119.異界の魔女
ミレト・ガラテイア。
二つ名は異界の魔女。
ガラテイア家はエウクレイア家の分家筋にあたり、ルタレントゥム内での地位は高い。
ミレトはそのガラテイア家の生き残りであり、メガラ不在の間、魔族たちを率いる立場にあった。
ミレト・ガラテイアには、ある才能があった。
それは、失われた古代の術―――召喚術の才能。
召喚術とは、異界よりシモベを呼び出し、使役する術である。
召喚術は、その扱いの難しさゆえに歴史と共に継承者を失っていった。
その中で現代まで召喚術を継承し続けた唯一の家系こそが、ガラテイア家である。
そのガラテイア家の生き残りはミレトのみ。
つまりミレト・ガラテイアは、希少な召喚術者ということになる。
ヨルムンガンド。
荒野に突然現れた超巨大な蛇は、ミレトが異界より召喚したシモベであった。
洞窟内に設えられた個室にて、ミレトは椅子の上で脚を組みかえながら口を開いた。
「ヨルムンガンドは死んでしまった。正確に言うならば、アレキサンダーに焼かれた」
木製の机を挟んでミレトの対面に座るメガラは、言葉を返す。
「ではやはり、アレキサンダーはまだ生きているのか?」
「そうじゃな」
「……奴が不死だということを、余は知らんかった。余は、奴が傷を再生させるところを初めて見た。奴は今まで、あの再生力を隠していたというのか……」
「まったく、度し難い。あのヨルムンガンドは妾の切り札。それを無駄に失ってしまったのう」
「無駄?」
メガラは鋭い視線でそう尋ねた。
ミレトはそれに動じず、薄い笑みを浮かべて尋ね返す。
「何か?」
メガラは、しばらくして言葉を返した。
「まあいい。お前に助けられたのは事実。お前に……礼を言おう」
ミレトは扇子を広げ、楽し気に顔を歪めた。
「ハハハハッ! これは傑作じゃ! あの盟主様が妾に礼を!? ハハ……ハハハッ! お姿だけでなく、中身までも可愛らしゅうなりんしたか!」
「……相変わらず、気に食わん奴だな」
「ウフフッ。まあ、気にせんでくださいまし。妾はただ、気まぐれに哀れな配下の言う事を聞いてやっただけ」
「テルモイのことか?」
「いいや」
「では誰のことを言っている?」
「私のことでしょう」
そう言って、男が部屋に入ってきた。
若い男だった。
金色の髪。薄緑の肌。頭部には二本のツノ
その顔立ち、その佇まいから、この者が一角の戦士であることが見て取れる。
「お前は?」
男はメガラの元まで近づいて跪いた。
「盟主様、お初にお目にかかります。私はネロ・ブラウロンと申します。私がテルモイの意をミレト様に取り次ぎました」
「ブラウロン……だと?」
「はッ。ブラウロン家先代当主、アトロン・ブラウロンの後を継ぎ、現当主を務めております」
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緑が溢れる山の中。
流れる川から視線を外し、アルゴはテルモイに顔を向ける。
「アトロン・ブラウロン?」
流れる川を見つめながら、テルモイは告げる。
「はい。アトロン・ブラウロン殿は、盟主様の契約者でした。つまりアルゴ殿、あなたの前任者、ということになります」
それを聞いてクロエは、指先を川に入れながら静かに口を開いた。
「その人は……どんな人だったのニャ?」
「そうですね……。あの方は……義に厚く、それでいて勇猛な戦士でした。戦いの才に溢れ、一度戦場に出れば、誰よりも戦果を挙げる。しかしその武功を鼻にかけることもなく、誰にたいしても気さくに接する。そういう……お方でした」
「それは……すごく……いい人だったのニャね」
「はい。あの方を失ったのは、我々にとって大きな痛手でした……」
「誰に……やられたのニャ?」
「……アレキサンダーです」
アレキサンダー。
その名がテルモイの口から発せられ、この場に静寂が訪れた。
三人共思い出していた。
アレキサンダーの脅威を。
心臓を貫いても、首を刎ねても死なない不死の戦士。
加えて、炎を支配する異能。
あの怪物をどうにかできる者がいるのだろうか。
クロエの頭に、いない、という言葉が浮かぶ。
アレキサンダーに比肩する怪物ならいる。
すぐ近くに。その怪物は、薄茶の髪色をした少年だ。
しかし、その少年ですらアレキサンダーを滅ぼすことはできなかった。
「大丈夫です」
ふいに、テルモイがそう発言した。
「ニャ?」
「我々とて、何もしていなかったわけではありません。我々には見当がついています。上手く行けば……」
アルゴが首を傾げて尋ねる。
「上手く行けば?」
「上手く行けば―――アレキサンダーを殺せます」




