12.恋?執着?!
春になり、兄とヘンリー様が大学を卒業した。
ウェスティン伯爵家の嫡男であるヘンリー様は領地に戻り、本格的に家督を継ぐための勉強を始める。次男のイアン様は騎士になり王都で働いているし、三男であるエイデン様は首席を維持したまま学園の最高学年になり、伯爵家は順風満帆だ。
私の兄であるワイアットは大学卒業後、何と隣国に留学することになった。古代史の研究が隣国の教授の目にとまり、招待されたのだ。凄いわ。隣国は古代史の研究が盛んで文献も多く、兄は垂れた青い目を期待にきらきら輝かせて旅立っていった。
進級前の春休み、エイデン様は一年前と比べて余裕があるようだった。
「新歓パーティーの準備は大丈夫なんですか?」
「入学後生徒会長になる予定の第三王子が、自分達が働けない分だと言って王宮事務官を連れてきてくれた。お陰で仕事が早く片付いてる。俺達も2回目だしな」
「そうなんですか。王宮事務官の方はやっぱり頼りになるんですね。一緒に帰省できてよかったです」
私が微笑むと、エイデン様は眉間にシワを寄せて頷いた。きっと目標である王宮事務官の方を考えてるのね。エイデン様ならあっという間に追いつき追い越してしまうに違いないわ。
学園の生徒会は基本的には成績や人柄の優れた方々が選ばれるけど、王族の場合は入学と同時に会長になる。
第三王子殿下の他に、宰相閣下の嫡男と騎士団長子息の生徒会入りが入学前から決まっているから、それで人手が足りないことを気遣ってくださったのね。
それに第三王子殿下は、私のクラスのエイブラムス公爵令嬢のご婚約者でもある。卒業後は一人娘のエイブラムス様とともに公爵家を守っていくことになるそうだ。
幼い頃からご一緒のおふたりは仲良しみたい。以前、エイブラムス様が「少し甘いこともあるけれど優しい方よ」と口元を綻ばせておっしゃってたし。
2年生になって迎えた新歓パーティーの日。一年前と同じように寮で準備を手伝いあってるけど、今年の私はアンナの髪に特別な髪飾りをつけている。
「いいなぁ。婚約者からのプレゼント」
「ふふ。そんなこと言って。貴女だって『エイデン様』がいるじゃない」
「エイデン様は宝石とかは贈ってくれないのもの」
「え?そうなの?」
アンナが目を丸くする。
エイデン様からの贈り物は画材や文具や本などの実用的な物がほとんどだ。あと、ココのための物。元々それほど宝石が好きなわけじゃないけど、やっぱり羨ましい。
「きっと、婚約するまで控えてるのよ」
「そうだといいけど、そもそも婚約する約束もしてないし」
「え?そうなの?!」
慰めてくれようとしたアンナがまた目を丸くした。
「そうなの。だから王宮事務官に決まったその瞬間にエイデン様の視界に入っていられるように頑張るの」
「……けどあんなに頻繁にお屋敷にも招かれてるし、心配ないでしょう?」
「ううん!エイデン様はあんなに素敵だし優秀なんだから、気を抜いた隙にどなたか現れてしまうかもしれないわ。そんなの嫌だもの」
私は決意を込めて力強く言ったのに、アンナには「そうね」と何だか軽く返された。もう。
パーティー会場に着いたらすぐにエイデン様の姿を探す。前回と同じバルコニーで騎士の方と話しているのを見つけた。黒髪に黒のタキシード姿、少し緊張した凛々しい眼差し。素敵だわ。
声をかける前に私に気づいてくれた。軽く左手を上げたので近づこうとしたら、手の甲をこちらに向けてしっしっと払われた。……仕事中だから近づくなってことね。
「……貴女のことを気安い相手と思っていることは確かね」
しゅんとした私を慰めてくれたアンナに「そうね」と返す。エイデン様はわかりやすい優しさは見せない人だけど、いつだって真面目に向き合ってくれる。……少しだけ合理的で面倒くさがりなだけ。
そのまま近づかずに小さく手を振ると、エイデン様は目を細めて頷いてくれたので、その後はアンナとパーティーを楽しむことにした。
