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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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129.湿原の死体

「申し訳ないことをしてしまいました……」


 肩を落とし、気落ちしたような表情でネロがそう言った。

 それに反応したのは、メガラだった。


「クロエのことか?」


「……はい。余計なことを訊いてしまいました」


 メガラとネロは、台形の岩の上で会話をしていた。

 アルゴとクロエは少し離れた位置で眠りについている。

 今はメガラとネロが見張りの番だった。


「お前は真面目な奴だな。話をしたのはクロエの意思だ。それに、訊いたのはどちらかと言えば余の方だ。お前が気に病むことはなかろう」


「そう……でしょうか?」


「そうだ。……フフッ」


 小さく笑うメガラに、ネロは疑問の視線を向ける。


「盟主様?」


「いやすまん。この感覚、懐かしいな……と思ってな」


「懐かしい?」


「アトロンの奴だ。あ奴もよくそんな顔をしていた。その馬鹿馬鹿しいほどの真面目さは、ブラウロン家の血筋だな」


「……」


「そうそう、その顔だ」


 ネロはハッとして姿勢を正した。


「盟主様、御戯れを」


「フフッ。すまんな」


「……ところで盟主様」


「なんだ?」


「あの少年……アルゴの強さは異常です。彼は……何者なのでしょうか?」


「……分からん」


「分からない?」


「ああ。アルゴの話では、両親も祖父母も、ただの庶民だったようだ。アルゴは戦士の血筋ではない。アルゴは、突然変異型……ということになるな」


「そのような者がいるなど、とても信じられません……が、彼が存在しているのは事実。私は思います。彼は、世界が生み出した異物、なのではないでしょうか?」


「異物……か」


「はい。しかし幸運なことに、彼は盟主様と共にある。彼がいれば……」


「アルテメデス帝国に勝てるか?」


「少なくとも、勝算はあるかと」


「で、あるか」


「はっ。ですがそれゆえに、彼の扱いには十分注意しなければなりません。万が一にも彼が敵に回るようなことになれば……」


「ネロよ、余はその意見に対して明確に答えることができる。その可能性はない。アルゴが敵に回るなどあり得ないことだ」


「……申し訳ありません。身の程を弁えず意見をしてしまいました」


「いやいい。分かっている。余がこう言ったところで、お前はアルゴを注視し続けるだろう。だが、それでいい。お前はお前の思う通りにしろ」


「……はっ。ありがたきお言葉」


 ネロは恭しく頭を下げた。


 ネロは己の右手が腰の剣に伸びていることに気が付いた。

 自然と右手が動いていたのだ。

 周囲に敵はいないというのに。


 それは決意の表れだった。


 もし、少年が盟主様を裏切るようなことがあれば。

 たとえ、刺し違えてでも……。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 湿原には、死体が転がっていた。

