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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

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99.城壁の上で

 クリストハルトを中心に、風が渦を巻いていた。


 クリストハルトは、剣を構えてアルゴへと接近。


 アルゴは迎え撃たなかった。冷静に相手の動きを目で捉えて後退。


 クリストハルトの剣は空を切る。


 アルゴは反撃しない。

 その後も一定の間合いを保ちつつ、クリストハルトの剣を避け続ける。


「おいおい、避けるだけかい?」


 挑発するようにクリストハルトは言うが、アルゴは取り合わない。


 城壁の上で風が吹き荒れる。


 アルゴは見定めていた。

 クリストハルトの動きと、クリストハルトの周囲で吹き荒れる風を。

 あの風がある限り、クリストハルトにこちらの攻撃は届かない。

 あの風を無視して下手に近付けば、手痛い反撃を受けるだろう。


 攻守一体の風の鎧。

 それがクリストハルトの最大の武器だ。


 だが、このまま避け続けても勝ち目はない。

 それはアルゴもクリストハルトも理解していた。


「攻め手がないってところか。もう分かったんじゃないかな? 君は強いよ。でも、私には勝てない」


「そうでもないですよ」


「へえ、随分と強がるね」


「強がりじゃないですよ」


「そうかい。それなら―――攻めないとね」


 クリストハルトは左手を前に突き出した。

 その左手から、嵐が放たれた。


 嵐は、城壁を抉りながらアルゴへと接近。


 アルゴは上空へと跳んだ。

 魔力で強化されたアルゴの脚力は、常識を凌駕する。


 アルゴは五メートル以上高く跳び上がり嵐を躱した。


「あーあ、やっちゃたね」


 クリストハルトはニヤリと笑う。


 上空で滞空するアルゴは格好の的。

 アルゴが取った行動は、クリストハルトに言わせれば悪手だった。


 クリストハルトは右手を翳し、再び嵐を放った。

 嵐は上空のアルゴへと迫る。


 上空では身動きが取れない。

 アルゴは嵐に飲み込まれる。


 と、クリストハルトは思っていた。


 だがアルゴは、嵐を突破した。


「―――なに!?」


 クリストハルトが動揺を見せた隙に、アルゴは城壁の上に着地。

 その後、瞬時に魔剣を振った。


「―――くっ!」


 クリストハルトの風の鎧が突破された。

 左肩から右の脇腹にかけて、クリストハルトの体が裂けた。

 だが致命傷ではない。傷は浅い。


 それでも、クリストハルトの動揺は大きかった。

 身を固くするクリストハルトへと、アルゴは追撃。


「くそッ!」


 クリストハルトは、後ろに跳んでアルゴと距離を取った。


 両者剣を構えて睨み合う。


 クリストハルトの顔に余裕は一切なかった。

 アルゴを見据え、クリストハルトは言う。


「アルゴくん……君は……まさか」


 驚愕の表情を浮かべて続きを言う。


「私の風を”斬った”……のか?」


 アルゴは何も答えなかった。

 肯定も否定もないが、クリストハルトは確信していた。


 私の風が斬られた。信じられないが間違いない。

 あの剣か? あの剣から特別な何かを感じる。

 あの剣に何か、私の風を突破する何かがあるというのか?

 ―――いや、違う。剣じゃない。彼だ。目の前のこの少年だ。

 この少年の技量だ。この少年の技が、私の風を斬ったんだ。


 この少年。ほんとうに―――人間か?


「どうしたんです? かかってこないんですか?」


「君は……何だ? 君は一体……何者なんだ?」


「どういう意味ですか?」


「……」


 何も答えないクリストハルトのことを疑問に思い、アルゴは首を傾げる。

 だが、次の瞬間にはどうでもよくなる。


「まあいいか。あなたが来ないんなら、こっちからいきますね」


 そう言ってアルゴは動き出した。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 ポタポタと血が滴っていた。

