110.村長宅にて
夜になった。
アルゴたちは、デイローの家で食事を取っていた。
地べたに料理が並べられている。
この村の者たちは、地べたに座り込んで食事をする。
料理は質素なもので、豆を煮たスープや、硬いパンなどが並んでいる。
それでも、アルゴたちは村長に感謝していた。
「デイローよ、我らを匿うだけでなく、このような食事まで用意してくるとは深く感謝する」
「いえ、とんでもございません。むしろ、このような物しか出せず申し訳ありません」
「何を言う。余は十分満足している」
「有難きお言葉」
デイローは深く頭を下げる。
そんな中、クロエは空気を読まなかった。
「うーん。でもクロエ的には、もうちょっと味が濃い方が好きだニャー」
そんなクロエにデイローは笑いながら反論。
「猫には味の良し悪しなど分からんだろう」
「ニャ!? クロエは美食家ニャ! ちゃんと分かるニャ!」
「ハハ。どうだかな」
「ニャー! デイ爺! 馬鹿にして!」
両手を上げて怒りを表現するクロエ。
クロエとデイローの間には、遠慮というものがなかった。
それは決して険悪なものではなく、気心の知れた友人とでも言えるだろうか。
聞けばクロエは傷薬などを売るため、昔からこの村にちょくちょく訪れているのだという。
人懐っこいクロエは、この村の者たちから好かれ、可愛がられていた。
「アハハ」
クロエとデイローの様子を見て、アルゴが笑った。
これまで気を張っていた分、その反動が来てしまった。
「ニャ! アルくん! いい笑顔ニャ!」
「え?」
「うーん! アルくん、可愛すぎ!」
そう叫び、クロエはアルゴに抱き着いた。
「ちょ、ちょ、クロエさん!?」
アルゴに抱き着いて頬ずりをするクロエ。
「こら、クロエ! アルゴ殿が困っているではないか!」
「べー。デイ爺には関係ないニャ」
「ハハハ……」
苦笑いをするアルゴ。
アルゴは、なんとなく気になってメガラの方へ顔を向けた。
すると意外な光景を見た。
メガラは、床に丸くなって眠っていた。
メガラの肉体は幼い子供だ。
眠気に対する耐性はそれほどない。
だがそれでも、食事中に眠るメガラの姿は、アルゴにとっては珍しいものだった。
眠る時には眠る。食べるときには食べる。中途半端なことはしない。
それが、アルゴにとってのメガラの姿だった。
「ありゃ? メガちゃん眠っちゃったのニャ?」
「そう……みたいですね」
アルゴは立ち上がった。
「俺、寝室まで運んできます。村長、少し失礼します―――って、あれ?」
いつのまにかデイローの姿が消えていた。
さっきまですぐそこに居たはずだが。
と思った瞬間、アルゴは異変を感じた。
「―――ん?」
目眩がして体が揺れる。
その後、襲ってくる強烈な眠気。
これは只事ではない。何か異常が起きている。
ふと、眠り続けるメガラの姿が目に入った。
この瞬間、気付いてしまった。
もしかして、食事に何か……盛られた……?
そう思った時、ドン、と音が聞こえた。
クロエが床に倒れた音だった。
「ク、クロエ……さん……」
明らかに不自然な倒れ方。
やはりそうか。食事に睡眠薬が入っていたのだろう。
では誰がそれを入れたのか。
メガラとクロエは眠ってしまった。この二人は犯人ではない。
決まっている。デイローだ。そうとしか考えられない。
だが理由が分からない。何故だ。何のために。
眠気が更に強くなり、立っていられなくなってしまう。
まずい、このままじゃ。
己を奮い立たせるが、限界があった。
アルゴは床に倒れこんでしまった。
その後すぐに瞼が重くなる。
「ね、寝るな……」
自分にそう言い聞かせるが、気合ではどうにもならなかった。
意識が途絶える直前、アルゴは聞いた。
この家の扉が開き、誰かが入ってきた。
「お、いい感じじゃねえか。いいね。そのままだ。そのまま、ふかーくネンネしてな」
それは、今日何度か聞いた声だった。
アルゴは思い出した。
アルテメデス帝国軍の兵士、サントールの声だった。




