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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第四章

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108.監視塔

 プラタイト外縁。

 巨大なアーチ型の建物付近にて。


 アルテメデス軍の兵士はニヤリと笑う。


「よう、クロエじゃねえか。今日はどうした?」


 その瘦せ型の若い兵士は、下品な笑みを浮かべている。


「ニャ」


 と言ってクロエは、銀貨を親指で弾いた。


「とっ」


 兵士はクロエが弾いた銀貨を右手で掴んだ。


「銀貨一枚……か。で、俺に何をさせたい?」


「この二人をジュライ村まで連れていきたいニャ」


 クロエはそう言って、背後に立つアルゴとメガラに顔を向ける。

 アルゴとメガラはフードを目深に被り、顔を隠していた。


「ほーう」


 兵士は顎を指先でこすりながら、アルゴとメガラの顔を下から覗こうとする。

 クロエはそれを阻止。体で兵士の視界を遮った。


「余計な詮索はナシニャ。何のためにルグを払ってると思ってるニャ」


「おいおい、銀貨一枚程度で強気になるなよ。こっちはな、命が懸かってんだ。もしこのことがバレれば、俺は間違いなく処刑だ」


 クロエは、キッと兵士を睨みつけた。だがその後、肩を落として諦めたように言う。


「……分かったニャ。望みの額を言うニャ」 


 兵士はフッ、と息を吐くように笑った。


「冗談だって。そんな怖い顔するな。仲良くしようや。俺とお前の仲じゃないか」


 兵士は右手をクロエの右肩へと伸ばした。

 兵士の手が右肩に触れる直前、クロエはピシャリと兵士の手を払いのける。


「汚い手でクロエに触るニャ」


 クロエは鋭い目で兵士を睨む。

 その目は、獰猛な肉食獣のような荒々しさを秘めていた。


「おーこわ。分かった分かった。俺が悪かったよ」


 兵士は両手を上げて、降参のポーズを取る。


 クロエの兵士への態度は、アルゴとメガラに対するものとは百八十度違う。

 クロエが兵士に向ける眼差しは、軽蔑、苛立ち、嫌悪。


 楽し気に笑う普段のクロエは完全に消失していた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 クロエが買収した兵士の名は、サントール。

