線上にこそ価値がある
線上。それはスポーツにおいて重大な意味がある。出たら試合のリスタート入れば点数。勝敗に直結するほど線上には価値がある。
しかし、面積にして約2.7㎡のその領域はほぼ運の要素でしか干渉出来なかった。そんな中ある男は一人、ライン上を狙い続けた。
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「入らない…」
俺はコートの上でそう呟く。何本撃っただろう。数えてないが何度も連続で跳躍した足腰が疲弊し、掌が痛む事から相当な数スパイクを打った事が分かる。今は部活が終わって自主練をしているところだ。明日も学校があるしもう終わりにしようかと思ったが最後に一本撃ってからにする事にした。
ボールが上がるのを見て、跳ぶ。そして視界の先には白いライン。そこに向かって腕を振り下ろす。
ドン!
地面に音が響く。
「入った…」
俺は一人感動に震えていた。自主練を始めて2時間。俺が撃ったスパイクは点数にして11点。最初の方は調子が良かったが、最後の方に入ったのは最後のこれだけ。他の人からすればまぐれの一本。しかし、俺からすれば価値のある一本だ。何故なら俺は常にライン上を狙って撃っているから。
中学の頃はまぁ酷かった。初心者だった俺はコートの中にすら一本も入らなかったのだから。そんな中ででも俺はライン上を狙い続けた。だから、失点は多いし言われても改善しないしでほとんど試合に出れなかった。多分、監督には嫌われてたなあれは。
中学時代に撃ったスパイクの数は多分1000本以上は撃った。しかし、入った数は28本。そう、1000本以上撃って28本しか入らなかったのだ。俺には才能が無いのかなと絶望しかけた。まあしなかったけど。
そしてようやく入るようになって来た。俺の努力は無駄じゃなかったと感じる。嬉しくない訳がない。喜びを噛み締めていると一人の女子が話しかけてきた。
「専!凄いじゃん!入るようになってきたよ!」
彼女は葛木詩織。中学の同級生で同じバレー部だった。葛木は当初、俺に突っかかってきたが今では自主練に付き合ってくれるくらいには仲良くなった。
そして彼女に自主練を終わる事を告げる。俺は片付けを始める。
「おっけー。私も手伝うよ」
葛木には自主練にも付き合ってもらったので片付けまで手伝わせるのは気が引けたので先に帰ってくれていいと言ったが全然話を聞いてくれなかった。彼女はたまに頑固だ。
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片付けを終え帰り道に葛木と話す。
「いよいよ明日だね。新人対抗戦」
新人対抗戦とは部活に入ったばかりの新入生の実力を測るために行う手合わせみたいな物だ。うちの高校は男女共にバレー部は強豪の為、新入部員が男子だけで8人くらい居る。なので4対4の勝負をする事になった。
「緊張してきたー!」
葛木はそう言っているが、彼女は大丈夫だろう。何故なら葛木はバレーボールの推薦を蹴ってこの公立高校に入学してきたのだから。以前聞いた時、身長は185cmと恵まれた肉体を持っているので先輩達からの期待もされている。また、既にクラス内でも元気な様子や人柄から男女問わず人気がある。俺の自主練に付き合ってくれるぐらいなのだから俺も良い奴だと思っている。
対して俺は身長175cmほど。恐らく俺も学校内であれば高い方ではあると思うがバレー部で考えると平均、もしくは平均以下の身長しか無い。そう考えると俺の方が緊張してきた。そんな会話をしているうちに分かれ道に着いた。
「それじゃ、また明日学校で」
「うん、バイバーイ」
そう言って彼女と別れる。彼女の家はここから歩いて10分ほどらしい。俺は自転車に乗り家に向かう。
翌日、授業が終わり放課後、体育館に向かうと既にみんな集合していた。どうやら俺が一番最後だったようだ。全員揃ったところでアップをする。その後、新入部員だけの試合を行う。1セットマッチで5点先取した方の勝ち。サーブ権はローテーションで行う。ポジションにつくために移動していると声が聞こえてきた。
「あいつさー。去年ミスして失点しまくってた奴じゃね?」
「あーー直ぐ監督に下げられちゃった子?あれは笑えたわ!」
ヒソヒソと話し声が聞こえる。これは間違いなく俺の事だな。それに事実だし、陰口言われるのは仕方ないか。
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一本目のサーブ。サーバーは俺。ボールを上げ、手を振り抜く。狙うは白線。しかし、その瞬間、頭の中で先程の言葉が蘇る。失点しまくり。ミスばっか。
そんな思考では到底入るはずもなく俺のサーブはずれてアウトになった。
「くっそ…」
集中しろ。今は他人の言葉なんて考えるな。だが頭の中には、どうせ試合には出れない。お前には無理だ。無駄だよ。という言葉が頭の中に巣食っている。チームメイトの視線が痛い。
そんな中、ふと視線を感じ、隣のコートを見ると葛木の姿があった。葛木は口パクで俺に何かを伝えようとした。「が・ん・ば・れ」と聞こえたような気がした。不思議だ。それだけで俺は彼女に勇気を貰えたように感じた。
相手からのサーブを味方がレシーブする。こっち側。そしてトスが俺の方に上がったのを見て俺は跳んだ。
ブロック一枚。ネットの向こうが見える。この瞬間、俺は理解した。
ああ、俺のバレーボールは…あの一本線の中にある。
ドン!という音と共にボールが地面に着く。ピッという笛の音が鳴り得点の合図を告げる。
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「うお!一発目からラインギリギリかよ!」
「あれは良いスパイクだな。目が良いのか?」
3年生たちが新入部員である1年生の試合を観戦していた。
「いやいや、今のはたまたまですって。次外しますよ」
「俺は偶々じゃないと思うな」
3年生の話に2年生が加わる。
「何でですか?先輩」
「だって、あいつずっとラインを見てるんだよ」
3年生がほら見てみ。と言うと確かにその一年生はラインを凝視していた。
「でも、流石に偶々じゃないっすか?」
2年生がそう言った途端、またもや彼が放ったスパイクは白線上に叩きつけられた。
「え?」
2年生から呆けたような声が漏れる。
「まぐれじゃねえなこれ」
「今年はやばいのが入ってきたか?」
コート上の彼を3人は見つめていた。
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試合は進み、第7セットまで行った。結果は5対2で俺たちの勝利。ミスはあったが以前より断然減っている。良い調子だ。
そして部活が終わった後、帰る準備をしていると葛木が話しかけてきた。
「専!今日はナイスファイトだったよ!」
葛木は満面の笑顔でそう言う。俺も釣られて笑う。
「ありがとう。葛木のおかげだよ」
「そんな事ないよー専が頑張ったからじゃん」
「葛木が応援してくれたからだ」
「うーーーん!そういう事にしといてあげる!」
「葛木はこれからどうすんの?」
「私はもうちょっと練習していくつもり」
「そうなんだ。お互い頑張ろうね」
「うん、またね!」
そう言って葛木は体育館に戻っていった。こうして新人対抗戦は幕を閉じた。