132.溶岩地帯
洞穴を進んだ先は、これまでとは別世界だった。
そこは、周囲を岩肌に囲まれた洞窟だった。
輝く水晶は存在せず、日の光がここまで届くはずもない。
しかしこの場所には、暗闇は殆ど存在しない。
「ニャ、ニャンと!」
驚きの声を上げるクロエの瞳には、煮えたぎる溶岩が映っている。
溶岩が運河のように流れており、洞窟内を赤々と照らしていた。
アルゴたちは、溶岩から突き出した岩の上に立っていた。
「熱い……」
そう言いながらアルゴは、顔を歪めた。
煮えたぎる溶岩がすぐ足元に存在する。
耐えがたい熱さだった。
「この熱さは命に関わる。長時間この場所に滞在することはできない。お前たち、ここから先は速度を上げるぞ」
「畏まりました。盟主様」
四人は進みだした。
速度を上げると言っても、駆け出すことはしない。
ここはダンジョン。どこに魔物が潜んでいるのか分からない。
周囲を警戒しながら、慎重に進まなければならない。
溶岩から飛び石のように岩が突き出しており、それを足場にしながら進む。
アルゴ、ネロ、クロエの三人は、持ち前の身体能力で岩から岩を飛び跳ねながら進むことができるが、メガラには難しいことだった。
ゆえにメガラは、アルゴの背におぶられていた。
「気を付けるのだぞ、アルゴ」
「大丈夫」
その言葉通り、アルゴは危なげなく岩を飛び跳ねる。
ネロとクロエも余裕がある様子だ。
問題があるとすればこの熱さ。
皮膚を炙られるような熱さに体力を奪われ、集中力が削がれていく。
それとは別に、問題がもう一つあった。
「魔物がいるニャ!」
その魔物は、溶岩の中にいた。
普通なら溶岩の中で生きられるはずもないが、魔物の高い耐熱性はそれを可能としていた。
その魔物は、硬い殻で覆われていた。
体から伸びた十本の脚。その内の二本は巨大なハサミの形をしている。
溶岩から顔を出しているのは、巨大な蟹の魔物だった。
蟹の魔物は、口から液体を噴射した。
それは、蒸気を上げる熱水だった。
魔物の口から細く伸びた熱水が、高速でアルゴに襲い掛かる。
それをアルゴは余裕で躱し、前方の岩場へと着地した。
躱すことは難しくない。
問題は、こちらの攻撃手段が限られていること。
魔物は溶岩の中に潜んでいる。
魔物を攻撃するには、遠距離攻撃に頼るしかない。
アルゴは魔術が不得意だ。それに今は弓や投擲武器を所持していない。
ゆえに、他の者に頼るしかなかった。
「ウィンドエッジ!」
ネロが風の魔術を放った。
風の刃が空を裂き、魔物に炸裂。
しかし、魔物の硬い甲殻は傷一つ付かなかった。
魔物は反撃に出た。
口から細い熱水を噴射。
「くそッ!」
ネロは怒りを露わにしながら熱水を躱した。
魔物の硬い殻を突破するには、近接して威力の高い攻撃を叩き込まなければならない。
「お前たち! 魔物は無視するぞ! このまま進め!」
そのメガラからの指示を三人は聞き入れた。
「了解ニャ!」
クロエを先頭に一行は進む。
魔物が噴射する熱水を掻い潜りながら、岩の上を飛び跳ねる。
目的地は見えている。
前方約三百メートルに、次のエリアへと通じる洞穴がある。
その洞穴へと至るには、溶岩の所々から突き出した岩の上を飛び移りながら進めばいい。
アルゴたちにとってはそう難しいことではない。
ただし、邪魔者がいなければの話だ。
溶岩の中に身を潜める魔物は、一体だけはなかった。
溶岩に気泡が大量発生し、複数の魔物が溶岩の中から顔を出した。
魔物はいずれも蟹の姿をしていた。
その数は十体以上。
十体以上の魔物が、一斉に口から細長い熱水を噴射した。
「ニャンと!?」
アルゴたちに襲い掛かる熱水。
十本以上の熱水の線が勢いよく飛んでくるが、それを躱すこと自体は不可能ではない。
華麗な身のこなしで、アルゴたちは被弾を免れた。
この勢いのまま、次のエリアを目指す。
