101.墜落
怪鳥は、赤い四つの目で青竜の姿を捉えた。
青竜は、矢のような速度で怪鳥へと迫っている。
最強の生物と呼び声の高い竜種は、確かに強敵たり得る。
だが関係ない。
背中の少年諸共、消し飛ばすだけだ。
風の大魔術が放たれた。
暴風が、大気を弾き飛ばしながら突き進む。
アルゴは魔剣を構えて、青竜の背から跳んだ。
空中に身を投げ出したアルゴは、魔剣を振り抜いた。
一瞬、無音の時間が訪れる。
暴風が分散し、やがて威力を落としながら終息していく。
魔剣は暴風を切り裂いた。
アルゴは無傷。
地上へと落下していくアルゴ。
青竜はアルゴ目掛けて滑空。
そして再び、アルゴは青竜の背中に降り立った。
青竜は加速する。
怪鳥まであと少し。
怪鳥は鳴いた。
その鳴き声で空気が大きく震える。
怪鳥の羽が激しく振動。
無数の羽が射出。
アルゴと青竜に向かって、羽が飛ぶ。
青竜は急旋回。
空中で身を捻り、怪鳥の羽を躱す。
しかし、大量に放たれた羽を全て躱すことはできなかった。
青竜の鱗に、羽が突き刺さる。
それでも、青竜は戦意を落とさない。
青竜は空中で旋回し、急上昇。
その後、両翼を盾に見立てて、前に突き出した。
「小僧! いいな!」
「はい!」
青竜は降下を開始。
翼を前方に固定した状態で、重力に身を任せて急降下。
怪鳥の羽が、青竜へと襲い掛かる。
青竜は、それを全て両翼で防ぐ。
「キイイイイイイイイイイイイッ!」
怪鳥は、怒りをぶつけるように鳴き声を上げた。
このままでは青竜に身を寄せられてしまう。
アルゴの脅威は十分理解している。
怪鳥は青竜から離れることを選んだ。
翼を動かして距離を取ろうとした瞬間、怪鳥の赤い瞳は青白い明滅を捉えた。
稲光。轟音。
青竜が放った雷撃魔術だ。
雷撃は怪鳥に命中。
だが、怪鳥は殆ど無傷だった。
「キイイイイイイイイイイイイッ!」
怪鳥は空を飛びながら、再び鳴いた。
その程度の魔術では、この身を傷つけることはできない。
怪鳥は嘲るように鳴いた。
そして、青竜と十分距離を取ったことを確認し、怪鳥は旋回を開始した。
全身穴だらけにしてやる。
敵意をぶつけるように、怪鳥は青竜を睨みつけた。
だが、その時、怪鳥は異変を感じた。
バランスがおかしい。
体が左側に流れる。高度を維持できない。
それもそのはず。
怪鳥は、左翼を失っていたのだから。
怪鳥は左翼を失ったことに気付き、激しく動揺した。
何故だ!? 何が起きた!?
いや、理由は分かっている。
アルゴだ。アルゴに左翼を斬り落とされたのだ。
あの雷撃が放たれた瞬間、隙を突いてアルゴに斬られたのだろう。
怪鳥は、高度を維持できずに地上へと落下を始めていた。
まずい。このままでは。
怪鳥は四つの目で周囲を確認。
青竜は追撃してこない。おそらく、青竜はもう戦える状態ではない。
ならば警戒すべきはアルゴ。
アルゴはどこだ? アルゴの姿がない。
いや、冷静に考えろ。彼は飛ぶことはできない。
いまごろ地上に落ちているはず。
それならば、今やるべきことは―――。
怪鳥は左翼に全神経を集中させた。
次の瞬間、失った左翼の再生が始まる。
数舜後、左翼は完全に再生され、怪鳥は両翼を動かした。
体勢を立て直し、再び空へ上昇しようと激しく翼を稼働させる。
だがこの時、怪鳥は気付かなかった。
思ったよりも高度が落ちており、城壁よりも少し高い位置で浮いていることを。
そして、城壁の上から飛び立つ一人の人間がいたことに。
闇の中で鋼が輝いた。
鋼は美しい軌跡を描き、闇を裂いた。
怪鳥は自覚した。
己が持つ二つの頭。
それが切断されていることに。
ああ……アルゴくん。どうやら、君の勝ちのようだね。
まいったね。この私が人間に殺されるなんて。
ハハッ。なるほどね。人間ってのは、面白いもんだね。
ああ……マグヌス陛下。
申し訳……ありません。
怪鳥の二つの頭部と体は、そのまま地面に落ちていった。




