97.切断
司令部は四層からなる堅牢な建物だ。
ランドルフの情報では、リューディアとチェルシーは三層で幽閉されているらしい。
アルゴは二層を駆けながら、三層へと通じる階段を探した。
「逆賊が!」
と怒声を上げながら、兵士たちがアルゴへと押し寄せる。
向かってくる兵士を目で捉え、アルゴは地面を蹴り上げた。
瞬間、アルゴの姿が消える。
次の瞬間、アルゴは兵士たちの背後に現れる。
そして、鞘に収めたまま、魔剣を振った。
魔剣が一人の兵士の後頭部に直撃。
鈍い音を立て、兵士は気絶。
そこからアルゴは、一瞬で五回魔剣を振った。
魔剣は全て兵士たちに命中。
五人の兵士は意識を消失。
アルゴは魔剣を鞘から抜いていない。
その必要がないと感じた。
殺すまでもない。
そう考えつつも、アルゴは渋い顔をする。
いや、これは言い訳か。
この期に及んで俺は躊躇っている。
人を殺すことを。
このままじゃだめだ。
決めたじゃないか。
俺は、メガラと共に破滅の道を征く。
覚悟を決めろ。
自分にそう言い聞かし、アルゴは駆け続ける。
そして見つけた。
三層へと通じる階段を。
アルゴはその階段を駆け上がる。
司令部内の警備は、外に比べれば手薄。
この調子なら、リューディアとチェルシーを見つけ出すことはそう難しくない。
三層に上がり、広い通路を駆ける。
通路の両側にいくつか扉があるが、アルゴはそれらを無視した。
感覚で分かる。扉の先に人の気配はない。
ゆえに、扉を開けて確かめる必要はない。
人の気配がする扉だけを開ければいい。
そう考えながらアルゴは走り続けるが、次の瞬間、足を止めた。
前方に兵士がいた。
その者は、白い毛並みの狼人だ。
アルゴはその狼人を見定めた。
強いな。
佇まいで分かる。間違いなく強者。
アルゴは、この司令部に侵入して初めて魔剣を抜いた。
魔剣ヴォルフラム。美しい輝きを放つ鋼の直剣。
刀身には魔力が込められており、通常の剣と比べ、格段に斬れ味が鋭い。
白い毛並みの狼人―――マティアス・アルヴェーンも剣を抜いた。
抜いたのは、シミターと呼ばれる刀剣。
湾曲した片刃の剣だ。
マティアスは何も言わなかった。
言うべきことは何もない。マティアスは確信していた。
目の前の少年こそが、クリストハルトを狂わせた張本人。
ならば、やるべきことは一つだけ。
殺す。
マティアスは獣人の脚力を活かし、地面を蹴り上げた。
一瞬でアルゴへと接近。
シミターが風を切りながらアルゴの首へと迫る。
マティアスの振るうシミターは、異常なまでの速さだった。
一瞬の内に断頭してみせるマティアスの技は、もはや芸術と言えるかもしれない。
マティアスの異名は『首狩り』。その異名にたがわぬ剣の鋭さだった。
マティアスは確信した。
獲った!
マティアスは、明確にアルゴの首が飛ぶ様を頭に思い描いた。
しかし、シミターは空を切った。
「なに!?」
アルゴの姿が消えた。
マティアスの耳がピクリと動いた。
「―――後ろか!」
そう叫び、振り向きざまにシミターを振り抜く。
しかし、シミターはまた空を切る。
アルゴは、しゃがみ込んでシミターを躱していた。
アルゴはボソリと言う。
「あなたは強い。だから―――すみません」
魔剣が煌めいた。
美しい鋼の線が空気を裂き、そして、シミターを両断。
「なっ!?」
マティアスは目を見開き、声を漏らした。
次の瞬間、マティアスの体から血しぶきが上がる。
マティアスの体は、右の腰から左の肩にかけて大きく裂けた。
マティアスは、白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
「うそ……だ……」
そう呟き、マティアスは血だまりに沈んだ。
「すみません」
アルゴはポツリとそう言うと、身を翻して走り出した。
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司令部三層。とある部屋。
この部屋は、軍の施設内にあるとは思えないような豪華な部屋だった。
部屋には高価な調度品が並び、壁や天井には装飾が散りばめられている。
天井の煌びやかな水晶の灯が、部屋を一段と輝かせていた。
客室、と思われるこの部屋に、リューディアとチェルシーは居た。
リューディアとチェルシーの手足は自由だった。体は自由に動く。
しかし、この部屋から出ることができない。
部屋には特別な術式が施されており、窓や壁を破壊して脱出することは不可能だった。
チェルシーは、室内を落ち着きなく歩きながら言葉を吐いた。
「くっそ、一体何が起こってるっていうんだい」
その言葉にリューディアが反応する。
「落ち着くのよ、チェルシー嬢。これは好機か、それとも危機か。それを落ち着いて見極めましょう」
「落ち着けっていったってねえ、限度があるだろ。さっきの雷に加えて、外の騒ぎ。この砦が攻められてるとでもいうのかい?」
この部屋に窓はあるが、外から板が打ち付けられており、外の様子を覗くことができない。
リューディアはチェルシーに「落ち着け」と言ったが、それは自分自身にも向けられた言葉だった。
リューディアには、一つ心当たりがあった。
それは、黎明の剣のことだ。
黎明の剣の団員たちが、私を助け出すために乗り込んできたのかもしれない。
リューディアは拳を強く握りしめた。
駄目よ。ここに乗り込んできては駄目。
皆、死んでしまうわ。
それと同時に思う。
だけど、団員たちにそれをさせてしまっているのは私だ。
私が囚われているからだ。私のせいだ。
リューディアは、その思いを顔に出さぬよう努めていたが、チェルシーは目ざとく気付いた。
「アンタは、いつもの笑顔でいな。そうじゃなきゃ調子が狂う」
チェルシーがそう指摘しても、リューディアの表情は険しい。
そんなリューディアの肩を、チェルシーは軽く叩いた。
「可能性はもう一つあるじゃないか」
「え?」
「あいつだよ。無敵の少年、アルゴのことさ」
「アルゴ少年? 彼が来てると?」
「さあね。けど、どの道アタシらには何もできない。だったら、都合のいいように考えればいいさ」
「けど……。だとしても、彼がどれだけ強くたって、この砦に乗り込むのは無謀よ。あり得ないわ」
「そこを何とかするのが、あの少年だろ?」
「そう……かもしれないわね」
「そうさ」
「フフッ」
「フッ」
二人は顔を見合わせて少し笑った。
その時だった。
この部屋の扉に切断線が入った。
術式で強化された扉は、並大抵のことでは壊れない。
だが扉は、確実に切断された。
突然の事態に、リューディアとチェルシーは呆気に取られる。
だが一瞬の後、チェルシーは得意気に笑った。
「言っただろう?」
その後、少年の叫ぶ声が聞こえた。
「やっと見つけました!」




