108.監視塔
プラタイト外縁。
巨大なアーチ型の建物付近にて。
アルテメデス軍の兵士はニヤリと笑う。
「よう、クロエじゃねえか。今日はどうした?」
その瘦せ型の若い兵士は、下品な笑みを浮かべている。
「ニャ」
と言ってクロエは、銀貨を親指で弾いた。
「とっ」
兵士はクロエが弾いた銀貨を右手で掴んだ。
「銀貨一枚……か。で、俺に何をさせたい?」
「この二人をジュライ村まで連れていきたいニャ」
クロエはそう言って、背後に立つアルゴとメガラに顔を向ける。
アルゴとメガラはフードを目深に被り、顔を隠していた。
「ほーう」
兵士は顎を指先でこすりながら、アルゴとメガラの顔を下から覗こうとする。
クロエはそれを阻止。体で兵士の視界を遮った。
「余計な詮索はナシニャ。何のためにルグを払ってると思ってるニャ」
「おいおい、銀貨一枚程度で強気になるなよ。こっちはな、命が懸かってんだ。もしこのことがバレれば、俺は間違いなく処刑だ」
クロエは、キッと兵士を睨みつけた。だがその後、肩を落として諦めたように言う。
「……分かったニャ。望みの額を言うニャ」
兵士はフッ、と息を吐くように笑った。
「冗談だって。そんな怖い顔するな。仲良くしようや。俺とお前の仲じゃないか」
兵士は右手をクロエの右肩へと伸ばした。
兵士の手が右肩に触れる直前、クロエはピシャリと兵士の手を払いのける。
「汚い手でクロエに触るニャ」
クロエは鋭い目で兵士を睨む。
その目は、獰猛な肉食獣のような荒々しさを秘めていた。
「おーこわ。分かった分かった。俺が悪かったよ」
兵士は両手を上げて、降参のポーズを取る。
クロエの兵士への態度は、アルゴとメガラに対するものとは百八十度違う。
クロエが兵士に向ける眼差しは、軽蔑、苛立ち、嫌悪。
楽し気に笑う普段のクロエは完全に消失していた。
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クロエが買収した兵士の名は、サントール。
年齢は二十五。瘦せ型で、ニヤついた笑みが何処か鼻に付く男だった。
アルゴ、メガラ、クロエの三人は、サントールが駆る馬車に乗り込んでいた。
幌付きの馬車で、アルゴたちは荷物に紛れるように体を縮ませている。
馬車の目的地はジュライ村。
ジュライ村とは、プラタイト西側に広がる荒野に存在する魔族の村である。
ジュライ村より西側は、アルテメデス帝国軍の監視が緩い。
ゆえにジュライ村まで辿り着くことが、一先ずの目標である。
馬車は二頭の馬に引かれている。
馬車の御者席には、サントールとサントールの相棒が座っている。
サントールの相棒の名はテルモイ。
テルモイもサントールと同じく若い兵士だ。
体格はサントールとは逆で、太り気味。
そんなテルモイが、不安げに口を開いた。
「こんなことして、ほ、本当に大丈夫かなあ……」
テルモイは、チラリと後ろの様子を窺った。
御者席からではアルゴたちの姿は見えない。
だが、間違いなく存在している。テルモイにとっては謎の三人が。
サントールは人差し指で耳の穴をほじりながら、気だるげに言う。
「何度も言わせんな。俺たちは物資を運んでるだけ。何の問題がある?」
「問題あるよぉ。問題だらけだよぉ。ねえ、あの人たち、誰なの?」
「さあな。俺もよく知らねえよ。クロエ以外はな」
「さ、さあなって……」
「あーもう、お前は心配しすぎなんだよ。堂々としていろ。じゃなきゃ怪しまれるだろうが」
「う、うぅ……」
二人が軍に入隊した時期は同じであるが、その関係性は対等とは言えない。
