13.馬上にて
二頭の馬が平原を駆けていた。
その内の一頭を操るのは、黄金の長い髪をなびかせたエルフの女、リューディア。
アルゴは、リューディアと共に馬の背に乗っていた。
リューディアが前、アルゴが後ろだ。
そしてもう一頭を操るのは、青髪の男、ベイン。
その後ろにはメガラ。
アルゴは、生まれて初めて馬に乗った。
その速度に面食らい、リューディアの衣服を握りしめる握力が強まってしまう。
現在位置は、アルテメデス帝国の南側に位置するミュンシア王国。
そのミュンシア王国東部地域のサルディバル領であった。
風を切りながら進む馬の背の上で、アルゴは周囲に目を向けた。
周囲には、背の低い草が鬱蒼と生い茂っている。
遮蔽物は無く、見渡す限りの平原。
天気は良好。降り注ぐ日光が草に残る水分に反射され、あちこちが光り輝いていた。
綺麗だな。
アルゴは純粋にそう思った。馬の速度に慣れてくると、気持ちに余裕が出てくる。
余裕が生まれたこの時に、現状を整理してみることにした。
リューディアは、アルゴとメガラに言った。
「私たちと共に戦って欲しい」と。
アルゴとメガラは、リューディアから詳しい話を聞いた。
その話の内容はこうだ。
サルディバル領内にある銀山に、キュクロプスが出現したらしい。
キュクロプスとは、単眼で巨大な図体を持つ魔物のことだ。
キュクロプスは元来、人の寄り付かぬ山岳地帯に生息する魔物であるため、人の領域である銀山に出現することは珍しいことだった。
しかもキュクロプスは、そのまま銀山に居ついてしまったのだとか。
銀はサルディバル領の重要な財源。
その財源を絶たれては、領地経営は成り立たない。
サルディバル領の領主である、レアンドロ・サルディバルは、直ちに策を講じた。
レアンドロは、長期契約を結んでいる傭兵組織『黎明の剣』にキュクロプス退治を要請。
しかし、キュクロプスは巨大な暴力そのもの。
黎明の剣は、キュクロプスに部隊の二割を殺され、撤退を余儀なくされる。
キュクロプスとの戦闘で戦力を大幅に削られた黎明の剣であったが、キュクロプス討伐と並行して別の任にもついていた。
それは、リコル村で増加する魔物の被害を食い止めることだった。
リコル村とは、アルゴとメガラが訪れた、あの腐臭漂う村である。
最近になって、リコル村周辺に魔物が頻繁に出現するようになり、魔物からの被害が増大。
そのため、リコル村の住人は、止む終えず村から避難することを選択。
そういった経緯で、村を襲う魔物の脅威を退けるため、黎明の剣の部隊が派遣された。
その部隊は、キュクロプス退治に向かった部隊とは別の部隊である。
リコル村に向かった黎明の剣の部隊は戻らなかった。
何が起きたのかを確かめるために、黎明の剣の団員であり、かつ実力者であるリューディアとベインが斥候として派遣されたわけであった。
そして、リコル村に到着したリューディアとベインは、部隊が全滅したことを確認した。
つまり、アルゴとメガラが目撃した死体は、黎明の剣の団員の亡骸だったのだ。
リューディアとベインは、リコル村で魔物の死骸を確認した。
今後、周辺調査は必要であるが、一先ずの脅威は去った。
とリューディアとベインは判断した。
そのため、もう一つの問題の解決を優先させることにした。
それは、キュクロプス退治だ。キュクロプスを討伐しなければならない。
リューディアとベインは、今度こそキュクロプスを討伐するため、アルゴとメガラに協力を要請した。
それが「私たちと共に戦って欲しい」と言うリューディアの真意であった。
アルゴはそんな風に頭の中を整理し、視線をメガラに向けた。
メガラは、並走する馬上にて激しく揺さぶられていた。
小さな体のメガラは、振り落とされないように苦心している様子。
アルゴは、これからのことを深く考えなかった。
現状の状況を確認してみたはいいが、そこで思考は終わっていた。