パーティーの始まりに新会長である第三王子殿下が皆の前に立ち挨拶をされた。クルンとした銀髪に紫の瞳の美少年だ。ひとつしか違わない割に幼く見えるけど、キリリとした佇まいはやはり王族の威厳を感じる。その斜め後ろには婚約者であり副会長でもあるエイブラムス様が見守るように立っていた。
挨拶が終わり第三王子が振り返るとエイブラムス様は満足そうに微笑んだ。優雅な仕草で彼女の手をとって指先にキスを落とす。
「きゃあ……」
会場に小さな悲鳴が溢れた。私も口元に力を入れた。さすが王子様だわ。いいなぁ、いいなぁ、いいなぁ。
ちらりと壁際に立っているエイデン様を見たけど、警備担当らしく会場の生徒達に目を配っていて、おふたりにはまったく興味がないようだった。参考にしてほしかったのに……。
「……私、やっぱりエイデン様のところに行ってくるわ」
隣にいるアンナに囁く。せっかくエイデン様に見てもらいたくて着飾ったんだから少しくらい褒めてもらいたいわ。
アンナは「頑張って」と優しく微笑んで送り出してくれた。
今度は気づかれないよう回り込むようにしてゆっくりと近づく。射程距離に入ったところで一気に距離を詰め横から声をかけた。
「エイデン様、お仕事お疲れ様です」
突然現れた私に驚いた顔をしたけど、すぐにいつも通りの落ち着いた声で「ああ」と返してきた。今日はヒールの高い靴を履いてるから視線の高さがあまり変わらない。顔が近くに見えて嬉しい。
「今年の新歓パーティーも素敵ですね」
「そうだな。今回は王宮事務官が補佐してくれたから勉強にもなった」
「それはよかったです」
会場に目を配りながら話すエイデン様の横顔に微笑みかける。人前でエイデン様に話しかけるときはあまり声を大きくしてはいけないのよね。最近は私も学んだのだ。ふふ。
私の視線に気づいてエイデン様が眉間にシワを寄せた。
「……何だ?」
「今日の私、どうですか?」
「……いいんじゃないか?」
「もっと具体的にお願いします」
声を落として微笑むと、眉間のシワが深くなる。何を考えてるのかしら?少しわくわくして待った。
「…………いつもより大人びたドレスでいいと思う」
「そう思いますか!」
私が破顔するとエイデン様は目元を少し緩めた。燥ぎたい気分だけどきちんと声は抑えてるわよ。私、偉いわ。
今日のドレスは1年前のノーステリア様を意識して選んだのだ。モスグリーンのドレス姿がとても優雅で素敵だった。エンパイアラインはまだ着こなせなかったけど、リボンやフリルはやめてレースや刺繍があしらわれたグリーンのドレスにしたのだ。
気づいてくれるなんて、さすがエイデン様だわ!
私がにこにこしていると、エイデン様は口の端を少し上げてからまた会場に目をやった。邪魔をしなければもう少しここに居てもいいわよね。私も会場に目を向ける。
すぐにノーステリア様を見つけた。初めてお見かけした時と同じように会場内をひらりひらりと優雅に歩いている。けど……、
「ドレスがいつもの雰囲気とは違いますね……」
1年前の肌なじみの良いモスグリーンのドレスとは違い、今日のドレスは発色の良い青と白のグラデーションに金糸の刺繍がされている。ノーステリア様だから着こなしてるけど何となく意外なデザインだ。
「ああ、……やっとドレスを贈るところまで漕ぎ着けたんだろ」
主語が抜けた呟きにエイデン様がこたえてくれた。
「それは1年前に話していた方ですか?」
「そうだな。……凄い執着だ」
エイデン様が何かを考えるように呟いた。
『 執・着 !!!』
…………私もかれこれ十年以上エイデン様を追いかけてるわ。これも執着と思われてるのかしら……?
ちらりと横顔を見たけど、少なくとも迷惑そうにはしていないと思う。エイデン様は嫌ならはっきりと言う方だから大丈夫よね……。
うん。きっと大丈夫…………。
それにしても、ノーステリア様を追いかけてる方、もしかしたら気が合ったりするのかしら?……私も負けずに頑張ろう。
お読みくださりありがとうございました。