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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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122.怒りの炎を

 滝の裏の洞窟。

 玉座の間に、全員集まっていた。


 総勢二百十二名。

 ルタレントゥムの兵士たちである。


 ルタレントゥムの兵士たちの視線は、ある一点に注がれている。

 石の玉座に座る、魔族の少女へと。


 魔族の少女―――盟主メガラは、ゆっくりと立ち上がった。

 メガラへと注目が集まる中、メガラは杖の柄を地面に打ち付けた。

 音が反響し、しんと静まり返った広間の空気をさらに張り詰めさせた。


 メガラは前方に並ぶ兵士たちの様子をしばし眺め、静かに口を開いた。


「歴史を振り返ってみれば、我らは対話を続けようとしてきた。小競り合いは続いていたが、我らの祖先は全面衝突を避けようと努力した。しかし、帝国は最後の境界線を踏み越えた。先に仕掛けて来たのは帝国だ。我らはただ、土地と家族を守ろうと戦ったまで。ゆえに、大義はこちらにある。あったはずなのだ。―――だが、我らは負けた。負けて、土地や家族、尊厳さえ失った」


 メガラは一度言葉を止め、兵士たちを眺めた。

 兵士たちは不動。少しも動かず、盟主の姿を注視している。


 メガラは言葉を続ける。


「余にはお前たちの気持ちがよく分かる。なにせ余は、一度死んだ身。余は克明に覚えておる。余の体を貫いた刃の冷たさを。流れる血の色を。激しい痛みを。憎悪を。屈辱を。余の体はこの通り変わってしまったが、心の内に燃える炎は、少しも衰えておらぬ。明言しよう。今の余は、大義を振り翳そうとは毛頭思っておらん。どれだけ大義を振り翳そうと、負けるときは負ける。それを余は学んだ。では、何故戦うのか? 大義なく戦えるのか? 明確に、自信を持って答えよう。―――戦えると!」


 大きく息を吸い込み、更に続ける。


「余を動かす原動力は、この燃え盛る炎だ! この身に流れる魔族の王の血がそうさせるのではない! 死んでいった者たちの弔いでもない! ましてや、魔族の行く末を憂いてなどおらん! はっきりと言おう。余は畜生だ。ただただ、奴らが憎いだけだ。余が戦うのは、ただの復讐。古より継いできた原始的で生物的な感情。怒りだ!」


 そう叫び、周囲を見回す。

 少し呼吸を整え、また口を開いた。


「これを聞いて、余のことを軽蔑する者もいよう。幻滅する者もいよう。だが、それで構わん。もし戦う気が失せたというならば、いますぐこの場から立ち去れ。その者たちを罪に問う事はしないと約束しよう。だがな、だがもし、怒りの炎が少しでも燻っているのならば!」


 再び息を大きく吸い込み、言葉を放つ。


「戦え! 怒りの炎を燃やせ! 誰かの為ではなく、己の為に戦え! お前たちは、何故生まれて来た!? 余が断言してやろう! 戦うためだ! 怒るためだ! 己を燃やし尽くし、死ぬためだ! よいか! もう一度言うぞ! 己のために戦え! そして、己のために死ね! さすれば、この永久の魔女が、お前たちを永久に導いてやる!」


 メガラの言葉が途絶え、再び静寂が訪れた。


 そんな中、一人の兵士が声を上げた。


「私は、永久の魔女様と共に戦います!」


 最初の一人が口火を切れば、あとは流れ込むような勢いだった。


「俺もです!」「私も戦います!」「盟主様! お供いたします!」


 兵士たちの口々から声が上がる。

 広間は熱気に包まれた。


 兵士たちの目は異様にぎらつき、激しい闘士を燃やしている。


 アルゴは、広間の最後尾で熱気を味わっていた。

 しかし、アルゴは冷静だった。

 他の兵士たちとは違い、一歩引いて考えることができた。


 ここにいる大半の者は死ぬだろう。

 であればそれは、勝つために戦地に赴くのではない。


 死ぬために征くのだ。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「死出の旅路への先導は、妾のシモベたちに任せよ」


 滝の音が響く山中で、ミレトは杖を振り翳した。

 杖の銘は異界の杖。

 永久の杖と同列に語られる、選ばれた者にしか扱えない杖である。


 杖の先、翠色に輝く魔石が輝いた。


 木々が揺れ、山が揺れ、鳥や動物たちがざわめき出す。


 そして、シモベたちが現れる。


 地面が隆起し、巨大な生物が地上へ顕現。


 それは、全長約八メートルの巨大な蛇。

 森に溶け込むような緑色の体表。緑蛇。

 緑蛇たちは鎌首をもたげ、周囲に目を走らせている。


 兵士たちは、驚愕と共に畏怖した。

 これは個人が為せる技なのか。

 これは神の御業ではないのか。


 一瞬にして、この辺り一帯が緑蛇に埋め尽くされた。

 どれだけいるだろう。確実に百は超える。


 そして、百体以上の巨大な緑蛇が侵攻を開始した。

 木々を薙ぎ倒しながら進むその様子は、大蛇の濁流。

 想像を絶する光景にたじろぐ兵士たちであったが、若き将ネロ・ブラウロンは動じていなかった。


「総員! 進軍せよ!」


 大音声を響かせ、ネロは右腕を天に突きつけた。


 ネロが騎乗するのは、青白い体表の巨大な蜥蜴。

 大きさは馬よりも少し大きい程度だが、その勇猛さと戦闘力は馬とは比較にならない。

 如何なる危地へも飛び込み、鋭い牙と爪で敵を屠る。

 その蜥蜴の名はスケイルリザード。

 スケイルリザードもまた、ミレトのシモベである。


 ネロを乗せたスケイルリザードは、山の斜面を滑るように駆け始めた。


 狼狽える兵士たちを置いて駆けるネロ。

 緑蛇が先導を務めるとはいえ、兵士たちにとってネロの姿は、一騎駆けを敢行する猛将そのもの。

 その姿に鼓舞され、兵士たちは声を上げ始めた。


「将軍に続け!」


 兵士たちを乗せたスケイルリザードが動き始めた。

 ネロに続き、山を駆け下りる。


 兵士たちは漏れなくスケイルリザードに騎乗していた。


 二百騎以上の騎兵が山を駆け下りる様は、中々に壮観であった。


「我らもいくぞ!」


 そう叫んだのはメガラだ。


 メガラとアルゴは同じスケイルリザードに騎乗し、クロエは別のスケイルリザードに騎乗している。


「いくニャ!」


 クロエの叫びを合図に、残された二体のスケイルリザードは駆け始めた。


 森に残されたのは、ミレトと僅かばかりの従者のみ。


「盟主様、妾には解せませぬなあ。せっかく拾った命、何故また捨てようとするのじゃ。本当に、度し難い……」


 ミレトは扇子を口元にあて、そう独り言を漏らした。

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