112.脱出
「アルくん! 急いで逃げるニャ! メガちゃんを起こすのニャ!」
「は、はい!」
メガラのことをアルゴに任せて、クロエは死亡したサントールの衣服の内側を探った。
「あった」
クロエは鍵を見つけた。
そして、その鍵でアルゴとメガラの拘束を解いた。
「これは一体、どういう状況だ?」
目を覚ましたメガラが、周囲を見回しながらそう尋ねた。
「メガちゃん、今は説明している時間はないニャ。とにかくここから脱出するニャ。アルくん、この鍵で両手の枷を解いて欲しいのニャ」
「了解です」
アルゴは渡された鍵でクロエの両手の枷を外した。
これで三人共、枷から解放された。
「さあ、脱出ニャ!」
「はい!」
「ああ!」
クロエの呼びかけにアルゴとメガラは返事をした。
それから三人は牢屋から外に出た。
牢屋を出て薄暗い通路を駆ける。
通路は静かだった。見張りは見当たらない。
「多分ここは、荒野に存在するアルテメデス軍の砦だと思うニャ。ジュライ村からそれほど離れているとは思えないのニャ。だからここから脱出して、荒野を突っ切るニャ」
「うむ。穏便に荒野を抜けたかったが、こうなっては仕方なかろう。アルゴ、お前が頼りだ」
「分かった!」
「いいお返事ニャ。アルくんの実力、見せてもらうニャ」
「が、頑張ります!」
アルゴの返事を聞いて、メガラはわずかに笑った。
緊張を露わにするアルゴ。
その様子を見て、誰がアルゴのことを強者と思うだろうか。
だが、この少年は途轍もない強さを秘めている。
アルゴの背を見つめるメガラだったが、ふと左側から声が聞こえた。
「レイネシア?」
牢屋の中に女がいた。
その女が、格子を握りしめてメガラのことを見ていた。
メガラは立ち止まってしまった。
女の容姿を見て確信した。
水色の髪。頭から生えたツノ。
頬は痩せこけているが、顔立ちそのものは整っている。
その顔は、メガラの顔とよく似ていた。
「レイネシア……よね?」
女は目を見開いてメガラを見ている。
「ああ……レイネシア。……信じられない。生きていて……くれたのね」
女の瞳から涙がこぼれ始める。
「よ……余は……」
言い淀んでしまうメガラ。
流石のメガラも、返す言葉を躊躇ってしまう。
クロエは、固まるメガラの肩を掴んだ。
「メガちゃん! 急がないとまずいニャ!」
「わ、分かっている……だが……」
クロエは、メガラの肩を掴む握力を強めた。
「この人が誰なのかは察しが付くニャ。メガちゃんの気持ちは分かってるつもりだニャ。だけど、この牢屋を開ける鍵がないニャ。クロエたちが今優先しなければならないことは、ここから逃げ出すことだニャ」
「あ、ああ……分かって―――」
「だけど、もし心の底から願うのなら、クロエはそれに協力してもいいニャ。だから、選ぶニャ。ここから逃げ出すことを優先するか、それともこの人を助け出すことを優先するのか。時間がないニャ。いますぐ、決めるニャ」
メガラはこの一瞬で考えた。
現状、三人共武器を持っていない。武器は奪われた。
武器の無い状態で敵地に留まるのは、命を投げ出す行為に等しい。
だから、少しでも早く敵地から脱出しなければならない。
それでも、命を懸けてまでこの女を助けるべきなのか。
何の為に、ここまで進んできたのか。何の為に、これまで戦ってきたのか。
それを考える。
これまで死んでいった者たちの顔が脳裏によぎった。
「……すまない」
そう呟いて、メガラは顔を上げた。
「お前たち、行くぞ!」
メガラは走り出した。
アルゴとクロエはそのあとに続き走り出す。
「レイネシア!? 待って! どこに行くの! 待って!」
背後から叫び声が聞こえたが、メガラは振り向かなかった。
そのまま走り続けた。
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長い階段を昇り切り、一階へ到達。
そこは、広間となっていた。
縦に長い机と、沢山の椅子が置かれている。
おそらくここで食事を取ったり、話し合いをしたりするのだろう。
「なっ! き、貴様ら!」
怒りの声を上げたのは若い兵士だった。
地下から飛び出して来たアルゴたちを見て、慌てたように立ち上がった。
広間にいる兵士は三人だった。
アルゴは即座に動いた。
兵士に接近し、右足を兵士の顎に蹴り上げる。
直撃。兵士は一瞬で気絶。
