102.最期の時
夜の闇を引き裂くように、青き竜は飛んでいた。
翼で風を切り、滑空を続ける。
やがて青竜は、高度を下げ始めた。
翼を動かして、速度を落としながら降下する。
青竜の脚が地面に触れた。
そのまま脚で大地を踏みしめるかと思われた。
だが、青竜はバランスを崩してしまう。
腹で地面を削りながら、青竜は前進。
そして、ようやく青竜の体が止まった。
青竜の体が縮み、人型に戻り始める。
「……くッ」
人型に戻ったスキュロスは、苦し気な呻きを上げて倒れ込んでしまった。
「スキュロスさん!」
アルゴはスキュロスの元へと駆け寄った。
倒れ込むスキュロスの状態を確認する。
明かりが無いため、はっきりとは確認できない。
だがそれでも、スキュロスが大きな傷を負っていることは分かる。
アルゴは焦った。
すぐさまスキュロスの治療をしなければならないが、その方法がない。
治癒魔術は使えないし、傷を癒す薬も無い。
「だ、大丈夫です! 俺が何とかします!」
根拠もないのに、アルゴはそう叫んだ。
スキュロスは呼吸を乱しながらも、何とか声を発した。
「こ、小僧……近くに……よれ」
「ス、スキュロスさん! い、今は喋らない方が!」
「じ、時間がない。は、はやく寄るのだ……」
アルゴは悩みながらも、結局はスキュロスの言う通りにした。
倒れ込むスキュロスの顔の近くに、アルゴは腰を下ろした。
スキュロスは弱々しい声でアルゴに言う。
「小僧、一度しか……言わん。よく……きけ」
「……はい」
「すまなかった」
「そ、そんな。謝る必要なんて―――」
「時間がない……と言った。口を……挟むな」
「……」
「あのお方は……我が君は……破滅の道へと……突き進もうとしている。儂は……それを止めたかった。たとえ恨まれようとも……我が君のことを……」
スキュロスは苦し気な顔をして息を整える。
少し時間を置いて、また喋り始めた。
「だが、止められなかった。儂には……できなかった。あのお方はもう、止まらない。小僧……虫の良すぎる話だが……頼む。お前が……あのお方を導け。破滅の道を……回避しろ。お前なら……できるはずだ」
「お、俺は……」
「よい。何も……言うな。儂は……儂の望みを伝えただけ。どうするかは……お前が決めろ」
スキュロスの声が小さくなっていく。スキュロスは限界を迎えようとしていた。
「なぜ……泣く? 儂は……お前を陥れようと……したのだぞ? それなのに……何故?」
「……分かりません」
「フッ。お前は……不思議な子供だ。まあいい……。最期に看取られるのが……人族の少年だとは……な」
スキュロスは目を閉じた。
そして、ほとんど囁くように声を発した。
「それも……よいか……」
スキュロスの体から一切の力が抜ける。
スキュロスのその顔は、思いのほか穏やかであった。
それっきり、スキュロスが声を発することはなかった。




