たんぽぽ令嬢
「あら? たんぽぽ令嬢。あなたも殿下の婚約者がどなたになるか、興味があるの?」
「……ふえ?」
「……たまたま頭を上げたのね。紛らわしい事」
「たんぽぽですもの。頭を上げていて普通なのでしょう」
くすくすと、刺繍の実習をしている教室に笑い声が低く響く。
容姿も成績も普通。性格は、たんぽぽのようにほわほわ。今どきの、テンポのよい会話には加われず……。
付けられたあだ名が『たんぽぽ令嬢』なのですわ。季節になれば、どこにでも咲いているありふれた花。まるで、たんぽぽのようだという事らしいですわ。
でも、私はたんぽぽが好きでしてよ。たんぽぽ令嬢と呼ばれるのは、ちっとも嫌ではないの。
「それでね、さっきの話の続きなのだけれど……」
「まあ! そろそろ、第一王子殿下の婚約者選びが?」
「しっ! ええ、そうらしいわ」
ああ。教室の女子生徒たちが話しているのは、そのお話なのね。洗練された、テンポの良い会話を求められる宮廷。今は、そんな話術が好まれるそうですわ。
私はそんな会話を長くすると、目が回りますわ。
一言感想を内で呟くと、女子生徒たちの声も聞こえない程、一心に針を刺していく。これは、一学期掛けた大作の課題。毎日少しずつでも進めなければ、提出に間に合わなくなってしまうでしょう。おしゃべりをしているゆとりは、私には全くありませんわ。
おしゃべりより、一針ですわ。
◇◇ ◆ ◇◇
実習が終わると作品や針、糸を片付け、中庭へ急ぎませんと。
「姉上! ここです!」
「アダン、それにみな様。お待たせしてごめんなさい」
「たいして待っていないよ。それより座って。お昼を頂こう」
「ええ」
アダンが椅子を引き、席へ着かせてくれましたわ。いとこ達はもう席に着いており、私が座るとお昼ご飯が始まりました。
「ああ、そうだ。預かっていた解答用紙。全部合っていたよ」
「まあ、そうですの? 見て頂いて、有難うございます」
「本当なら、貴女の方が私より成績優秀なのに……」
「ふふ。それを言っても、仕方ありませんでしょう? それより、お昼を頂きましょう。
今日のニホンショクも、とても美味しそうね」
試験はいつも時間が足りず、7割。多くて8割しか回答できないのですわ。そのため同い年のいとこが、回答を埋めると答え合わせをしてくれていますの。
間違えていなければ、それで構いませんわ。両親も私の気質を考えて、それで良いと言ってくれております。
心配だった白紙だった部分。それが合っていたと知り、食事が美味しいですわ。
「相変わらず、優雅に美味しそうに食べるね」
もぐもぐもぐ…………。こっくん。口元を拭いて……
「だって、本当に美味しいのですもの」
貴族にも、庶民にも親しまれているニホンショク。ですが、いつか庶民にも手が届くようになったら、庶民にも広げてと言われている王宮料理も多いのですわ。
高価な砂糖、輸入品のニホンシュやミリン、ミソやカタクリコといった物がふんだんに使われたお料理ですの。貴族なら、まだ食べられますわ。でも、流石に普通の庶民にはなかなか……
「午後は、男子部女子部合同のダンスレッスンですね。食べすぎると苦しくなるな」
「そうね……。少しだけ、食べるのを控えませんと……」
「残ったら、頂いたら? 無限収納へ入れれば、傷みませんから」
「そうね。いいかしら?」
「勿論さ」
「ありがとう」
「クリスティンヌおねえさま! 私の作った『ぷりん』は召し上がって下さいましね?」
「まあ? ぷりんを作ってくれたの?
とっても嬉しいわ。それは今の時間に、必ず頂きますわね」
「はい!」
同い年のいとこ、レオンの一歳下の妹、ポレットの手作りのお菓子! それは後には出来ませんわ!
