12.横槍
ベインの額から汗が流れた。
アルゴから放たれる剣を防ぎながら、ベインは思う。
これ程の危機感を感じたのは、本当に久しぶりだった。
アルゴの剣が放たれる度に、ベインは死を幻視した。
的確に急所を突いてくるアルゴの剣は、まさしく死の刃。
一瞬でも気を抜けば狩られる。
ベインは極限まで集中力を研ぎ澄ませ、アルゴの剣を受け続ける。
反撃に打って出たいが、それは無理だった。
アルゴの動きが進化している。
剣速が上がり、繰り出される刃の精度が増している。
防御が甘いという弱点は未だにあるが、それを帳消しにするほどの剣速だった。
「あなたの動き、とても参考になります」
戦いの最中、アルゴがそう言った。
ベインは返事をしなかった。
返事をする余裕がなかった。ベインは内心、激しく動揺していた。
こいつ! 俺の動きを盗んでやがるのか!
素人同然だったアルゴの剣術は、今や上級者の域に達している。
驚くべきことだった。ものの数分で、これ程までに上達するなど信じられない。
そう思った時、ベインの胸の内に別種の感情が押し寄せた。
それは、恐怖。
アルゴの才能に恐怖した。底知れぬ殺しの才能に震えた。
「ば、ばけも―――」
自然と口から漏れたその言葉は、途中で止まった。
アルゴの鋭い斬撃によって、ベインの掌から剣が弾き飛ばされてしまった。
無手となったベイン。
そのベインへと、アルゴの剣が迫る。
ベインの首を刎ねようと、アルゴの剣が振るわれる。
ベインは死を覚悟した。
そして後悔した。相手の力量を見極めれず、愚かにも少年と戦うことを選んだ自分の選択を。
しかし、ベインの死を許さぬ者が、この場には一人いた。
ベインの首が刎ねられる直前、金属音が鳴り響いた。
それは槍だった。槍がアルゴの剣を止めたのだ。
銀色に輝く穂と、黒塗りの長い柄。
直槍に分類されるその槍を突き出したのは、エルフの女―――リューディアだった。
文字通り横槍を入れられたアルゴは、一旦距離を取ることを選択した。
後ろに跳んで、ベインとリューディアから離れる。
「す、すまねえ……リューディア」
「いいえ、むしろ遅くなってごめんなさい。あの子、私の方にも注意を向けていたから、割って入る隙がなかなか見つからなかったのよ……」
「そうかい……そりゃあとんでもねえな。あれは化け物だ。二対一でも勝てるかどうか……」
「ええ、そうね……」
ベインとリューディアがそのように会話している間、アルゴは思考を巡らしていた。
一対二か。
青髪の剣士に、槍使いのエルフ。
どちらもそれなりに強い。
青髪の剣士の実力は言うに及ばず、エルフも高い実力を備えている。
エルフの槍術は、おそらく達人の域。
それは、突き出された槍の鋭さから明らかだった。
まあ、別にいいか。
少し苦戦するかもしれないけど、きっと俺ならやれる。
青髪の剣士から色々と学んだ。効率のいい剣の動かし方や、体の捌き方。
自分でも分かる。少し前の自分よりも格段に強くなっている。
アルゴは息を吸い、軽く吐いた。
スッ、と己の感情を削ぎ落した。余分を排除し、敵を殺す人形と化した。
「いきます」
そう宣言し、アルゴは動き出そうとした。
しかし、次の瞬間、アルゴは動きを止めた。
槍が地面へと放り投げられた。
それは、リューディアの槍だ。
リューディアは槍を放棄し、両手を上げた。
それから、アルゴに言う。
「私たちの負けよ。このまま戦っても、私たちは勝てない。それなら、私は一縷の望みに懸ける。もう君たちのことは詮索しない。だから、どうか……」
アルゴは判断に迷った。このまま戦うべきか、剣を下ろすべきか。
黙り込むアルゴの代わりに返答したのは、メガラだった。
「よい心がけだ。余は無駄な殺生は好まん。そちらが矛を収めるならば、余の騎士もまたそうしよう」
メガラはそう言うと、アルゴに視線を向けた。
アルゴはメガラの意思に従った。剣を鞘に収めた。
リューディアは胸を撫でおろし、ベインに言う。
「さあ、ベインも」
「分かった……」
そう言ってベインは、短剣の柄から手を放し、両手を上げた。
戦う意志を放棄したリューディアとベインに、メガラは言う。
「さあ、余の前からとっとと失せよ」
少し間を置いて、リューディアは言う。
「その前に、一つだけ教えて欲しい。私は真実が知りたい」
「……言ってみろ」
「焼け焦げた死体は、私たちの同胞よ。同胞を殺したのは、君たちなの?」
「違う。死体は、我らがこの村を訪れた時から在った。だが死体を燃やしたのは余だ。雨風に打たれ続けるのが不憫に思えてな」
リューディアは、メガラの紫の瞳を見据えた。
数秒間そうしたのち、ようやく口を開いた。
「分かったわ。その言葉を信じましょう」
「そうか。では、分かったのなら―――」
「少し待って欲しいの」
「まだ何かあるのか?」
「君たちのことは詮索しない。それは約束するわ。でもその代わり、力を貸して欲しい」
「なにを言っている?」
「君たちの―――少年の強さは本物よ。その強さをアテにさせて欲しい。どうか、私たちと共に戦って欲しいの」
「……ふむ。どうやら訳ありみたいだな。いいだろう、話ぐらいは聞いてやってもよい」
「か、感謝するわ!」
「だが待て。話を聞く前に一つ教えろ」
「ええ、いいわ」
「報酬はあるのだろうな?」
「勿論」
それを聞いて、メガラは口元を緩めた。




