130.繰り上がりの席
死体を調べて分かったことがある。
透明で粘性のある液体が死体に纏わりついていた。
無色無臭の謎の液体だ。
その液体は、砕け散った赤球の破片にも付着していた。
「なるほどな」
粘性のある液体を指先で突きながら、メガラは言う。
「非常に不可解ではあるが、これもまた魔物なのだろう。あの赤い球がこの魔物の核。そしてこの液体が魔物の体、と言ったところか。死体にこの液体を纏わせ、無理やり死体を動かしていたのだろうな」
「ニャるほど。人形遊びするような感覚で死体を動かしていたってわけニャ」
「ああ。核というのは我々でいうところの脳や心臓だろう。その核と体を分離できるとはな。流石は魔物だ。我々の常識で考えては駄目なのだろう」
「だニャ。けど、クロエたちはこれで理解したニャ。これは……」
「そうだ。アレキサンダーの不死の理屈も、きっと同じようなものなのだろう。ダンジョン最奥には、奴の核があるはずだ。それが奴の力の源であり、奴の急所。それを破壊すれば、奴は死ぬ」
「盟主様のご慧眼、感服いたしました。しかし、奴の正体が魔物だったとは……」
「いや、奴が人間でないことは確かだが、魔物とは言い切れん」
「魔物ではない? では一体……」
「それは分からん。お前の言う通り、魔物なのかもしれん。だが、判断を急ぐのは危険だ。我々は、あらゆる可能性を考察せねばならん。それが勝利を手にする鍵となろう」
「はっ。畏まりました」
クロエは伸びをしながら言う。
「ちょっと疲れたニャ―。ちょっと休憩にしニャい?」
「よかろう」
四人は、少し離れた位置に巨木が横なぎになっているのを見つけた。
その巨木の上に腰を下ろし、少し休むことにした。
地面から生えた緑色の水晶を目印にここまで進んできた。
水晶は一定の間隔ごとに生えており、どこまでも続いているように見える。
ここまで随分進んできたように思うが、まだ終点は遠いようだ。
アルゴはそれほど疲れていなかったので、三人から少し離れた位置で体を軽く動かしていた。
「少しいいだろうか?」
アルゴはネロに声を掛けられた。
「はい」
「君はどうやって、あの赤い球体の存在に気付けたんだ?」
「それは……」
「それは?」
「勘です」
「……真面目に答えてくれないか?」
「いえ、真面目に答えてます。その……言葉では上手く説明できないです。だから、勘です」
「なるほど。それこそが才能……というやつか」
「でしょうか?」
ネロは大きく息を吐いてアルゴに言う。
「認めざるを得ないな。君は盟主様に相応しい騎士だ」
「そう……でしょうか?」
「ああ。君は立派に騎士としての役目を果たしている。それに比べ……私は駄目だな……」
「そんなことは……」
「いいや、私は改めて思い知らされたよ。所詮私は、何の才もない凡夫だ。ブラウロン家の当主の座に就いてはいるが、それは戦争で家の者が大勢死に、私以外の候補者がいなくなったからだ。私は、繰り上りで空いた席に座っているだけの……」
「それは何か悪いことなんでしょうか?」
「なに?」
「才能がなければ、その席に座っては駄目なのでしょうか?」
「それは……駄目だろう」
「何故でしょう?」
「……それは」
「俺は別にいいと思います」
「何故そう思う?」
「だって、誰が駄目だと決めたんでしょう? 周囲の人たちですか? 偉い人たちですか? それとも、神……ですか? 確かに、誰にも認められていないのだとしたら、それは駄目なことなのかもしれません。でも、だとしても、最後に決めるのは……自分自身です」
「自分自身……か」
「はい。良いも悪いも、自分で決めればいいと思います。そうしたければすればいいし、嫌ならやめればいい。あなたにはその選択肢があります。あなたは、奴隷ではないのですから」
「君は……茫としているようで、意外にも自分なりの考えを持っているのだな」
「いえ、メガラならこう言うかなって、そう思っただけです」
それを聞いてネロは、くすりと笑った。
面白い少年だ。
掴みどころがないようで、それとなく真理を突いてくるこの感じは、あまり馴染みのないものだ。
「君は、変わった少年だな」
「そうでしょうか?」
「ああ」と頷いてネロは続ける。
「白状しよう。私は胸の内で君のことを脅威に感じている。もし、君が盟主様を裏切るようなことがあれば、この命にかえても君を討たねばらない。私はそう思っている」
ネロはそう言って表情を引き締めた。
アルゴはそれに答えた。
「ありがとうございます」
予想外のアルゴの返答。
ネロは尋ねる。
「何故礼を言う?」
「俺は、俺の命よりメガラの命の方が大事です。だから、もし俺が裏切ったら迷いなく殺してください。そうしてくれると……助かります」
わずかに笑いながら、曇りなき瞳でアルゴはそう言った。
その姿は、純粋無垢な少年そのものだった。
ネロは、アルゴに偽りがないことを感じ取った。
そして、独り言のように呟いた。
「君は本当に……変わっているな」




