104.次なる場所へ
バファレタリア近郊、草原地帯にて。
リューディアは、両膝を地面に付けてメガラを抱きしめた。
「メガラ嬢。道中気を付けて。それと……ごめんなさい」
メガラは、リューディアの背中を優しく叩いて返事をする。
「気にするな、リューディア。お前はお前の務めを果たせ」
ヴィラレス砦の大将軍が死亡したことで、ヴィラレス砦とその周辺国は変化を見せている。
特に、アルテメデス帝国軍の動きは顕著だった。
アルテメデス本国からヴィラレス砦への兵の増員。
ヴィラレス砦周辺国の警備の強化。
アルテメデス本国は、大将軍を失ったことを重く見ているようだった。
ヴィラレス砦には、混乱と動揺が広がっていた。
青竜の襲撃。罪人の逃走。怪鳥の出現。大将軍の死。
それらが一気に押し寄せ、兵士たちの心を大きく乱した。
ヴィラレス砦は混乱の最中。
兵の増員がされたとて、体勢を立て直すには今しばらく時間を要するだろう。
アルゴとメガラは、混乱が収まらぬうちに、この地を発つことに決めた。
「時期に、アルテメデス帝国は我らに手配をかけるだろう。くれぐれも、気を付けるのだぞ」
「ええ。私たち黎明の剣は、拠点を移動することにするわ。しばらくは、地下に潜って息をひそめることになると思う」
「……そうか。それが賢明であろう。お前には世話になった。感謝する」
「私の方こそ」
リューディアは優しく微笑み、それから視線をアルゴに向けた。
「アルゴ少年」
そう言って、リューディアはアルゴを抱きしめた。
心臓が跳ね、アルゴは身を固くした。
だが、リューディアの優しさに包まれて、すぐに心が落ち着いた。
アルゴは、リューディアの体を優しく受け止めた。
「アルゴ少年。君には本当に感謝してもしきれないわ。本当に……ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとうございました」
「できれば一緒に行きたかったけど……ごめんなさい」
「いえ。状況が大きく変わってしまいました。黎明の剣には、リューディアさんの力が必要です。だから……頑張ってください」
「ありがとう」
リューディアがアルゴから離れるのを見計らって、チェルシーが口を開いた。
「アンタたち、達者でやりな」
メガラは返事をする。
「お前もな」
アルゴは言う。
「チェルシーさん、お元気で」
「アルゴ、アンタにはでかい借りがある。何か困ったことがあれば、また戻ってきな。アタシが力の限り手を貸してやる。まあもっとも、そうならないのが一番だけどね」
「はい。ありがとうございます」
アルゴに続いてメガラは言う。
「子供たちと共に壮健でな」
チェルシーは、バファレタリア無産者区画の子供たちをリコル村に移住させていた。
リコル村の復興が始まっている。
チェルシーは黎明の剣の団員となり、リコル村の復興に力を注いでいた。
その復興の財源は主に、バファレタリア闘技大会で獲得した賞金である。
「メガラ、アルゴ……アンタらには……その……なんだ」
チェルシーは、顔を背けて小さく声を発した。
「……感謝してるよ」
それを聞いて、アルゴとメガラは顔を見合わせてわずかに笑う。
「フッ」
と笑い、メガラは右手を前に差し出した。
チェルシーは少し悩むそぶりを見せるが、しばらくしてメガラの右手を握った。
その後、アルゴからも右手を差し出され、チェルシーは躊躇いつつもアルゴの右手を握る。
チェルシーは頭をかいて言う。
「ったく。こういうのはガラじゃないんだけどね。アンタたちといると調子が狂う」
「もう、素直じゃないんだから。チェルシー嬢は」
リューディアがにこやかな笑みを浮かべて言った。
「だな」
メガラが同意した。
チェルシーはすかさず返した。
「メガラ、アンタにだけは言われたくないよ」
「ウフフッ」
「ハハッ」
リューディアとアルゴが笑った。
その笑いにつられ、メガラとチェルシーも笑う。
和やかな空気が流れ始める。
風が吹いていた。
天からは暖かな日差しが降り注ぎ、水気を含んだ草原を輝かしている。
別れの日は、そんな穏やかな日であった。
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王都バファレタリアの港から、一隻の船が出航した。
天候は曇りだが、波は穏やかだった。
アルゴとメガラは、船の上から海を眺めていた。
バファレタリアは、以前よりもアルテメデス帝国の兵士の数が増え、監視が強化されていた。
加えて、兵士たちによって、船に乗り込む者への検閲が新たに導入されていた。
目的は、罪人を逃さないため。
ヴィラレス砦に乗り込んだ罪人であるアルゴは、検閲に引っかかるはずであった。
だが、検閲を通過した。
兵士の買収という形で。
兵士にも色々な人間がいる。
忠誠心の高い者。義に厚い者。
志の低い者。欲望に弱い者。
アルゴとメガラは情報屋からそれらの兵士の情報を買い取り、とりわけ意志が弱く、ルグにがめつい兵士に近付いた。
積んだのは銀貨三枚。額にして三百ルグになる。
三百ルグといえば、贅沢しなければ三か月は暮らしていける額だ。
罪人を素通りさせるだけで、三百ルグが手に入る。
事の重大さを理解しきれていない若い兵士にとっては、考えるまでもないことだった。
兵士の買収は成功。ゆえにアルゴとメガラは、こうして乗船できているというわけである。
海を眺めながらメガラは言う。
「アルゴ、船酔いは大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「そうか……」
と呟いて、メガラは海を見つめ続ける。
青い海の先には、ルタレントゥム領の都市、プラタイト。
花の都と呼ばれる美しい都市だ。
メガラの横顔を見つめながら、アルゴは言う。
「メガラの方こそ、休まなくて大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ」
「そっか……」
二人の間で沈黙が流れる。
メガラの顔には、疲労の色が滲んでいた。
アルゴには分かっていた。
肉体的な疲労ではない。
それはきっと、精神的な疲労だ。
メガラは、スキュロスの死を今でも引きずっているのだ。
「ねえ、メガラ……」
「どうした?」
「こんな時、何といえばいいか……分からないんだ」
「……」
「だから、うまく言えないけど……俺は……俺がメガラの傍にいるから。だから、大丈夫だよ……その……いろいろと……」
「……フッ」
メガラは笑みをこぼし、海を見つめながら言う。
「本当に、うまく言えてないな」
「……うッ」
「だが、それでよい。お前は、それでよいのかもしれん。なあ……アルゴ」
「……ん?」
「約束してくれ。お前は死ぬな。余の前から、決していなくなるな」
「……うん。約束する」
その返事を聞いて、メガラはアルゴに顔を向けた。
メガラは顔に笑顔を浮かべた。
「よく言った。その言葉を、ゆめ忘れるな」
「うん」
そうして二人は、海を行く。
到着予定地は、アルテメデス帝国直轄ルタレントゥム領、プラタイト。
その場所へと、二人は進みだした。
これで三章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。
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