98.雌雄
アルゴ、リューディア、チェルシーの三人は、司令部三層を駆けていた。
積もる話は沢山あるが、今はお喋りしている時間はない。
三人は一層へと目指していた。
一層で兵士たちを食い止めているザムエル、ランドルフと合流しなければならない。
二層へと通じる階段へ近づいた時、階段の下から足音が聞こえた。
三人は咄嗟に身構える。
しかし次の瞬間、構えを解いた。
「アルゴ殿!」
叫びを上げたのはザムエルだ。
ザムエルはランドルフと共に、階段を駆け上がる。
アルゴは声を上げた。
「無事だったんですね!」
「ええ。ですが、危機的な状況にあることに変わりありません。私の魔術で通路を塞ぎましたが、もう間もなく破られるでしょう」
ザムエルがそう言ったのち、ランドルフが声を上げた。
「おお! チェルシーの姉御! エルフの君よ! 無事だったか!」
チェルシーは、やれやれと溜息を吐いて言う。
「相変わらず暑苦しいね、アンタは」
「ハハハッ! そう照れなくてもいいぞ! 俺に会えて嬉しいのだろう!?」
「ハッ、勝手に言ってな」
あしらうように言うチェルシーを横目に、リューディアが声を上げる。
「再開を喜びたいところだけど、今は急ぎましょう!」
その発言に、ここにいる者たちは頷いた。
「上に向かいましょう!」
アルゴはそう叫んで走りだした。
他の者もその後に続く。
司令部内の兵士たちは粗方片付けた。
アルゴたちを邪魔する者はいなかった。
四層に辿り着き、ザムエルは魔術を発動。
岩の壁が床から現れ、そのまま上に向かって伸びる。
岩の壁は天井を貫いた。ぽっかりとあいた穴の先には、夜の闇。
ザムエルが杖を振ると、上空へと伸びる岩の壁が砕け散った。
「皆さん! 集まってください!」
皆、ザムエルの指示に従う。
ザムエルは皆が集まったことを確認して、また魔術を発動した。
地面が盛り上がる。そのまま、地面がせり上がる。
五人は、せり上がる地面に運ばれて外に出た。
その後、五人は跳んだ。
司令部屋根の上に降り立つ。
ザムエルは屋根の上で上空を見上げる。
そして、杖の先を空に向けた。
「ブラストショット!」
ザムエルは魔術を発動した。
小さな炎の球が上空へと打ちあがった。
炎球は、最高点に達した瞬間、爆ぜた。
爆音と爆風。そして、闇を払う火花。
地上にいる兵士たちが騒ぎ出した。
「あそこだ! 狙い打て!」
地上の魔術師たちは、一斉に魔術を放った。
炎弾。風刃。雷槍。岩石。
それらが、屋根の上にいるアルゴたちへと迫る。
だが、アルゴたちはそれらの魔術を躱さなかった。
躱す必要がなかった。
上空より、青い竜が襲来。
青竜は、両翼を広げてアルゴたちを守った。
魔術師たちが放った魔術では、青竜の翼を傷つけることはできない。
その直後、空気が震え、稲光が発生。
闇を払う閃光。轟く雷鳴。
青竜の雷が、地上にいる兵士たちへと襲い掛かる。
雷は地面を抉り、兵士たちを吹き飛ばした。
「乗れ!」
アルゴたちの頭に青竜の声が響いた。
青竜の意思を受け、アルゴたちは青竜の背に飛び乗った。
全員が背に乗ったことを確認し、青竜は上昇。
アルゴは胸を撫でおろした。
作戦は成功。全員助け出せた。
あとは青竜に任せるだけ。
青竜はみるみるうちに上昇。
司令部が小さくなっていく。
リューディアは微笑みながら言う。
「アルゴ少年。君には感謝してもしきれないわ」
リューディアが明るい笑みをアルゴに向けるが、アルゴは何も反応しなかった。
「アルゴ少年?」
疑問を浮かべるリューディアに、アルゴはようやく言葉を返した。
「リューディアさん。すみません……皆をお願いします」
「え? どういうこと?」
「すみません。時間がありません。俺なら大丈夫です。ですから、どうかお願いします」
「わ、分かったわ。よく分からないけど。君の頼みなら」
「ありがとうございます」
アルゴは、わずかに笑みを見せた。
その後、地上へと視線を移す。
次にアルゴが取った行動は、リューディアを大いに驚かせた。
アルゴは、青竜の背中から飛び降りた。
「え?」
と、リューディアの声が背後から聞こえたが、アルゴは振り向かなかった。
アルゴは地上へと落下。
そして、ヴィラレス砦外周に聳え立つ城壁の上に着地。
高度からの着地であったが、魔力で防御を固めたため、ダメージはほぼない。
城壁の上に立ったアルゴは、目の前の人物を見据えて声をかけた。
「どこかへ出かけていたんじゃないんですか?」
そう声をかけられたのは、この砦の主、大将軍クリストハルト・ベルクマンだった。
激しくうねった若葉色の髪。年の頃は三十代そこそこ。
やせ型で、軍人とは思えないような体つき。
「ああ。何か嫌な予感がして慌てて帰ってきたんだ。まったく、嫌な予感は的中するもんだね」
その後クリストハルトは、一呼吸してアルゴに尋ねる。
「それにしても、よく私に気付いたね?」
「それだけ殺気を放っていたら気付きますよ」
「そうかい。いや失敗したね。あのまま飛んでくれていたら、君たちを纏めて撃ち落せたのに」
クリストハルトの右の掌には、小さな嵐が渦巻いていた。
「そんなことはさせません」
「流石だよ、アルゴくん。なあ、最後にもう一度だけいいかな?」
「……はい」
「私の部下になりたまえ。私なら、君のその力を上手く扱える。その方が世界のためだ。どうだろうか?」
「お断りします」
「即答だね」
「はい」
クリストハルトは息を吐いた。
「じゃあ、仕方がないか」
クリストハルトは剣を抜いた。
銀に輝く鋼の直剣を構える。
アルゴも剣を抜く。
魔剣ヴォルフラムは、闇の中でも輝いている。
両者、もう語るべきことはない。
どちらかが生き、どちらかが死ぬ。
ただ、それを決めるのみ。