 血は体を伝い、床へと落ちる。


「……ハァ……ハァ……まいったね、これは……」


 クリストハルトはそう呟いて、額から流れる血を手の甲で拭った。


 クリストハルトは満身創痍だった。

 体中から血を流し、まともに立っていることもままならない状態だった。


「……くそッ」


 クリストハルトの体が揺れた。

 足がふらつき、床に両膝をついてしまった。


 アルゴは魔剣を構えながら、クリストハルトを観察。

 魔剣を空で振り、ポツリと言う。


「次で決めます」


 そう宣言して、アルゴは飛び出した。

 魔剣を下段で構えてクリストハルトへ迫る。


 クリストハルトは、アルゴの接近を目視する。

 このままでは負ける。己に鞭を打って気力を振り絞った。


「ああああああああああッ!」


 瞬間、クリストハルトの周囲で渦巻く風の威力が上昇した。

 クリストハルトを中心に、突風が吹き荒れる。


 アルゴは接近をキャンセルして後ろに跳んだ。

 自身の勘が告げていた。警戒を強めろと。


 風が荒れ狂う。

 その中心でクリストハルトは蹲る。


「ああ……このままでは勝てない。だめだ……このままでは……」


 苦し気な顔でそう言ったあと、クリストハルトの表情に変化が起こった。

 悲痛な表情から一転、口端を吊り上げて愉快そうに言葉を発した。


「ハハッ……まずいねえ……まずいねえ。でも……いいよ、おもしろいじゃないか」


 クリストハルトの様子がおかしい。

 クリストハルトの異変を感じ取り、アルゴは警戒を続ける。

 隙だらけのクリストハルトに近付くことはしなかった。


 クリストハルトは続けて独り言を発した。


「だけど、このままじゃ負けるじゃないか。このままじゃ世界が……」


 顔を歪めるクリストハルトの瞳から涙が流れていた。

 しかし、奇妙なことに、涙が流れているのはクリストハルトの右目からのみ。

 クリストハルトの左目からは涙は流れていない。

 それどころか左目には、愉悦ともいえる感情が浮かんでいた。


「ああ……私はどうすれば。いや、俺はやるべきことをやるだけだ。だが、このままでは……私は勝てない。なら、俺がやるべきことは一つだ。それは……」


 アルゴを置いてクリストハルトはブツブツと独り言を続ける。

 悲観的な発言と楽観的な発言が交互に口から飛び出している。

 まるで、精神が分離しているかのようだった。


 アルゴはクリストハルトの姿を見つめながら思った。


 壊れたのか?


 追い詰められて精神に異常をきたした。

 そうとしか思えなかった。常軌を逸したクリストハルトの姿。

 どう見ても正常ではない。


 アルゴはそう結論を出した。

 だがそれは、根本から間違えていた。


 クリストハルトは確かに正常ではないように見えた。

 だがそれは、人間の尺度での話だ。


 例えば人間ではないのだとすれば、それは、人間の感覚で捉えること自体が間違っている。


 クリストハルトは、笑いながら涙を流した。


「ああ……ああ……俺は、私は……やらなければなりません」


 そしてクリストハルトは、囁くように言った。


「申し訳ありません―――マグヌス陛下」


 その瞬間、クリストハルトの身に変化が起こった。


 クリストハルトの体が膨れ上がる。

 筋肉が盛り上がり、衣服を突き破る。

 そして、体の表面から獣の毛が生え始める。

 それは、鮮やかな若葉色の毛だった。


 クリストハルトの体は尚も膨れ続ける。

 もうすでに、完全に人の姿ではなかった。


 巨大な翼。巨大な鉤爪。巨大な嘴。

 その姿は、鳥の化け物。


 その鳥の化け物には、頭部が二つ。

 体の大きさは、青竜の二倍ほど。


 若葉色の羽をした巨大な鳥の魔物。

 双頭の怪鳥。それが、クリストハルトの真の姿だった。


 城壁の上に現れた巨大な怪鳥。

 その姿を見ても、アルゴは怯まなかった。

 涼しい顔で怪鳥の姿を見上げる。


「なるほど。あなたから感じていた違和感の正体はこれだったんですね」


 怪鳥は巨大な翼を広げた。

 翼を少し動かしただけ。だというのに、風が強く吹き荒れた。


 それでもアルゴは動じない。飽くまで冷静に怪鳥を見据える。

 思ったことが口から漏れた。


「すごく大きいな。ああ、でもいいか。人間じゃないのなら―――遠慮せず殺せるな」

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