気の弱いテルモイは、狡猾なサントールに付き従う形になっている。
馬車は荒野を駆ける。
一見、適当に走っているように見えるかもしれないが、馬車は軍の監視域を避けるように走っていた。
荒野を巡回する軍の小隊に見つかれば面倒だ。
たとえ自軍であっても、荷物の検閲が入る可能性がある。
サントールはそこそこ頭がよく、記憶力に優れる男だ。
荒野を監視する複数の小隊の巡回ルートと時間を正確に把握していた。
乾いた大地。代り映えのしない景色が続く。
しばらく時が流れ、テルモイが御者席の上でウトウトし始めた時、前方に建物が見えた。
「おい、テルモイ。起きろ」
サントールはテルモイの脇腹をつついた。
「んん?」
テルモイは目を擦り、前方を確認。
テルモイの心臓が跳ね、眠気が一気に消し飛んだ。
前方には、背の高い建物。
円柱型の建物で、高さは十メール程度。
テルモイは、慌てて背後の荷台から旗を取り出した。
旗には玉座と、玉座を囲うように魔方陣が描かれている。
その旗こそが、アルテメデス帝国の国旗。
テルモイは、必死に国旗を振り続ける。
そのまま馬車は、建物へと近付いた。
その建物は監視塔であった。
荒野を監視するために建設された、アルテメデス帝国軍の施設だった。
小隊の巡回ルートを避けつつジュライ村に辿り着くには、この監視塔を通過しなければならない。
荒野に点在する監視塔だけは避けることができない。
そして馬車は、監視塔で任に就く兵士に出迎えられた。
監視塔の兵士は、明るい声を上げた。
「ご苦労さん!」
サントールは御者台から返事をする。
「おう! 何か変わったことはあったか?」
「いや、特にないな。何もなさすぎて退屈すぎるほどだ」
「そりゃあ羨ましいことで」
「羨ましくなんかねえよ。けっこうきついぜ?」
「そうかい。そりゃあ、同情するよ。っと、お喋りはここまでにして、仕事を終わらせよう。おいテルモイ、物資を下ろすんだ」
それを聞いて監視塔の兵士は、声を小さくして言う。
「で、頼んでたものは、ちゃんとあるんだろうな?」
「勿論」
サントールはニヤリと笑い、荷物の中から酒瓶を取り出した。
それを監視塔の兵士に渡してやる。
「これよこれ! いや助かる! これがなきゃ、こんな退屈な場所では生きていけねえよ」
「喜んでるところ悪いが、ソレを運ぶのは軍の任務には含まれていなくてな」
「分かってるよ。ホレ」
と言って、監視塔の兵士は小さな麻袋を差し出した。
サントールは麻袋を受け取り、重みを確かめた。
その重みはルグの重み。
サントールは笑みを深めて言う。
「まいどあり」
そうこうしている間に、テルモイが物資を下ろし終えた。
テルモイは額の汗を拭って言う。
「お、終わった……よ」
「おう、ご苦労さん!」
積み上げられた物資を確認し、満足げに頷く監視塔の兵士。
監視塔から兵士たちが現れ、物資を運び入れていく。
その様を横目に、サントールは監視塔の兵士に耳打ちする。
「なあ、ちょーっと西側に用があるんだが……いいよな?」
「んん? 何の用だ?」
「ちょっと野暮用だ」
サントールはそう言ってニヤリと笑う。
監視塔の兵士は「ああ」と返事して小さく溜息を吐いた。
「女か。うーん……まあいいか。お前には世話になってるしな」
「感謝するぜ、兄弟」
監視塔の兵士が都合よく勘違いしてくれたことに感謝し、サントールは笑みを深めた。
サントールは、後ろを振り向いて声を上げた。
「テルモイ! 行くぞ!」
「わ、分かった!」
サントールとテルモイは御者台に乗り込んだ。
そして、軽くなった馬車を西側へと走らせた。




