120.力の源
洞窟内に作られた広い部屋に、主な者たちが集まっていた。
中央に設置された巨大な石の机。
その机を挟んで、メガラとミレトが対面で座っている。
他の者たちは、机を囲うようにして立っていた。
ブラウロン家の若き当主、ネロが口火を切った。
「この洞窟を中心に潜伏しているのは、二百人からなるルタレントゥムの分隊です。我々は、この戦力とミレト様のお力を借りて――ヴェラトス砦に攻め込みます」
ネロはメガラとミレトに視線を向け、その後、アルゴ、クロエ、テルモイを順に眺めてから兵士たちの様子を窺った。
口を挟む者がいないことを確認し、ネロは続ける。
「ヴェラトス砦とは、プラタイト西の荒野に存在するアルテメデス軍の防衛の要所にして、アレキサンダーの居城。アレキサンダーは―――」
パチンと扇子が閉じる音が鳴り響き、ネロの言葉を止めた。
その後、ミレトは顔をしかめながら発言する。
「我慢して聞こうと思っておったが、やめじゃ。其方はまどろっこしい」
ミレトは扇子の先をメガラに向け、続けて言う。
「よく聞くのじゃぞ、盟主様。ヴェラトス砦の地下にダンジョンへと通じる入り口がある。そのダンジョンの奥、地深くに、溶岩地帯が存在する。そこが、妾らの目的の場所じゃ」
「そこには―――」
メガラがそう発言するが、途中でミレトが口を挟んだ。
「そこは力の中心地。妾はシモベと視覚を共有できるでなあ、妾には分かるのじゃ」
ミレトは扇子を額の第三の目に向け、言葉を続ける。
「そここそが、アレキサンダーの力の源。奴を不死たらしめる秘密がそこにある」
「その根拠はお前のその目だけか?」
「何か問題が? 妾の目は―――いや、妾は特別なのじゃ。妾が言う事は全て真実。それこそが、妾が妾たる由縁よ」
「意味が分からん」
「フフッ。頑固なところは変わりませんなあ、盟主様。けども、他の者は違うようじゃえ」
ミレトはネロに視線を向けた。
ネロは答える。
「はい。ミレト様の言う通りです。我々は、ミレト様のお力に救われてきました。今更、ミレト様を疑う事はしません」
ミレトはニヤリと笑い、メガラに顔を向けた。
メガラは肩をすくめて言う。
「まつりごとも軍事も面倒くさがっていたお前が、随分と配下の者を手なづけているではないか」
「当然じゃ。妾は万事に於いて優れておる。やろうと思えば、できぬことはないのよ」
「……いいだろう。お前の言が真実だとして話を進めよう。それで、たった二百程度で勝ち目はあるのか?」
「それは勝利の定義次第じゃ。今の妾らにとって勝利とは何か。砦を落とすことか? 誰一人死なぬことか? 一人でも多く、人族を殺すことか? いいや、断じて。断じて―――否」
「では何だ?」
「決まっておろう。アレキサンダー、あの怪物を殺すことじゃ」
「つまりお前は。お前たちは……たとえ全滅してでも、アレキサンダーを討つ覚悟なのだな?」
「そうじゃ。忘れたわけじゃないじゃろう? 分からぬ盟主様ではないじゃろう? 妾らは何故負けた? 雑兵をどれだけ殺しても意味がない。勝つためには、大将軍を討たねばならんのじゃ」
「確かに……お前の言は正しい。だが、たった二百程度では無駄死にで終わる可能性が高い。誰もダンジョンの最奥に辿りつけんかもしれんぞ。兵の増援はできんのか?」
そのメガラの問いには、ネロが答えた。
「実は、イオニア連邦の方でも厄介な問題を抱えておりまして……」
「何があった?」
「ドワーフどもと戦闘が始まっております。それゆえに、こちらに回せるほどの兵力が……ありません」
「ドワーフ? なにがあった?」
「理由は……判明しておりません。奴らは、一方的に攻めて来ました。捕らえたドワーフ兵を尋問しても要領を得ず……」
「ふむ……」
ルタレントゥム残党軍は苦境に立たされていた。
ただでさえ兵力が少ないというのに、アルテメデスとドワーフの両方を相手にしなければならない状況。
悩みながらもメガラは答えを出した。
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洞窟内の細い通路をメガラは歩いていた。
通路には、二つの足音が響いている。
通路を歩くのは二人。その二人は、メガラとネロ。
ネロが前を行き、メガラは後ろを歩く。
しばらく進むと、ネロは止まった。
「ここです」
そう言って、扉の鍵穴に鍵をさしこんだ。
鍵を回し、解錠。
扉の先は、武器庫となっていた。
剣や槍などの一般的に使われる武器や、特殊な形状の剣、暗器、杖なども揃っていた。
ネロは武器庫の奥に進み、巨大な木箱を開けた。
そして、メガラの方へ振り返って跪いた。
メガラは進む。
木箱の前に立ち、手を伸ばす。
メガラが手に取ったのは、黒色の杖。
長さは約百六十センチ。杖の先には紫色の魔石が嵌め込まれている。
「……懐かしいな」
杖を手に取り、メガラは杖の銘を呟いた。
「永久の杖よ」
ネロは跪いた状態で顔を上げた。
「盟主様。私は盟主様に意見する立場にありません。しかし、盟主様の臣下として、敢えて言わせて頂きます。どうか、ここに留まることを再考ください」
「ネロよ。再考はせん。余は決めた。余は、お前たちと共にダンジョンへ征く。余の術が勝利への鍵となるからだ」
「確かに御身の術であれば、アレキサンダーの力の源を―――いや、ですが……」
「大丈夫だ。この杖があれば……」
「ですが盟主様。今のそのお体で、満足に戦えるのでしょうか?」
「確かに昔のようにはいかないさ。だが問題ない。余は永久の杖に選ばれた永久の魔女だ。この体でも十分戦えるさ。余の力、存分に振るってやろうぞ」
「しかし……」
「案ずるな。余は死なん。絶対にな」
「何故……それほどの自信が?」
「余には、この杖と―――余の騎士がいる」
「騎士……でございますか。御身の騎士……アルゴは、それほどの人物なのでしょうか?」
「アルゴは、大将軍クリストハルトを討った男だ。あいつは、誰にも為しえないことを為した。余は見てきた。あいつの凄さを」
「私には、あの子供がそれほどの人物だとは……とても思えません」
「で、あろうな」
メガラは、それ以上ネロを説き伏せなかった。
ネロの腕にそっと触れ、それから出口へと向かって歩き出した。