 ダンジョンの入り口はヴェラトス砦に存在するため、部外者はダンジョンに侵入できない。

 ゆえに、死体の正体はアルテメデス兵か、贄として連れてこられた魔族、ということになる。


 肉が腐り、骨が剥き出しになった死体。

 死体は動かない。当たり前のことだ。


 だが、目の前にある死体は、確実に動いていた。

 死体は立ち上がり、武器を手に取った。


 死体は斧を振り上げ、アルゴたちに襲い掛かる。


 ネロが迎え撃つ。

 二振りの剣を素早く振るい、死体の右手首と首を刎ね飛ばした。


 右手首と首を失った死体。

 それでも、死体は止まらなかった。まだ歩き続けている。


「ほう……」


 メガラは興味深げに死体を見ていた。

 死体は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「盟主様、これは……」


「狼狽えるな。よく観察しろ。なにか仕掛けがあるはずだ」


「ニャニャ! まずいニャ!」


 四方から迫る複数の何者かの気配。

 その気配の正体は、動く死体。

 肉が腐った死体たちだ。


「死体がたくさん……」


 そう呟きながら、アルゴは魔剣を構えた。


「む、迎え撃つニャ!」


 湿原にて激しい戦闘が始まった。


 動く死体の数はざっと五十は超える。

 どこから湧いてきたのか分からないが、その数は脅威だった。


 しかし、死体の動きは鈍い。

 アルゴたちにとっては、動く死体を殲滅することは難しくない。


「フレイムボール!」


 メガラの魔術が動く死体に直撃。

 死体は弾け飛んだ。


 そこら中に飛び散る死体の手足。


 普通ならばそれで終わりだ。

 しかし、驚くべきことが起きた。


 飛び散った死体の手足が独りでに動き出した。

 そして、本体へと帰っていく。


「ニャニャ!?」


 再生を始める死体を目撃し、クロエは目を白黒させた。


 再生を続ける死体を見て、アルゴは思った。


 似ている。


 手足を斬っても、首を斬り落としても動き続け、体を再生させ続けるこの様子は―――。


「アレキサンダーと同じだ……」


「その通りだ、アルゴ。だが、アレキサンダーは不死なようであって不死ではない。仕掛けがあるのだ。アレキサンダーの不死の仕掛けは、ダンジョンの最奥に存在する。奴の不死は、奴単体では成り立っていない。ならば、こいつらも同じだ。そうは思わぬか?」


「うん、そう思う。でも、どうしたら……」


「ネロにも言ったが、周囲をよく観察しろ。何かがあるはずだ」


「……」


 何かがある。

 それを聞いてアルゴは口を閉じた。


 アルゴは一度、荒野でアレキサンダーに負けた。

 アルゴはアレキサンダーに傷一つ付けられていない。

 だが、負けたのだ。


 負けて逃げることを選んだ。

 今こうして生きているのは、奇跡がいくつも重なった結果だ。


 これでは駄目だ。

 これではメガラを守れない。


 だから、もう負けては駄目だ。


「盟主様! ここは一旦引き返すべきかと!」


 動く死体を切り刻みながら、ネロがそう叫びを上げた。

 そして、跳躍してメガラの隣に並び立つ。


「盟主様―――」


「案ずるな」


 そう言ってメガラは、アルゴに視線を向けた。


 アルゴは集中していた。

 一度目を閉じて呼吸を整える。


 アルゴの頭に情報が飛び込んできた。

 湿原の薄暗さ。水晶の光。水の音。植物が揺れ動く様子。

 死体の戦い方。死体を斬った時の感触。死体の動き。


 それらを整理し、統合する。


 そしてアルゴは、目を開けた。


「クロエさん! あそこを攻撃してください!」


 アルゴは天井を指差して叫び声を上げた。


 クロエは迷わなかった。

 何も無い空間に向かって、ダガーを放り投げた。


 ダガーが天井に向かって飛び、そして、ある一点で止まった。


 ダガーが空中で静止した。


 何故ダガーが空中で止まっているのか、その理由はすぐに明らかとなる。


 ダガーが大きく揺れ動いた。

 そして、それは姿を現した。

 それは、赤い球体だった。大きさは半径五十センチ程度。


 ダガーはその赤い球体に刺さっていた。


「でかしたぞ、お前たち! あれが死体を動かす源だろう!」


 赤い球体は今まで透明だったが、ダガーに貫かれたことで透明化を保てなくなったのだろう。


 赤い球体は危機を感じたようだ。

 アルゴたちから離れるように空中を動き出した。


「あ! 逃げるニャ!」


 生きている、と言えるのかは分からないが、赤い球体が生命なのだとしたらまだ生きている。

 ダガーが突き刺さってはいるが、まだ死んではいない。


 アルゴは赤い球体を追いかけようとした。


 だが次の瞬間、足を止めた。


「イグニアスアロー!」


 炎の矢が放たれた。

 魔術だ。メガラが魔術を放ったのだ。


 永久の杖で強化された魔術の威力は絶大。

 炎の矢は赤球に一瞬で追いつき、そして容易く赤球を砕いた。


 赤球の破片が砕け散り、地面に散らばった。

 気が付けば、死体は完全に沈黙していた。

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