサンダーの核があるのだろう。
湿原で戦った、あの奇妙な魔物と同じだ。
核を破壊すれば生命活動を停止する。
そしてメガラは、溶岩まで約二百メートルのところで足を止めた。
スロープの上から溶岩を見据える。
「我が民たちよ……さぞ熱かったであろうな」
メガラにはもう分っていた。
贄の晩で行われるのは、悪辣極まりない行為だ。
贄となった魔族は溶岩の中に放り込まれる。
そうする理由の正確なところは分からない。
だがおそらくは、その行為こそがアレキサンダーの不死の理由。
魔族を溶岩に取り込むことで己の力としているのだろう。
吐き気を催すような邪悪の所業。
湧き上がるのは怒りの感情。
だがメガラはむしろ、悲しみの感情を顔に浮かべていた。
どれほど熱かっただろう。どれほど苦しかっただろう。
メガラには聞こえた。
助けて、と叫ぶ魔族たちの声が。
「助けてやれず……すまない。せめて、安らかに眠れ」
メガラは杖を掲げた。
柄は黒く、紫の魔石が先に嵌め込まれたメガラの杖。
メガラを永久の魔女たらしめる伝説の杖。銘は永久の杖。
「お前たち、今から永久の結界を発動する準備に入る。その間、余は無防備になる。敵は、このまま我らの好きなようにはさせてくれんだろう。敵の妨害が入るはずだ。だから、頼むぞ」
「任せてニャ!」
「この命にかえても、盟主様をお守りします」
そうして、永久の杖が光り輝いた。
その光は淡く、優しい光だった。
それは、苦しみながら死んでいった魔族たちを弔うような、慈しみの輝き。
永久の結界。
対象物を永久の闇に葬るメガラの奥義。
その奥義を以って、溶岩をこの世から消し去る。
その奥義の欠点は、発動時間の長さ。
極度の集中を要する奥義。
無防備を晒すほどの精神集中が必要。
それゆえに、護衛は必須。
それらは、溶岩の中から現れた。
それは、自動で反応する防衛機能か。
溶岩の中から現れたのは、燃え盛る骸骨。
人の骸骨と思われるそれらは、炎を纏っていた。
溶岩から燃え盛る骸骨たちが、次から次へと這い出してくる。
その数は、十、五十、百、と増えていく。
「クロエ殿、準備はよろしいですか?」
クロエは両拳を付き合わせて答えた。
「いつでも」
そしてクロエとネロは、燃え盛る骸骨たちを迎撃するために前に飛び出した。
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灼熱のハルバードが上から振り下ろされる。
迎え撃つのは魔剣ヴォルフラム。
二つの武器が衝突。
斧槍と魔剣が噛み合うが、それは一瞬。
アルゴは即座に後ろに下がり、アレキサンダーの多腕から繰り出される黒刃を躱した。
黒刃は、アレキサンダーの掌から突き出している。
その刃は鋼ではない。その正体は、冷えて固まった溶岩だ。
冷えて固まった溶岩が、細長い刃の形状をしている。
どういう理屈か、その刃の鋭さは並の剣を凌駕する。
アレキサンダーは皮膚と肉がある腕を六つ持つが、そのすべての掌から黒刃を生やしている。
圧倒的な手数。
しかしアルゴは、涼しい顔でアレキサンダーの攻撃を防いでいく。
時に躱し、時に魔剣で受け、時に黒刃を破壊し、捌き続ける。
アルゴは無傷。アレキサンダーはダメージを負っていく。
だが、アレキサンダーは傷ついた体を再生させることができる。
アルゴがアレキサンダーの腕を斬り落としても、黒刃を破壊しても、アレキサンダーは再生を繰り返す。
まさに不死身の怪物。
絶望的な状況といっていいはずだが、アルゴは自分が負けるとは微塵も思わなかった。
アレキサンダーの動きが分かるのだ。
見えるのではなく分かる。
アレキサンダーがどんな風に刃を振るうのか、それが分かる。
だからアルゴは、余裕をもって対処できる。
それは、答えの分かっている問題を解くのと同義。
アルゴにとっては問題ですらないのかもしれない。
アルゴは魔剣を振るい、アレキサンダーの腕を三本斬り落とした。
それから更にアレキサンダーの腕を斬り落とそうと魔剣を振ったが、ハルバードに防がれた。
灼熱のハルバードと衝突しても、魔剣は傷つかない。刀身が溶けることもない。
改めて魔剣のすごさを実感した。
並の剣ならば、とっくに壊れているだろう。
シュラさん、ありがとうございます。本当に。
魔剣を託してくれた盲目の老人に感謝し、アルゴは一度後ろに下がった。
軽く息を整え、アルゴは言う。
「……ふう。面倒ですね」
アレキサンダーは、体を再生させながら言葉を返す。
「やはり恐ろしいほどの強さだな。力を開放しても、貴公に勝てる気がせん。教えてくれ。どうすれば貴公に勝てる?」
「……それを言うと思いますか?」
「いいや」
「……」
アレキサンダーは、ハルバードを構え直した。
背中から生えた二本の骨の腕で、ハルバードを頭上に掲げる。
「敵に弱気を見せるとは、某はどうかしているな。だがなるほど、これが格上と対峙するということなのだな」
「俺は自分のことを格上とは思ってませんけど。ただ、負ける気はないですね」
それを聞いてアレキサンダーは笑った。
「よいな。貴公こそが、某の求めていた真の強者。どれだけ武功を上げようと、この空虚な穴が埋まることはなかったが……。貴公に打ち勝った時、某は新たなる高みへ駆け上がれるのだろう」
「ぶつぶつとうるさいですよ」
「フフッ。強者の余裕か。よかろう……某は貴公を殺す。殺してみせる。貴公よ、某の血肉となれ」
「却下ですね。骸骨は骸骨らしく、土の下で眠っていてください」
そこで二人の会話は終わった。
数秒後、戦いが再開される。




