115.想像の力
戦況が傾き始めた。
徐々にではあるが確実に。
優勢なのはアレキサンダー。
その理由はやはり、アレキサンダーが不死身であるということ。
アルゴは奮闘していた。
アレキサンダーの心臓を剣で二度貫いた。
首筋を三度引き裂いた。
それでもアレキサンダーは死なない。
傷口が燃え上がり、瞬く間に再生していく。
今、アレキサンダーは無傷の状態だった。
アルゴの剣がアレキサンダーの首を刎ね飛ばす以前、アレキサンダーは体中から血を流していた。
その傷は全て塞がっている。即座に傷を再生させなかったのは、アルゴの油断を誘うためか。
策を弄さず、愚直に武器を振るう武人かとアルゴは思っていたが、アレキサンダーは中々に狡猾であった。
アルゴは灼熱のハルバードを躱しながら剣を突き入れるが、決定打にはならない。
アルゴは自覚していた。剣の精度が落ちている。
その原因は疲れ。体の疲労。精神的負担。
無双の強さを誇るアルゴだが、アルゴは飽くまでも人間。
無限に戦うことはできない。
これは数少ないアルゴの弱点だった。
それゆえに、剣の精度が落ちる。体のキレが落ちる。
轟音を鳴らし、ハルバードがアルゴに迫る。
アルゴはハルバードを躱しきれなかった。
剣で受けてしまった。
灼熱のハルバードとアルゴの剣が打ち合う。
ハルバードの表面は超高温。
それと鋼の剣が接触すれば、どうなるかは自明であった。
一合打ち合い、アルゴは後ろに跳んだ。
アレキサンダーと距離を取り、剣を確認。
ハルバードと接触した剣の刀身部分が、赤く発光していた。
その発光の範囲が、じわじわと広がっていく。
やがて刀身は強度を保てなくなり、折れた。
折れた、というより、溶けたという方が正確か。
いずれにしても、剣は使い物にならなくなってしまった。
この剣は、アルテメデス軍の砦で拾ったものだ。
質の高い剣ではあったが、それでも魔剣と比べてしまえば強度は数段落ちる。
おそらく、あのハルバードが超高温でありながら形状を保っていられるのは、あの武器自体が特別であるからだ。
魔剣ヴォルフラムと同列。魔力が込められた武器なのだろう。
あのハルバードと真っ向から打ち合うためには、魔剣ヴォルフラムが必要。
だが、それは失われた。サントールの策略で、砦の牢屋に入れられたと同時に奪われたのだ。
「シュラさん……すみません」
以前の所持者であった人物に謝り、アルゴは無手で構える。
武器を失った。だからと言って、降参という選択肢はない。
「ほう。まだそれほどの戦意を見せるか」
アレキサンダーはハルバードの先端を突きつけ、アルゴに接近。
アルゴはハルバードを躱し続けた。
アレキサンダーの隙を見つけ、低い姿勢から右足を突き上げた。
靴底をアレキサンダーの顎先に叩き込む。
直撃し、アレキサンダーは仰け反る。
アレキサンダーに大きな隙が生じ、アルゴは更に蹴りを放つ。
もう一度顎先に。続けて鳩尾に。
アレキサンダーは鎧の類を纏ってない。
それゆえに、アルゴの蹴りは有効打足り得る。
だがそれは、アレキサンダーが只の人間であった場合の話だ。
「素手でもそれだけやるか。その強さ、素直に称賛を送ろう」
「……」
さっきの蹴りは、アレキサンダーの内臓にダメージを与えたはずだ。
しかし、アレキサンダーは平然としている。
内臓を修復したのだろう。
打撃ならばあるいはと思ったが、そう甘いものでもなかった。
まずいな。このままでは……。
おもむろにアレキサンダーは言う。
「そろそろ頃合いか。うむ。なかなかに楽しめたぞ」
そう言ってアレキサンダーは、ハルバードの石突を地面に打ち立てた。
アルゴが最初に感じたのは熱さ。
肌を炎で炙られているような感覚。
アレキサンダーは、ハルバードを打ち立てたまま不動。
命を懸けた決闘の最中、アレキサンダーは自ら大きな隙を晒した。
しかし、アルゴの警戒心は跳ねあがった。
頭の中で警鐘が鳴り響いている。
アレキサンダーから溢れだす、圧倒的な熱。
アレキサンダーを中心に、炎が渦を巻く。
アルゴには分かった。
アレキサンダーは大技を放とうとしている。
感覚で理解する。あの大技を止めなければ不味い。
アレキサンダーは大きな隙を晒している。
だが、近づくことは難しい。
アレキサンダーを中心に燃え盛る炎は、さながら炎の結界。
近付けば、消し炭になってしまうだろう。
ならばどうする。このまま手をこまねいて、大技が放たれるのを待つか?
