11.私は見たのだよ
次の日、寮の自室で一緒にお菓子を食べようとアンナを誘った。部屋にやって来たいつも通り涼やかな眼差しのアンナを見て、思わずお祭りで見かけた姿と頭の中で比べてしまう。
「……なぁに?何か言いたそうね」
アンナが怪訝そうな顔をしたのでにやりと笑った。
「ふっふっふ、私は見たのだよ。貴女がお祭り会場で男性とそれはもう楽しそうに歩いているのを!」
ビシリと指をさして言うと、一度ぽかんとしたアンナはみるみる顔を赤く染めた。
「え!……見ていたの!?」
「ふふふ。私はどんな人混みの中でもエイデン様とアンナのことは高確率で見つけることができるのよ!」
私が胸を張って言うと、それまで動揺を見せていたアンナが眉を顰めて残念なものを見る眼差しをした。あら?エイデン様もよくする顔だわ。気を取り直すように咳払いをする。
「声を掛けようとしたんだけど、とても楽しそうにしてたから、エイデン様に邪魔をしてはいけないと言われたのよ」
そう言うと、またアンナの頬がほんのりと色づいた。
「……あの方は父の友人のご子息で、子供の頃に何度かお会いしたことがあったの」
「ほうほう」
「学園に来て偶然再会して……。今、大学で助手をしてらっしゃるって。私、教職を目指してるから何か教えていただけるかなって」
大学助手ということは少なくとも6つは年上なのね。大学助手と教職はちょっと違うと思うけどね〜、ふふ。
「お祭りのお誘いはどちらから?」
「……向こうから。初めてなら案内するよって言ってくださって」
「結婚するにあたって障害は?」
「けっ!…………無いわ。婚約者もいないって」
私の問いにアンナが真っ赤になったけど、少し考えてからこたえた。
「ちなみに何故今まで結婚してなかったんだと思う?」
「……研究者気質の方だからそういったことに縁遠かったんだと思うわ」
「なるほど」
私は手を顎にあてて考える仕草をした。それをアンナがいつになく不安そうに見てくる。少しだけ可愛いって思ってはいけないわよね。ここは私の渾身のアドバイスを!
「そういう恋愛に疎い方なら押して押して押しまくるべきよ!私もエイデン様は気がつけば本を読んだり考え事をしてしまうから、なるべく視界に入るように頑張ってるもの」
「…………そう」
アンナが微妙な顔をした。けど間違ってないと思うわ。
「だって、じっと待ってたら研究に気を取られてしまう方なんでしょう?だったら自分から視界に入っていかないと。少なくともお祭りにお誘いしてくれたんだから、どうでもいいとは思っていないはずだわ!」
私が言い切った後、少し考えていたアンナは視線を下に向けたまま言った。
「そうね……。うん。私も少しだけ見てもらえるように頑張ってみようかな」
「そうよ!一緒に頑張りましょう!」
両手を掴んで力強く言うと、視線を上げたアンナは眉を下げて微笑んだ。
春の気配がしてきた頃、アンナに婚約者ができた。お相手はもちろんあの大学助手の方だ。応援していたから嬉しい。嬉しいけど、複雑。私はまったく進展は無いのに……。
「いいなぁ」
思わず本音を漏らすと、アンナは困ったように微笑んだ。元々美人だけど、最近はますます綺麗になったと思う。いいなぁ。
「私なんて十年以上想ってるのに、何も進展してない……」
「それは、貴女の『エイデン様』が王宮事務官に決まるのを待ってるんでしょう?あと一年じゃない」
「そうだけど……。ねぇ、アンナはどうやって婚約できたの?」
お行儀悪く頬杖をついて言うと、アンナはほんのりと頬を染めた。恋する乙女は可愛らしいわ。
「どうって、貴女が教えてくれたように視界に入れるように努力したのよ。大学の図書館に通ったりしたわ」
王立学園と王立大学は同じ敷地内にあるけど建物は離れているし、学園生が大学の図書館に入るためには許可が必要だ。制服姿も目立つと思う。それを頑張って通ったからこそ好意が伝わったのね。
「それで、偶に一緒に出かけるようになって……、」
そこまで言ったところでアンナが視線を泳がせた。うんうんと頷きながら言葉を待つ。
「彼が、『自分との結婚を真剣に考えて欲しい。君と一緒ならきっと楽しい人生になると思える。両親にも話をしたい』と言ってくれたの」
「きゃあ〜〜〜っ!!!」
思わず私も頬を染めて叫んでしまった。アンナは両手で顔を隠している。いいわ、いいわ、素敵だわ!
それからしばらくの間、堰を切ったように話されるアンナの惚気話をお腹いっぱいになるまで聞くことができた。
ふぅ……。いいなぁ…………。
お読みくださりありがとうございました。