次のエリアへと通じる洞穴は、もう目前だった。
十体以上の蟹の魔物たちは、岩の上を飛び跳ねるアルゴたちの姿を観察した。
そして、狙いを変えた。
魔物たちは、アルゴたちが足場としている岩に狙いを変更。
岩に向かって熱水を一斉に噴射した。
大量に放たれた熱水の線が、岩を削っていく。
「お前たち、急げ!」
メガラが叫んだ。
熱水が削っているのは、洞穴と一番近い距離にある岩だった。
その岩を壊されては、洞穴に辿り着けなくなってしまう。
だが、アルゴたちの動きは速い。
アルゴとクロエは、岩が壊れる前に洞穴へと辿り着いた。
メガラはアルゴに背負われているため、残りはネロのみ。
「ネロ! 急ぐのだ!」
ネロは急いだ。
筋肉に負荷をかけて、前へと跳んだ。
そして、最後の岩の上に飛び乗った。
これであとは洞穴へと飛び移るだけ。
しかしその時、魔物の一体が突然狙いを変えた。
魔物の口から放たれた熱水がネロへと襲い掛かる。
それは、ネロの不意を突いた。
「なッ!?」
意表を突かれながらも、ネロは何とか躱す。
だが、無傷とはいかなかった。
直撃は免れたが、熱水が背中をかすめてしまう。
「ぐッ!」
背中が焼ける痛みにネロは顔をしかめる。
ネロの動きが鈍る。
それは一瞬のことだったが、足場が壊れるには十分だった。
足場が崩れ、空中に投げ出されてしまうネロ。
真下には煮えたぎる溶岩。
「ネロりん!」
自由落下を始めるネロ。
そのネロへと、魔物たちの熱水が迫る。
ネロは右手を下に向けた。
「ダービュランス!」
強い風がネロの掌から放たれた。
ネロは風の勢いを利用して少し上昇する。
魔物たちの熱水を避けることに成功。
しかし、まだ危機は去っていない。
再びネロは自由落下を始めた。
その時、鎖が放たれた。
鎖がネロの右手に巻き付く。
そしてネロは、鎖に引き寄せられて空中を移動する。
そのままネロは、洞穴へと着地した。
「た、確かりました。感謝します……クロエ殿」
「いいってことニャ」
これで四人は安全地帯に到達した。
洞穴は人が二人通れる程度の幅だった。
「お前たち、無事でなによりだ。ここで少し息を整えよう」
「賛成ニャ」
四人は洞穴の中で腰を落とした。
「皆様、申し訳ありません。足を引っ張ってしまいました……」
「問題ないニャ! ネロりんが無事でよかったニャ!」
「そうだぞ。我々は助け合わなければならん。次はお前が誰かの危機を救えばそれでいい」
「か、感謝します……」
肩を落とすネロを見て、アルゴは口を開いた。
「さっきの風の魔術、あの機転には驚きました。すごい……と思います」
「そ、そうだろうか?」
「はい。本当に」
「そうか……。うん、君に言われると、悪い気はしないな……」
「ネロよ、アルゴは世辞など言わん。アルゴの口から放たれる言葉は全て本心だ。ゆえにアルゴは心からお前を褒めておる」
「はい。盟主様」
「俺だってお世辞ぐらい言うよ」
「本当か?」
「うん」
「ならば、いま言ってみろ」
「ええ……」
と呟いて困った表情をするアルゴだったが、少し考えて口を開いた。
「ネロさんは何と言うか、いろいろと恰好いいです。立ち姿とか、剣の構えかたとか、色々と。クロエさんはすごく可愛いです。猫耳も、大きな目も魅力的です。メガラはいつも堂々としていてすごいと思う。尊敬してる。俺にとっては一番大切な人だよ。本当に」
一気にまくしたてるアルゴ。
アルゴは気付いた。三人の様子がおかしいことに。
「あれ? 俺、何か間違えた?」
最初に反応したのはクロエだった。
「ニャハハハ! アルくん、最高!」
満面の笑みを浮かべ、クロエはアルゴに抱き着いた。
「ハハ……君は……すごいな」
ネロがそう漏らし、メガラは腕を組みながら言う。
「まったく、お前という奴は……」
メガラの顔がほんのりと赤くなっていた。
それはおそらく、熱さのせいではないだろう。




