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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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128.殺しの家系

 このダンジョンは常に薄暗い。

 水晶は常に発光しているが、その光量が変化することはない。

 水晶の弱い発光が、ダンジョンをぼんやりと照らし出している。


「地上では日が落ちる頃でしょう」


 ネロは天井を見上げながらそう言った。


「まことか?」


「はい。時間の感覚は体に覚え込ませています。間違いないかと」


「クロエもネロりんと同意見だニャ。けっこう進んだし、それなりに時間が経過していると思うニャ」


 ネロはクロエの発言に頷き、わずかに戸惑いの表情を浮かべる。


「あの、クロエ殿」


「ニャ?」


「その……ネロりん……とは?」


「ニャ? ネロりんはネロりんニャ」


 意味が理解できず、ネロは首を傾げる。


「ネロよ、考えても無駄だ。こやつに我らの常識は通じん」


「しょ、承知しました……」


「さて、お前たち、この辺りで休息を取るぞ」


「ニャー! 賛成ニャ!」


 ここまで碌に休まずに進んできた。

 このまま休まずに進むのは不可能だ。

 特に、小さな体のメガラには無理があった。


「メガラ、大丈夫?」


 よく見れば、メガラの顔には疲労の色が滲んでいる。

 随分無理をしていたようだ。


「大丈夫だ。この永久の杖は、余に様々な恩寵を与えてくれる。余の疲労は、この杖が一部肩代わりしてくれているのだ」


「それはすごい」


 アルゴはそう感心しつつも、やはりメガラの様子が気になった。

 メガラの言葉通り、永久の杖はメガラの疲労を一部肩代わりするのだろう。

 だが飽くまで一部。全てではない。

 一部肩代わりを受けたとしても、体力のないメガラにとっては、徒歩で長距離を移動することは簡単ではない。


「ごめん、メガラ。気が回らなかった」


 今までメガラは、疲れた様子を見せなかった。

 おそらくは、疲労を見せまいと努力していたのだろう。


「謝ることはない。実際大丈夫だ。余はまだ動ける。だが―――」


 メガラは地面に座り込み、続けて述べる。


「今は休ませてもらおう」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 湿原地帯には、魔物以外の生物の気配がなかった。


「静かだな」


 台形の岩の上に腰を下ろし、メガラは周囲の様子を探っていた。


「だニャ―」


 と言いながら、クロエは伸びをする。


 今この近辺には魔物の気配もない。

 静寂の世界だった。小声で話をしても、遠くまで声が響いてしまう。


 ダンジョンに入って一日目。

 今日はこの岩の上で睡眠をとることになった。

 贄の晩まであと二日。

 時間に余裕はないが、休息を取らずに進み続けるのは無理がある。


 メガラの耳に水を弾く音が聞こえた。

 その音と共に、ネロの声。


「この辺りは安全なようです」


 周囲の警戒に出ていたアルゴとネロが戻ってきた。


「ご苦労」


「ニャ―! クロエはお腹が空いたニャ! 食事にするニャー!」


 クロエが声を上げるが、携帯した食料はあまり多くない。

 携帯した食料は、硬いパンと豆をすり潰して団子にした物。

 質素でお世辞にも美味とは言えないものだった。


「そうだな。貴重な食料だが、食わねば動けん」


 メガラは外套の内側から革袋を取り出し、他の三人に食料を分けていく。


「うーん。美味しくないニャー」


 クロエは早速パンをかじり、しぶい顔をしている。


「文句を言うな。お前はアルゴを見習え。何一つ文句を言わず食べておるぞ」


 確かにメガラの言う通り、アルゴは黙々と豆団子を食べている。


「アルくん、美味しいニャ?」


「俺はけっこう好きですよ」


「すごいニャー」


 と言ってクロエはアルゴの頭を軽く撫でた。


 その様子を眺めていたネロは、パンを飲み込んでから言う。


「ところでクロエ殿、あなたは良い動きをされる。どこで戦いを学ばれたのですか?」


「それは……」


 クロエは言葉を詰まらせた。

 どこか言い淀むようなその表情は、クロエにしては珍しいものだった。


「失礼。不躾でした。今のは忘れてください」


「いや、いいニャ。うん。ちょうどいい機会ニャ」


 クロエは軽く咳払いして話を続ける。


「ジュノー家には代々継がれてきた家業があったニャ。その家業とは、薬と……殺し」


「殺し……ですか?」


「そうニャ。でも、殺しはお父さんの代で廃業させたニャ。だから、クロエたち家族は薬売りとして生計を立てていたニャ。だけど……殺しの技は、クロエに引き継がれているニャ。クロエは小さい頃から、お父さんに技を教え込まれたから」


「なるほど。それであの動きですか」


「そういうことだニャ」


 クロエの話を聞いてメガラは言う。


「クロエよ、もののついでだ、訊いてもよいか?」


「いいニャ」


「お前は帝国に家族を殺されたと言っていたな? その経緯を聞かせてくれ」


「ちょっと、メガラ」


 遠慮なく切り込むメガラをアルゴは窘める。

 が、クロエは微笑みを浮かべて見せた。


「アルくん、大丈夫。メガちゃん、よく聞いてくれたニャ。いいニャ。皆には話しておくニャ」


 クロエは続ける。


「ある日、帝国の奴らが訪ねてきたニャ。奴らはどこかから、クロエたちの家業のことを聞きつけたニャ。奴らはクロエたちに言ったニャ。その殺しの技を帝国のために使えと。お父さんは当然、それを断ったニャ。だけど奴らはしつこかったニャ。断っても何度も訪ねてきたニャ。そんなある日―――」


 クロエは言葉を止め、眉間に皺を寄せた。


「奴らはやりやがったニャ」


 アルゴはそのクロエの表情を初めて見た。

 憎しみのこもった表情を。


「奴らは、クロエたちの家に火を放ちやがったニャ。自分たちの言う事を聞かないクロエたちを、消そうとしたんだニャ」


 クロエは、わなわなと体を震わせていたが、一度深呼吸して落ち着きを取りもどした。


「クロエたちは、どうにか火事場から逃げ出せたニャ。そして、その日から始まったニャ。クロエたちの逃亡生活が。クロエたちは帝国から手配され、逃げ続ける日々だったニャ。でも、帝国の力は大きい。いつまでも逃げ切れるものでもないニャ」


「お前たちは帝国に捕まり、運よくお前だけ生き残った……というわけか」


 クロエはメガラに頷いてから続ける。


「お父さんがクロエを逃がしてくれたニャ。クロエは一人で必死に逃げたニャ。逃げて逃げて逃げ続けたニャ。そして……けっきょく奴らは、クロエを追ってくることはなかったニャ。多分、クロエが小さかったから、脅威と判断しなかったんだろうニャ。それが奴らの大きなミスだニャ。殺しの技はクロエの中で生き続けている。牙と爪は、ここにある。いつか奴らの体を裂き、喉元を食い千切ってやる」


 そう言いながら笑みを浮かべるクロエの様子に、アルゴは内心驚いていた。

 狡猾な肉食獣が笑みを浮かべているような、邪悪で狂気を宿したような笑みだった。

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