10.接触
フレイムボールは標的に直撃した。
壁が爆ぜ、民家は激しく燃え始めた。
「おお!」
そう声を上げ、小さく拍手するアルゴ。
メガラは、後ろに振り向いて声を張り上げた。
「どうだ! しかと見たか!」
「うん。すごいすごい」
「フフッ。であろう?」
称賛を受けて得意気な様子のメガラ。
メガラは、微笑を浮かべながら言う。
「さあ、次はお前の番だ」
「出来るかな?」
「それはお前次第と言ったろ? とにかくこっちに来い」
「分かった」
アルゴが窓の方へ歩き出したその時、この家の扉が大きく振動した。
その直後、扉は外側から力を受け、家の中へと吹き飛んだ。
扉が室内の壁にぶつかり、大きな衝撃と音が発生。
扉が吹き飛んだあと、聞こえてきたのは男の怒声だった。
「そこを動くな!」
青髪の男―――ベインであった。
ベインは剣を抜き、構え取った。
鋭い視線を室内に向ける。
「―――って、あれ?」
ベインは急激に戦意を低下させた。
それから、一言呟いた。
「……子供?」
ベインの隣で短剣を構えるリューディアも驚いていた。
家の中に居るのは、十にも満たないであろう魔族の少女と、薄茶の髪色をした人族の少年。
どちらも非力な子供に見える。それゆえに、外で転がる同胞の死体と、魔物の死骸とは関係がないように思えた。
リューディアは、家の中に居る二人に尋ねた。
「君たち、こんなところで何をしているの?」
そう問われ、アルゴは視線をメガラに送った。
何と答えればいいのか分からなかったから。
メガラは答えた。
「特になにも。我らは旅の者だ。この村には旅の道すがら偶然寄っただけ。この村で一番大きなこの家で雨宿りをしていただけだ」
嘘ではないが、肝心な部分を言わないメガラ。
アルゴは、このままメガラに任せることにした。
リューディアは、驚いた様子でメガラに言う。
「旅? 君たちのような子供だけで? もっと詳しい話を聞かせてくれるかしら?」
「何故言わねばならん。我らに構うな。余は、お前たちと争う気はない。お前たちが無関係を貫くならば、余もまたそうしよう」
リューディアとベインは顔を見合わせた。
その後、ベインは言う。
「いや、お嬢ちゃん、そうは言うがよ、放っておくわけにはいかねえよ。外で起きている異変には気付いているんだろう? この辺りは危険なんだ。悪いけど、お嬢ちゃんたちを保護させてもらうよ」
「保護だと? その必要はない。己の身は己で守れる。分かったら、とっとと失せよ」
「随分しっかりしたお嬢ちゃんだな。お嬢ちゃんが賢いのは分かるさ。けど見過ごすわけにはいかねえよ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
ベインの返答を聞いて、メガラは嘆息した。
「ならば、邪魔者は排除するしかあるまいよ」
そう言ってメガラは、壁に立てかけてある剣を手に取り、アルゴの方へ放り投げた。
「出番だぞ、我が騎士よ」
アルゴは剣を受け取り、メガラに尋ねる。
「殺せと?」
「そうだ」
約三秒間メガラと視線を交わしたのち、アルゴは言う。
「了解」
その様子を見ていたベインは、なだめるように言う。
「おいおいおい、待ってくれ。そんなモン振り回したら危ねえって。分かったから落ち着いてくれよ、な?」
ベインの言葉を無視して、アルゴは鞘から剣を抜いた。
アルゴは銀色に輝く鋼を見つめながら、不思議に思った。
俺は今、戦おうとしている。それなのに何も思わない。
それを不思議に思った。初めて魔物と対峙した時、戦うのが嫌だと思った。
殺すのも嫌だし、殺されるのも嫌だと思った。
けど、今は違う。何も思わない。
人を殺すことへの忌避感も、殺されるかもしれないという恐怖心も、何も感じない。
何故こうなったのだろう? 俺は、ただの奴隷だったはずだ。
何を切っ掛けにこうなった? これではまるで、殺人人形ではないか。
人ですらない。命令のまま敵を殺し続ける、魂なき人形。
「まあ、いっか……」
アルゴは、さっきまでの思考を一瞬で放棄した。
メガラは言った。全てを殺し、全てを奪えと。
そうだ。今の自分ならばソレが出来る。だったら、それでいい。
俺は、メガラの言う事を聞いていれば、それでいいんだ。




