15.待ちわびた知らせは……
ずっとずっと心待ちにしていたその知らせの第一報は思わぬ方からだった。
「メリッサ様の幼馴染のウェスティン伯爵子息、王宮事務官登用の学園長推薦をいただいたそうね」
秋が深まったある日、ランチ後のお茶をご一緒していたエイブラムス様が仰った。私はカップを持つ手を止め、ぱちぱちと瞬きする。
エイデン様が王宮事務官に内定した、ということよね?
「そうなのですか?」
「ええ。今年はノーステリア様とおふたり選ばれたそうよ。さすが優秀ですわね」
エイブラムス様が猫のような目を細めて悠然と微笑んだ。
エイデン様が学園入学前に目指すと宣言した王宮事務官。その為には難関の登用試験に合格する必要があるのだけど、学園長が認めた優秀な生徒が推薦されることもある。
推薦対象者0の年もあるというのに、今年はふたりも選ばれたということね。さすがエイデン様とノーステリア様だわ!
密かに感動しているとエイブラムス様が続けた。
「先ほどおふたりが学園長室に呼ばれたと聞きましたわ」
「まあ……」
公爵令嬢だから情報が早いのね。アンナをはじめとした友人達が嬉しそうに私を見る。
「それは素晴らしいですわ。おめでとうございます。ふふ。これからが楽しみですわね」
少し含みのある言葉に思わず頬が赤くなってしまう。確かに、王宮事務官であれば結婚相手に申し分ないと両親も言ってたわ。と言うことは……、
「早くエイデン様にお会いしないと……」
一躍優良物件に躍り出たエイデン様に群がる女性が出てきてしまうかも!
急にソワソワしだした私に、アンナが珍しくにやにやしながら言ってきた。
「次に会うときはプロポーズされるかもしれないわね」
「…………へ?」
間が抜けた声が出てしまった。
……確かに、私との結婚のために王宮事務官を目指してくれていたのだとしたら、条件が整ったということよね。
エイデン様が絵本に出てくる王子様のように跪いて右手を差し出してくる姿を想像する。理知的な黒い瞳がキラキラと輝いてるわ。
「…………はっ!?」
妄想の中なのに思わず見惚れてしまったわ。崩れそうな表情を抑えるために慌てて口元に力を入れる。現実に戻った私が友人達を見ると、みんな生暖かい目をこちらに向けていた。
「楽しみですわね」
「はい……」
居た堪れなくなってそっと下を向いた。
放課後、誰よりも早く席を立ってエイデン様の元へ向かう。用事がない限りエイデン様は図書館で勉強していく。その前に話をしなければ。3年生のクラスの方が図書館に近いから急がないといけないわ。足早に廊下を進んでいると、前からこちらに向かって歩いてくるエイデン様を見つけた。
窓から射す光のなか廊下を静かに歩いてくる。その姿に見惚れて歩く速度を緩めたけど、すぐにこっちに気づいてくれて遠くからでも目があったとわかった。胸がキュッとなる。
お互いにゆっくりと近づいて、声を交わせる距離になった。黒い瞳が少しだけ細められる。好き。
「エイデン様、王宮事務官登用の学園長推薦をいただけたと伺いましたわ。おめでとうございます」
私が淑女らしく礼をすると、エイデン様は少しだけ目を開いたあと、落ち着いた声で返してくれた。
「ああ、ありがとう。知ってたんだな。お前に知らせるために来たんだが」
……しまったわ!エイデン様から初めて嬉しい知らせを聞いた私が「わぁ〜、凄いです〜!おめでとうございます〜!」「お前のお陰だよ。結婚しよう」って展開の方が良かったかしら。けどもう遅い。
「……エイブラムス様に伺いました」
「そうか。……それから、」
黒い瞳が真っ直ぐに私を見たので、否応なしに期待で胸が高鳴る。平静を装いながら言葉を待ったけど、続きはあっさりとしたものだった。
「暫く忙しくなるから放課後図書館に寄ることが減ると思う。一応知らせておく」
「……はい」
まだ続きがあるものと期待しつつ相づちを打つと、エイデン様はひとつ頷いて颯爽と去っていった。
……………………あら?
それだけかしら?待ちに待った知らせを受けた直後の会話があれだけ?……それにしても素っ気無いわよね。後日改めて、とか?
!!!
……待って待って。そもそも『エイデン様が王宮事務官になる=私との結婚』という前提は本当に正しいのかしら?!
「えぇぇ……」
頭の中でヒビ割れた鐘のような音がする。その後はふらふらと覚束ない足どりで寮に帰るしかなかった。
お読みくださりありがとうございました。