こうして、食事を半分とぷりんを頂き、午後のダンスレッスンの用意に向かいます。
◇◇ ◆ ◇◇
「はい! レオンさま、クリスティンヌさまのカップルは、大変素晴らしかったですわ。
テンポの早い曲は、レオンさまが。スローテンポの曲はクリスティンヌさまがリード気味にお互いをフォローなさって、大変優雅でした」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
レオン共々、紳士、淑女の礼を取り、そして下がります。テンポの早い一曲目と、スローテンポの二曲目は、きょうだいやいとこと。三曲目からは、他の生徒と踊るのですわ。
他の方と踊るとなかなか合わず、リズムを崩してしまうのですが……。そんな事にならない弟やレオンとするダンスは、とても楽しいですわ。
二つ歳下のアダンとは背が釣り合わず、殆どレオンと踊りますもの。お互いの癖も分かっており、とても楽なのですわ。
「同じくらいアダンさま、ポレットさまのカップルのダンスも素晴らしかったですわ!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
まだ背の釣り合うこの二人は、一番ペアを組みますから。この二人も、とても褒められるのよ。それに、確かに息も合っていて、見惚れるようなダンスなのですもの。
◇◇ ◆ ◇◇
「ただいま戻りました」
「僕も、戻りました」
「お帰りなさいませ、クリスティンヌさま。アダンさま。
奥様がお待ちでございます。お部屋へ戻られる前に、奥様のお部屋までご案内いたします」
いつもは侍女たちだけで出迎えてくれるのですが、執事が出迎えてくれたのはお母さまがお呼びだからなのですわね。
私とアダンは執事に着いて、お母さまを訪ねます。
「あら、クリスティンヌ、アダン。お帰りなさい。
今夜はお父様から、重大な発表があるそうです。晩餐に遅れないようにね」
「はい、お母さま」
「はい、分かりました。お母さま」
優しい抱擁の後、お母さま自ら晩餐に遅れないようにとのお達し。これは、本当に遅れては駄目ですわ。
お母さまの部屋を辞すと、私もアダンも晩餐に遅れないように抜かりなく身支度を整えませんと。
◇◇ ◆ ◇◇
「揃っているな。取り敢えず、座りなさい」
お父さまが晩餐室へお入りになるまでに、お母さまは勿論。私もアダンもお風呂を済ませ、身支度を整えて席に着けましたわ。
お父さまをお迎えする為に立ち上がりましたが、座るようにとの事。みなで改めて席に着きます。
「話はあるが、良い話だ。それは後で、お茶の時に話そう。まずは、食事を頂こう」
そして、和やかな晩餐が終わり――――
「本当? お父さま?!」
談話室に移り、紅茶が淹れられ人払いの後でしたわ。
「これ。驚いたのだろうが、カップをそんなに乱暴にソーサーに置くものではない」
「あ……! ご、ごめんなさい……」
だ、だって! 本当に驚いたのですもの!
「ふふ、あなた。今夜は仕方ありませんわ」
「そうですよ、お父さま」
「まあ、な。初恋が実ったのだからな」
「本当に? 私が選ばれましたの?
ああ、夢みたい…………」
気が抜けて、少しくたりとソファに凭れてしまう程の衝撃ですわ。
「ああ。おっとりはしているが、学業は優秀。国は安定しており、取り立てて婚姻による政略の必要な国もない。
よって、クリスティンヌが正式に、第一王子殿下の婚約者に選ばれたよ」
二度、私が選ばれたとお聞きしても、まだ実感が湧かないわ……
ふわふわして、夢のようだわ……
「次の休みにご挨拶に伺うから。その心算で」
「はい、畏まりました」
「おめでとう、クリスティンヌ」
「ありがとうございます、お母さま」
「おめでとうございます、姉上。良かったですね!」
「ありがとう、アダン」
本当に? 本当に私が?
◇◇ ◆ ◇◇
学校のお休みに合わせて設けられた、顔合わせ。恙無く済み、第一王子殿下とお茶会となりましたわ。
「クリスティンヌ、良かった。頑張ってくれたんだね」
「はい。だって、マルセルさまとお約束いたしましたもの……」
ああ、こうしてマルセルさまの正面からお顔を見ているのに……
それでもまだ、夢のようだわ……
「私も『たんぽぽの花冠』を被ったクリスティンヌと約束したからね」
「……っ! 覚えていて下さったんですの?」
「当たり前だろう? クリスティンヌとの約束だよ。忘れる訳がないだろう」
◇◇ ◆ ◇◇
『まゆせゆおにーたまっ! たんぽぽのかんぶいかぶしぇて。
くいすてー、まゆせゆおにーたまのおよめしゃんになりましゅ!』
『可愛いたんぽぽの精のようなクリスティンヌが? そうなれるように、頑張るよ』
『がんばゆ? くいすてーもがんばいましゅ!』
『ああ、二人で頑張ろうね』
どんなに平凡でも、努力してきて良かった……
もっと相応しい方がいらっしゃるのではないかしら?
私が密かな候補で良いのかしら?
諦めた方が良いのではないかしら?
何度もそう思ったけれど……
諦めず、努力し続けてきて良かった。
だって、大好きなマルセルさまの婚約者になれたのだもの……!
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