その後アルゴは、しゃがみ込んで背後から迫る兵士の剣を躱した。
アルゴは、しゃがみ込んだ姿勢のまま回転蹴りを繰り出した。
蹴りは兵士の左足に直撃。
兵士が怯んだ隙を突き、アルゴは頭突きを放った。
頭突きが兵士の顎に炸裂。兵士は呻きを上げて気絶。
これでアルゴは二人の兵士を倒した。
残りは一人。
「ニャー!」
とクロエの掛け声が響いていた。
クロエは身軽な動きで兵士の剣を躱し続ける。
クロエの目がキラリと光った。
「そこニャ!」
兵士の隙を突いて、クロエは右足を蹴り上げた。
クロエの蹴りは、兵士の股間へ直撃。
「―――ぎッ!?」
兵士が奇妙な声を上げた瞬間、クロエは華麗にバク転を決めた。
クロエのつま先が兵士の顎先に直撃。
兵士は背中から倒れ、そのまま気絶した。
「やるではないか、クロエ」
「ニャハハッ! もっと褒めていいのニャ!」
メガラの称賛を受け、得意げな顔をするクロエ。
そんなクロエを置いて、メガラは周囲を見渡してから言う。
「それにしても三人だけか。思ったより手薄だな」
「そうだニャ。多分ここは、小規模な砦だと思うニャ。これはツイてるニャ」
「ああ。だが油断するな。外がどうなっているかは分からん」
「了解ニャ!」
三人は走り出した。
外へと通じる扉を開放。
外には、訓練を行う兵士たちがいた。
数は約二十人。
この程度の人数ならば、アルゴにとっては大した数ではない。
「罪人が脱走しているぞ!」
兵士たちは剣や槍でアルゴたちに襲い掛かる。
アルゴは広間で倒した兵士が持っていた剣を拾っていた。
剣を振って、襲い来る兵士たちを斬り伏せていく。
兵士の剣と槍を躱し、隙を突いて兵士の体に刃を走らせる。
兵士の剣と槍はアルゴにかすりもせず、逆にアルゴは兵士の急所を的確に突いていく。
段々と、兵士の数が減っていく。
周囲が赤く染まり、死体が増え続ける。
そして兵士は、残り一人となった。
その兵士は、槍を捨てた。
「ば、化け物!」
と叫び、兵士は逃げ出した。
アルゴは後ろにいるメガラへ顔を向けた。
追うべきか、追わざるべきか、判断を仰いだ。
メガラは頭を横に振った。
「追わなくていい」
「分かった」
「……すまない、アルゴ」
周囲には兵士の死体。凄惨な光景が広がっていた。
「メガラ、俺は決めたんだ。俺は自分で選んでここに立っている。だから……謝らなくていい」
「そう……だったな」
「うん。さあ、指示をくれ。これからどうする?」
「それは勿論、ここから逃げ出す―――」
メガラは途中で言葉を止めた。
メガラの脳裏に浮かぶのは、地下の牢屋で囚われている女の姿。
この砦の規模は小さい。
駐在している兵士は二十人程度だった。
その兵士たちは全て無力化した。
もう邪魔するものはいない。
であれば、あの女を救い出せるのではないか……?
その時だ、上空からクロエの声が聞こえた。
「やばいニャ! 急いでここから離れるニャ!」
クロエがいつの間にか櫓に昇っていた。
メガラは上を見上げて叫び返す。
「どうした!?」
「兵士たちニャ! 兵士たちの塊がこっちに向かって来てるニャ! 多分、巡回中の兵士たちが戻ってきたのニャ!」
「なに!?」
メガラは考える。
アルゴならば、その兵士たちを蹴散らせることはできるだろう。
だが、それは本当に必要なことだろうか。
避けられる戦いなのであれば、避けるべきではないだろうか。
「お前たち! 逃げるぞ!」
「了解ニャ!」
クロエは身軽な動きで櫓から下りて、厩舎の方へ走り出した。
厩舎からクロエが連れ出したのは、二頭の馬。
「アルくん! そっちの馬に乗るニャ!」
「え、でも俺、馬を操れません」
「大丈夫! クロエが言い聞かせておいたから問題なしニャ!」
「ど、どういうことですか?」
「アルくんは乗ってるだけでいいニャ!」
そう言われても困る。
とアルゴが頭を悩ましていると、驚くことが起きた。
馬がアルゴの傍まで近付き、自ら身を屈めたのだ。
「え?」
「馬くんも乗れって言ってるニャ!」
驚いたが、クロエの言う通りだった。
「わ、分かりました」
アルゴが慎重に馬の鞍に跨った瞬間、馬が嘶いた。
「う、わッ!」
馬は勢いよく前脚を上げた。
「さあ、行くニャ!」
クロエはメガラを鞍に乗せたあと、自らも鞍に乗る。
手綱を握り、馬を走らせた。
クロエとメガラを乗せた白い馬。
アルゴを乗せた黒い馬。
二頭の馬は荒野を駆ける。




