1.奴隷の少年
大陸中央部に二つの大国が存在する。
一つは東側に位置する人族の国家、アルテメデス帝国。
もう一つは西側に位置する魔族の国家、ルタレントゥム魔族連合。
大陸中央部で覇を競う二国が全面衝突することは、必然であった。
二つの大国は、人族と魔族の命運を懸けて争い合った。
熾烈を極めた戦いは、お互いに大きな犠牲と被害を出しながら、やがて決着がついた。
結果は、人族の勝利で終わった。
魔族の国家ルタレントゥム魔族連合は解体され、人族の国家アルテメデス帝国に飲み込まれる形で戦争は終結。
大戦で、魔族側は盟主を失った。
魔族の盟主の名は、メガラ・エウクレイア。
盟主の肉体は死を迎えた。間違いなく生命活動を停止した。
ゆえに、永久の魔女の再臨を知る者は、誰一人としていない。
この時は、まだ。
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その少年は今年で十五歳となる。
名をアルゴという。姓は存在しない。
少年に自由はない。何故なら、少年は奴隷だからだ。
少年は、領主の土地でひたすらに農作業に従事する存在だった。
このアルテメデス帝国では、奴隷が姓を持つことは許されていない。
少年は奴隷だ。当然財産は無い。自由も無い。おまけに家族も居ない。
アルゴ、というこの少年には何も無かった。
アルゴという名前以外、殆ど何も持っていないといってもいい。
ここはアルテメデス帝国の南端に位置する地方都市、ラコニス。
ラコニスはアルゴの生まれ故郷ではない。
それどころかアルゴは、アルテメデス帝国の生まれでもない。
アルゴの故郷は八年前、アルテメデス帝国に飲み込まれた。
アルテメデス帝国は、圧倒的な軍事力で周辺国への侵攻を進めている。
その侵攻により、少年の故郷は失われた。
そして、少年は奴隷として売り払われた。
家族とは、その時に離れ離れになってしまった。
今はもう、両親の所在も安否も分からない。
おそらく、もう二度と会えないだろう。
アルゴは、ふと空を見上げた。
ジリジリと日差しが照り付けている。
「熱い……」
そう呟くが、今日の作業を続けなければならない。
アルゴは農作業を継続した。
アルゴの顔には、感情というものが浮かんでいなかった。
金色の瞳も同様で、ひどく虚ろに見える。
薄茶色の髪はとても痛んでおり、体は痩せ細っている。
背は高いとはいえないが、特別に低いということもない。
同い年の少年を集めれば、ちょうど真ん中ぐらいの高さだろうか。
顔立ちをよく見ればそれなりに整っているといえるが、生気を失った表情がアルゴの魅力を大幅に下げていた。
アルゴの感情は、もう何年も大きく動いていない。
絶望の季節はとうに過ぎ去り、今はただ無が支配する世界にアルゴはいた。
そうしなければ、生きていけなかった。
下手に希望を持ってしまっては、心が壊れてしまう。
ゆえに余計なことは考えない。ただただ、目の前の仕事をこなす。そういう存在にアルゴはなった。
だが見方を変えれば、アルゴはまだいい方なのかもしれない。
自由はないが、こうやって仕事をこなせば、少なくとも生きてはいける。
簡素だが寝床があり、質素だが食事が与えられる。
奴隷は領主にとっては貴重な労働力だ。
労働力を失うことは領主にとっても痛手となる。
だから、奴隷といえども最低限の生活は保障されている。
少なくとも、死ぬよりはいいのではないか。
アルゴはそう自分に言い聞かせる。
その行為自体が、己を捨てきれていない証拠だとは気付かずに。