今後のことは、メガラが考えてくれる。
そう思考し、アルゴは頭から一切の雑念を消した。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
メガラは奥歯を噛みしめた。
「くっ……」
苦悶の呻きが漏れた。
「メガラの嬢ちゃん、大丈夫かい? 速度を落とそうか?」
前方からベインの声が聞こえた。
メガラは、声を張り上げて返答した。
「不要だ! それよりもっと急ぐのだ!」
「そうかい? でもこれ以上は急げねえよ。馬がもたねえ」
「フン。軟弱な馬だな」
「ハハッ。口の悪い嬢ちゃんだな」
「お前の軽口は聞き飽きた。黙って馬を走らせていろ!」
「おー、言うねえ! けど了解だ、お嬢さま!」
ベインが静かになり、メガラは思案を開始した。
リューディアとベインからの依頼、それはキュクロプス退治。
先を急ぐ自分たちにとっては寄り道となってしまうが、避けて通れない問題を解決する策でもあった。
その問題とは、資金だ。
手持ちの資金は銅貨十枚のみ。この先、旅を続けるならば、これでは心もとなさすぎる。
それに、船に乗るのもタダではない。
どこかで資金を調達することは、必須事項であった。
さて、どれだけ搾り取ってやろうか。
メガラはそう考えながら、ほくそ笑んだ。
金額交渉は、サルディバル領主と直接行うことになる。
どんな奴かは知らんが、交渉事なら戦闘より得意だ。
荒事は我が騎士が。謀と計略は余が。
うむ。中々によいではないか。
形となってきたアルゴとの組み合わせ。
現状に及第点を付け、メガラはニヤリと笑った。
そしてその時、メガラは馬の速度が落ちていることを感じた。
「おい、気遣いは不要だ! 速度を落とすな!」
「まあ、待てって。嬢ちゃんに気を使ったわけじゃねえよ」
「なに? では何故速度を落とす?」
「あれだよ」
ベインはそう言って、前方を指差した。
ベインの背中に視界を遮られていたため、メガラは体を右に傾け、前方に目を向けた。
「あれは……」
前方から馬車が向かってきている。
荷物を運搬することを目的に使用される、幌馬車だった。
やがて馬車との距離が縮まり、馬車の全貌が明らかとなる。
馬車を操縦するのは、五十代と思われる小柄な男だった。
口元に貯えた髭が特徴的で、人の良さそうな顔をしていた。
馬車が完全に停止し、それと同時にベインとリューディアが駆る馬も止まった。
メガラはベインに問いかけた。
「おい、この御者に何か用があるのか?」
ベインはメガラの問いを無視し、馬の背から飛び降りた。
そして、両手を広げ、大きな笑い声を上げた。
「ハハハッ! ホアキンのオヤジ! 久しぶりだな!」
ホアキンと呼ばれた男もまた、大声で笑った。
「アハハッ! おお、ベイン坊よ! 会いたかったよ!」
ベインとホアキンは熱く抱擁を交わした。
置いてきぼりをくらうメガラとアルゴに、リューディアが説明をした。
彼の名はホアキン・ガステルム。サルディバル領内で商いを営む商人である。
ホアキンが扱う商品は質が良く幅広い。黎明の剣にとっては、重要な取引相手である。
その説明を聞いてメガラは、リューディアに問いかける。
「で、何故止まった? まさか、挨拶するためだけに止まったと言うまいな?」
リューディアは微笑みながら答えた。
「そのまさかよ。私たちにとっては大切なことなの。それに、そろそろ馬を休ませたかったから、丁度よかったのよ」
「フン。悠長なことだな。まあいい。ならば余も休ませてもらおう」
メガラはぶっきらぼうにそう言って、平原を歩き出した。
そして、馬車から少し離れた位置まで歩みを進めると、仰向けに寝そべって寛ぎだした。
その様子を見て、リューディアはアルゴに耳打ちした。
「体は小さくても……態度は王様級ね」
けっこう核心を突いてるな。
アルゴはそう思った。