 年齢は二十五。瘦せ型で、ニヤついた笑みが何処か鼻に付く男だった。


 アルゴ、メガラ、クロエの三人は、サントールが駆る馬車に乗り込んでいた。

 (ほろ)付きの馬車で、アルゴたちは荷物に紛れるように体を縮ませている。


 馬車の目的地はジュライ村。

 ジュライ村とは、プラタイト西側に広がる荒野に存在する魔族の村である。


 ジュライ村より西側は、アルテメデス帝国軍の監視が緩い。

 ゆえにジュライ村まで辿り着くことが、一先ずの目標である。


 馬車は二頭の馬に引かれている。

 馬車の御者席には、サントールとサントールの相棒が座っている。

 サントールの相棒の名はテルモイ。

 テルモイもサントールと同じく若い兵士だ。

 体格はサントールとは逆で、太り気味。


 そんなテルモイが、不安げに口を開いた。


「こんなことして、ほ、本当に大丈夫かなあ……」


 テルモイは、チラリと後ろの様子を窺った。

 御者席からではアルゴたちの姿は見えない。

 だが、間違いなく存在している。テルモイにとっては謎の三人が。


 サントールは人差し指で耳の穴をほじりながら、気だるげに言う。


「何度も言わせんな。俺たちは物資を運んでるだけ。何の問題がある?」


「問題あるよぉ。問題だらけだよぉ。ねえ、あの人たち、誰なの?」


「さあな。俺もよく知らねえよ。クロエ以外はな」


「さ、さあなって……」


「あーもう、お前は心配しすぎなんだよ。堂々としていろ。じゃなきゃ怪しまれるだろうが」


「う、うぅ……」


 二人が軍に入隊した時期は同じであるが、その関係性は対等とは言えない。

 気の弱いテルモイは、狡猾なサントールに付き従う形になっている。


 馬車は荒野を駆ける。


 一見、適当に走っているように見えるかもしれないが、馬車は軍の監視域を避けるように走っていた。


 荒野を巡回する軍の小隊に見つかれば面倒だ。

 たとえ自軍であっても、荷物の検閲が入る可能性がある。


 サントールはそこそこ頭がよく、記憶力に優れる男だ。

 荒野を監視する複数の小隊の巡回ルートと時間を正確に把握していた。


 乾いた大地。代り映えのしない景色が続く。


 しばらく時が流れ、テルモイが御者席の上でウトウトし始めた時、前方に建物が見えた。


「おい、テルモイ。起きろ」


 サントールはテルモイの脇腹をつついた。


「んん?」


 テルモイは目を擦り、前方を確認。

 テルモイの心臓が跳ね、眠気が一気に消し飛んだ。


 前方には、背の高い建物。

 円柱型の建物で、高さは十メール程度。


 テルモイは、慌てて背後の荷台から旗を取り出した。

 旗には玉座と、玉座を囲うように魔方陣が描かれている。

 その旗こそが、アルテメデス帝国の国旗。


 テルモイは、必死に国旗を振り続ける。


 そのまま馬車は、建物へと近付いた。


 その建物は監視塔であった。

 荒野を監視するために建設された、アルテメデス帝国軍の施設だった。


 小隊の巡回ルートを避けつつジュライ村に辿り着くには、この監視塔を通過しなければならない。

 荒野に点在する監視塔だけは避けることができない。


 そして馬車は、監視塔で任に就く兵士に出迎えられた。

 監視塔の兵士は、明るい声を上げた。


「ご苦労さん!」


 サントールは御者台から返事をする。


「おう! 何か変わったことはあったか?」


「いや、特にないな。何もなさすぎて退屈すぎるほどだ」


「そりゃあ羨ましいことで」


「羨ましくなんかねえよ。けっこうきついぜ?」


「そうかい。そりゃあ、同情するよ。っと、お喋りはここまでにして、仕事を終わらせよう。おいテルモイ、物資を下ろすんだ」


 それを聞いて監視塔の兵士は、声を小さくして言う。


「で、頼んでたものは、ちゃんとあるんだろうな?」


「勿論」


 サントールはニヤリと笑い、荷物の中から酒瓶を取り出した。

 それを監視塔の兵士に渡してやる。


「これよこれ! いや助かる! これがなきゃ、こんな退屈な場所では生きていけねえよ」


「喜んでるところ悪いが、ソレを運ぶのは軍の任務には含まれていなくてな」


「分かってるよ。ホレ」


 と言って、監視塔の兵士は小さな麻袋を差し出した。

 サントールは麻袋を受け取り、重みを確かめた。

 その重みはルグの重み。


 サントールは笑みを深めて言う。


「まいどあり」


 そうこうしている間に、テルモイが物資を下ろし終えた。


 テルモイは額の汗を拭って言う。


「お、終わった……よ」


「おう、ご苦労さん!」


 積み上げられた物資を確認し、満足げに頷く監視塔の兵士。

 監視塔から兵士たちが現れ、物資を運び入れていく。

 その様を横目に、サントールは監視塔の兵士に耳打ちする。


「なあ、ちょーっと西側に用があるんだが……いいよな?」


「んん? 何の用だ?」


「ちょっと野暮用だ」


 サントールはそう言ってニヤリと笑う。


 監視塔の兵士は「ああ」と返事して小さく溜息を吐いた。


「女か。うーん……まあいいか。お前には世話になってるしな」


「感謝するぜ、兄弟」


 監視塔の兵士が都合よく勘違いしてくれたことに感謝し、サントールは笑みを深めた。


 サントールは、後ろを振り向いて声を上げた。


「テルモイ! 行くぞ!」


「わ、分かった!」


 サントールとテルモイは御者台に乗り込んだ。

 そして、軽くなった馬車を西側へと走らせた。

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