それは駄目だ。何とかせねば。
だが、策を思いつかない。
アルゴは後ろを振り返る。
後ろにはメガラとクロエ。二人とも目を見開いてこちらを見ている。
アルゴは決めた。二人を連れてこの場から離れる。
それしかない。
アルゴは走り出した。
「メガラ! クロエさん! 急いで逃げましょう!」
「ああ!」
「りょ、了解ニャ!」
三人は走り出した。馬は言う事を聞かない。
走って逃げるしかない。
まずは、炎の壁が途切れている場所まで目指す。
それから西へ。ひたすらに西へ走る。それしかない。
荒野を走る。
逃走を図る。
アレキサンダーは追いかけてこない。
何故なら、その必要がないからだ。
それは、極大の炎弾。
半径百メートルを超す、超巨大な炎の塊。
その炎弾がアルゴたちに迫る。
アルゴは口をきつく結びながら、強く後悔する。
あれを躱すのは無理だ。
自分だけなら何とかなるかもしれない。
だが、二人を連れてあれを躱すのは不可能。
もう少し考えればよかった。
考えるべきだったのだ。
自滅覚悟で、アレキサンダーに攻撃を加えるべきだったかもしれない。
「―――くそッ!」
そう憤るアルゴの耳に、メガラの声が入った。
「落ち着けアルゴ。心を落ち着かせ、思考しろ。諦めるな。最後まで抗え」
「で、でも! 俺にはもう―――」
「お前ならできる。お前は―――余が見込んだ男だ」
その瞬間、アルゴは一瞬で気持ちを切り替えた。
メガラができると言っている。
だったら―――できるはずだ。
アルゴの瞳に闘志が宿る。
アルゴは全神経を集中させた。
何か、何か策はないか。研ぎ澄ませろ。
できることを考えろ。
不可能を可能にしろ。
アルゴの右腕が自然と動いた。
右腕は腰へと伸び、剣の柄に触れた。
この剣は、灼熱のハルバードに破壊された。
刀身は、鍔の少し上の辺りから折れている。
使い物にならなくなってしまったが、一応捨てずに取っておいた。
アルゴは覚悟を決めた。
折れた剣を抜き、足を止めた。
そして、身を翻して極大の炎を見据える。
以前メガラは言った。
魔術。その真髄は、心象を具現化する力。それ即ち、想像力。
魔術を覚えるのに効果的なのは、まず実物を見ること。
本物を見れば、想像もし易いと言うもの。
確か、リコル村でそう言っていたはずだ。
アルゴは十分すぎるほど見た。
それは、風の魔術。全てを破壊する風の大魔術を。
双頭の怪鳥の、何もかもを破壊する嵐を。
あの嵐を斬った時の感覚をまだ覚えている。
それゆえに、想像するのは容易だった。
「風よ……俺に力を貸してくれ」
それは、魔術というにはあまりにも未熟だったかもしれない。
アルゴに魔術の才能はない。
しかし、確かにそれは現れた。
失われた刀身を補うように、風の刃が折れた刃から伸びていた。
その風は、あまりに微弱であった。
しかし、アルゴにとってはそれで十分だった。
明鏡止水を発動。
アルゴには見えた。
極大の炎の脆い部分が。
アルゴは飛び出した。
炎に向かって走り出す。
魔力を漲らせ、熱から身を守る。
それでも、肌を炙られるような痛みだった。
それに耐え、アルゴは風の刃を振った。




