105.花の都
時は、ヴィラレス砦にて青竜と怪鳥が暴れているころに遡る。
夜。窓からわずかな月明かりが差し込んでいた。
その部屋は、貴族が使用するような豪華な部屋であったが、広さはそれほどではない。
その部屋に男はいた。
金色の髪の毛に、赤い瞳。端正な顔立ちの男だった。
その顔は若く、年齢は二十代だろう。
男は本を読んでいた。
月明かりと机に置かれた蝋燭の火で手元を照らしながら、文字を読み進めていく。
その時、扉が叩かれる音が聞こえた。
その後間を置かず、女の声が聞こえた。
「陛下、よろしいでしょうか?」
陛下、と呼ばれた金髪の男は何も答えなかった。
構わず本を読み進める。
結局、金髪の男の許可を待たず、扉が開かれた。
「陛下、ご機嫌麗しゅう」
そう言って部屋に入ってきたのは、若い女だった。
銀髪で細身の美しい女だ。
女は金髪の男の対面に座った。
「何をお読みになられているんです?」
女は口元に笑みを浮かべながらそう尋ねた。
そこでようやく、金髪の男は口を開いた。
「……本だ」
男は無表情でそう答えた。
「―――ウフッ」
女は笑った。
「ウフフフッ。相変わらずですね、マグヌス陛下は」
女は男のことをマグヌスと呼んだ。
マグヌス。この金髪の男こそが、アルテメデス帝国皇帝、マグヌス・アストライアである。
「それで……何の用だ? ガブリエル」
ガブリエルと呼ばれた女は、艶やかな笑みを浮かべながら、マグヌスの頬に手を伸ばした。
「いやですわ、陛下。陛下とワタクシの仲じゃありませんこと。用がなくては、お会いすることもできませんの?」
「……ふむ。まあ、ちょうどよい。先日、クリストハルトからこんな物が届いた。お前はどう思う?」
マグヌスは、それをガブリエルへ手渡した。
それは、封が切られた手紙だった。
「拝借いたします」
と言って、ガブリエルは手紙に目を通した。
しばらくして、ガブリエルは言った。
「これは……本当なんですの?」
「分からん。だが、あいつが冗談でこんな物を送ってくるとは思えん」
「え、ええ……確かに。ですが、これはあまりにも……」
「ここに書かれていることが本当だと仮定し、さて私はどう動くべきか」
それを聞いてガブリエルは、バチンと両手を打ち鳴らした。
「陛下! 夜は長いですわ! とりあえず、使いの者に何か持ってこさせましょう!」
ガブリエルは立ち上がり、部屋の外で控えている従者に飲み物と食事を持ってくるように命じようとした。
だがその時、マグヌスの取った行動に、ガブリエルの足が止まった。
マグヌスが突然、勢いよく立ち上がったのだ。
マグヌスの目は見開かれ、虚空を見詰めている。
「へ、陛下? どうなさいました?」
マグヌスの顔には、驚愕の表情が浮かんでいる。
マグヌスは、目を見開いたまま小さく声を発した。
「クリストハルトが……死んだ……?」
「え……」
「馬鹿な……。信じられん……」
「そ、それは間違いないのでしょうか?」
「……間違いない」
マグヌスは、自分の心臓辺りを鷲掴みにしてポツリと言う。
「クリストハルトよ……許してくれ。私の……力不足だ」
「陛下! それは違いますわ! 陛下に責任はありません!」
「……ガブリエルよ。大将軍の一人として備えよ。―――永久の魔女の再臨だ」
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ルタレントゥム魔族連合は、アルテメデス帝国との戦に負けた。
敗戦したルタレントゥム魔族連合はアルテメデス帝国に接収され、現在はアルテメデス帝国の属領となっており、ルタレントゥム領と呼称されている。
ルタレントゥム領の南部に位置するプラタイトは、花の都として有名な都市である。
都市には鮮やかな花が咲き乱れ、緑あふれる美しい都だ。
港町ということもあり、他国からの品や文化が流入する最先端の都市でもある。
そんなプラタイトに到着し、メガラから戸惑いの声が漏れた。
「なんだ……これは……」
メガラは目を見開いて固まってしまう。
メガラは目に映るすべてを疑った。
美しい花の都、プラタイト。
そう呼ばれていたことが信じれないほど、都市の様子が様変わりしていた。
鮮やかな花は一つもなく、緑もなく、大地は荒れ果て、建造物は酷く老朽化している。
アルゴは固まるメガラに尋ねた。
「そんなに以前と違うの?」
「違うなんてものではない。なんだこれは……余が見ていたものは幻覚だったとでもいうのか……」
荒廃した都市の様子に、メガラは激しく動揺している。
荒廃してはいるものの、人通りはそれなりに多い。
通りを歩く者は主に人族だが、ちらほらと獣人、エルフ、ドワーフが混じっている。
そして極稀にだが魔族も存在した。
魔族にも色々な者がいる。ルタレントゥム魔族連合出身ではない魔族や、魔族でありながら人族側についた者などだ。
全ての魔族が排斥されているわけではない。
だがそれでも、ここプラタイトでは魔族に対しての風当たりは強い。
「メガラ、ここに立ってても仕方がない。とりあえず……進まない?」
「……そうだな。お前の言う通りだ。行こう」
そう言ってメガラは歩き出した。
アルゴはその後に続く。
乾いた大地を歩く。
美しかったはずの建造物は、いたるところに亀裂が入り、激しく痛んでいるように見えた。
アルゴは歩きながら思った。
なんか、暑いな……。
この都市の気候は温暖で過ごしやすい。と聞いていた。
だが実際は、温暖というよりは暑い。
アルゴの額から汗が滲み始める。
メガラの顔を見れば、メガラの顔にも汗が滲んでいた。
「メガラ、大丈夫?」
「ああ。問題ない。だがこの暑さ、この乾燥した空気。この都市で何かが起きている」
そう言ってメガラは続ける。
「アルゴよ、急ぐぞ」
「うん」
二人は荒廃した都市を歩き続けた。




