11.交わる刃
アルゴは床を蹴り上げ、一気にベインとの間合いを詰めた。
ベインの首筋を狙い、剣を下から突き上げた。
鋼の打ち合う音が鳴り響く。
アルゴの剣は、ベインの首筋を切り裂くことは出来なかった。
ベインの剣がアルゴの剣を防いだのだ。
アルゴは、少しだけ動揺した。
あれ? 防がれた……。
以前、冒険者ハンクと刃を交えたが、この青髪の男は、ハンクとは比べ物にならない程の反応の速さだった。
結構、強いな。
アルゴは、ベインのことをそう評価し、後ろに下がって体勢を整え直した。
ベインの動揺は、アルゴのものとは比較にならないほど大きかった。
「嘘だろ……」
ベインは目を見開き、そう声を漏らした。
一合で確信した。この少年は只者ではない。
剣の構えは出鱈目だった。拙い足捌きも、未熟な間合いの取り方も、完全に素人のソレだった。
しかし、先程の少年の動き。正確に急所を狙った、異常とも言えるほどの素早い動き。
一瞬でも反応が遅れていたら、首が大きく裂かれていたことだろう。
ベインは大きく後ろに跳び、アルゴと距離を取った。
「リューディア! この少年はやべえ! だが―――手出しは無用だ!」
リューディアもこの時、アルゴの異常性に気付いていた。
しかし、加勢は不要だとベインは言っている。
リューディアは、ベインのことを信頼していた。
「分かったわ! だけど、油断しないで!」
「ありがとうよ」
ベインは剣の切っ先をアルゴに向け、言い放つ。
「少年! お前、おもしれえな!」
「あなたは面白くないです」
アルゴはゆっくりと歩きながら、ベインに返事をした。
屋外へと出て、ベインと対峙する。
「ハハッ! そうかい? それで少年、悪いけど手加減できそうにねえ。子供を殺すのは気が引けるが、悪く思うなよ!」
ベインはこの時、アルゴを殺す気でいた。
殺す気でやらなければ、殺されるのはこちらだ。
この少年と、あの少女は普通ではない。
きっと、何かを隠している。この村で起きた異変と無関係ではないのかもしれない。
少年を殺し、おそらく戦闘力の低い少女から情報を聞き出す。
ベインはそう思考を巡らし、ぬかるむ地面を駆けた。
アルゴも動き出した。
雨音と鋼の打ち合う音が混じり合う。
アルゴとベインの激しい剣戟。
アルゴの剣技は我流。しかも、修練の経験はない。
しかし、アルゴの剣は、途轍もない冴えと鋭さを放っていた。
「―――ちいッ!」
ベインは顔をしかめた。
アルゴの剣は、正確に急所を突いてくる。
そして、恐ろしく速い。
半端に剣を学んだ者がアルゴの剣技を見れば、もしかすれば、こう表現するかもしれない。
ただ速いだけでそれほど脅威ではない。
しかし、ベインは理解している。
アルゴの剣は、一切のあそびがない。最短の動作で命を獲ろうとするような動き。
なるほどこれは、剣に生きる者の戦い方ではない。
言うなればこれは、殺しに生きる者の技。
ゆえに、弱点は分かりやすい。
弱点は、防御の甘さ。相手の生命を奪うことに重きを置いたアルゴの剣は、己の生命を守ることを捨て去っている。
少年の隙を突いて、甘い防御に一撃を入れてやればいい。
ベインはそう考えていた。
アルゴの剣が激しさを増した。
剣が水平に振るわれ、ベインはそれを後ろに引いて躱した。
アルゴの剣が、ベインの心臓目掛けて真っ直ぐに放たれた。
ベインは足を捌いて躱し、お返しに突きを入れる。
アルゴはそれを紙一重で躱した。ベインの剣がアルゴの髪の毛を掠めた。
アルゴは怯まない。下から剣を突き上げる。ベインはそれを剣で防いだ。
その後、ベインはアルゴの剣の表面で己の剣を滑らせた。
剣を滑らせ、アルゴの手首を斬りつけようとする。
アルゴは一歩引いて躱し、その直後、踏み込んで剣を振るった。
水平に振るわれたアルゴの剣。ベインはそれを受けなかった。
直前で後ろに引いて躱し、その後、素早く剣を振るった。
がら空きとなったアルゴに迫るベインの剣。
ベインの剣がアルゴの胸を裂こうとする瞬間、アルゴは無理やり体を捻った。
鋼が打ち合う音が響いた。どうにか防御に成功したアルゴ。
しかし、その防御の代償は大きかった。
無理やり体を捻った結果、ベインの剣の衝撃を受けきれなかった。
アルゴの体が仰け反ってしまう。
「そこだ」
アルゴに生まれ隙。ベインはその隙をついた。アルゴの脇腹に剣を突きつけた。
完璧なタイミングで突き出されたベインの突き。
これを躱すことは不可能。
しかし、必中と思われたその突きを、アルゴは身を捻って躱した。
「なに!?」
ベインは驚愕した。
躱せるはずがなかった。完璧なタイミングだったのだ。
その直後、振るわれるアルゴの剣。
ベインは、体を半身にしてそれを躱し、反射的に距離を取った。
何か、嫌な感覚がした。
「少年、まさかお前……わざとか?」
「おかしいな。今のでも避けられるのか」
ベインは確信した。
先程、アルゴに生じた隙。それを好機と捉え、突きを繰り出したが、あっさりとアルゴに躱された。
それも当然。なぜなら、それはアルゴが仕組んだことだったから。
アルゴはわざと隙を見せ、ベインに攻撃を誘導させた。
攻撃が空振り、隙が出来たべインを討ち取るために。
とんでもねえな……。
目を見張るベインとは対照的に、アルゴは冷静に呟いた。
「本当に強いですね。でも……だいたい分かりました」
雨に打たれながら、アルゴはポツリと言う。
「もうちょっとで、殺せるな」




