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絶滅危惧種の淫魔には認識に齟齬がある  作者: 塩谷 文庫歌
第一章【 魔 力 の 充 填 】
9/11

まだ翌日だがマモノは我が家で悠々自適 ①

 昨日から同棲している魔者が格安SIMのスマホを操作して着信が来ました。

 頭 お か し い の か 私 は 。



 勇者グリシナ・ウィステリア君の中の人、つまり後輩佐藤の彼女、佐々木さんが不穏当な発言を連発する私を心配してフィニスに連絡手段を用意した。

 今となってはスマートとは言いがたい私の型落ち端末より遥かにハイスペックでスタイリッシュ、こんなものが大型商業施設で売っているとは……。


 若い子なんでも知ってるなぁ。



「はーい、もしもし」


「なるほどな、便利なものじゃ」

「気が済んだなら作業に戻るぞ」


「なんともつまらん男じゃのぉ」



 なんて言い草だ……。


 スマホゲームではアプリ内課金に気を付けるよう佐藤に忠告されていたけれど、その佐藤が元で魔者が転がり込んで月々スマホ使用料を支払わされる、こんな話は聞いていない。


 しかも、仕事の合間に異世界へ行っている職場の後輩を殺害するから加担しろと言われ、買い物中に偶然ばったり出くわした佐々木さんと楽しそうに世間話して、終わったから電話帳にある2件のうち反対側を試しに押してみただけだ。


 真っ先にかけてくると思ったのに。

 こっちは後回しだし、面白くない。



「イガラシの異常行動を連絡するよう指示されたのでな」

「アイロンがけをスマホで通報?オーバースペックだろ」



 フィニスの着てきた制服と、先輩の制服をアイロンがけ。

 つまりセーラー服上下2着の皺をせっせと伸ばしている。


 これが異常なら魔者を連れ込んでいる現状のほうが余程。



「佐々木殿の話を聞く限り、イガラシは誤解されやすい人物のようじゃな」

「色々と参考にした結論それか」


「型落ちスマホで小説投稿サイトを2度読み返しカイジュー先生最高ですと号泣、その後は無言でセーラー服のアイロンがけを始めておると報告したのじゃ」


「続きを描く参考に貸してくれた先輩の制服なんだ」

「未完成のまま終えたんじゃろ」


「……佐々木さんのお返事は?」


「愛情を持って古いものも大切にする人って素敵、小説は青空文庫?経済的だわ!フィニスっちのかわりにアイロンがけまでしてくれる!家庭的で紳士すぎる~と、こうなのじゃ。良い方向にばかり拡大解釈しておる」


「当たってるだろ?」

「大筋はそうなろう」



 なにが不満だ、あながち間違っていないだろうが。


 あとがき欄を見る限り晦渋(かいじゅー)ヒカル先生は本業の傍ら執筆をされてらっしゃる。

 規模の大きな小説投稿サイトの中にあって埋もれた存在だが、軽妙洒脱な文体で描かれる人情の機微に溢れた魅力的なキャラクター達に、いつも癒されてきた。



「心の支えであったと」



 商業作家ではないからテンポが良さが最大の魅力だ。

 今日の更新分では、ずっと名前しか出ていなかった妖魔が主人公に助けを求め、異世界へ旅立った、が……異世界モノなのにどこへ旅立ったんだ?



「それ本当に異世界モノでいいのかえ?」



 主人公のセリフ「なせばなる、ボン・ボヤージュ!」で終了した。

 前振りや伏線を見落としたようだと、ざっと読み返したが、無い。


 おそらく伏線はない。

 テンポが良い。

 PVにも貢献できた。



「展開が雑すぎじゃろうが」

「晦渋ヒカル先生はテンポ重視なんだ、その服84点を獲得した」



 それにしても佐々木さんは買い物上手なのだ、数万で様々な服が出てきた。

 さらに「美容院でスタッフしてると付き合いでね」と福袋のハズレ品2年分まで帰宅時に貰ってきたが、どうも好みじゃないとか動きにくかったもので、痩せ型のフィニスは「普通に着れた」と報告して、悔しがられていた。


 問題も残った。



「84点が最高か。どの服装も決定打に欠ける」

「先輩のセーラー服から減点方式じゃ。いっそこれで?」


「それは先輩に失礼にあたる。フィニスに悪い気もする」

「確かにのぉ。かわりに抱かれるような、嫌な気分じゃ」



 抱かれるって。

 そんな言い方。


 今になって気付いたけれど。


 どうも私は清楚で純真無垢な女の子が好みだったようだ。

 淫魔要素皆無の貧相魔者だが、深窓の令嬢っぽさはある。


 その方向でどうにかできないだろうか……。



「ベタ褒めしているつもりなのが厄介じゃな。今日こそは魔力を得ようと試行錯誤しておったが、元の制服に戻るのが良さそうじゃ。暫し待たれよ」



 制服を掴んで寝室へ引っ込んだ。

 衣擦れの音にアイロンがけの手が止まった。


 想い出補正(有)の先輩制服は満点として、フィニス配達時の制服姿は200点だが室内着が精一杯だ、今日のようにバッタリ知人に会わないとも限らない。


 それが会社や取引先の人間なら休職中になにをやっているんだと思うだろうし、警察は見たまま児童買春だと行動するだろう、なにせフィニスは150センチもない小柄、私はぴったり190センチと見た目からしてチグハグなのだ。


 この格好で連れ回すのはハイリスクすぎる。



「リスク……なにか、問題があったのかぇ?」



 それにしても困った。

 サキュバスであるフィニスが燃料とできるのは夢、しかも内容は破廉恥なものに限定されていて、チューチュー吸える「ちゅーちゅー?失敬な」……ズルズル啜る「ずるって、おのれ!」……。



「これでも真面目な考え事、合いの手はやめてくれ」

「イガラシはサキュバスをなんと思っとるのじゃ!」


「だから。巨乳ムッチリお色気姉ちゃんだろ」



 涙目。 ……あ、電話し始めた。

 ブッ殺そうとしている相手の彼女に相談するなよ。



「どうして電気を消したんだ、暗くて手元が」

「む~ど? なるものが不足しておるそうだ」


「なにが、む~ど……おいコンセント抜くな」

「所帯臭いアイロンは厳禁じゃと、佐々木殿は仰る」


「佐々木さ~ん、こいつになに吹きこんでるの~?」



 真剣に電話中、返事は無い。

 納得したら眠るのだろうと台所に行き、夜の薬を小皿に押し出して飲み下す。

 早寝早起きには良いのだろうと電気を消して振り返った。



 真剣な眼差しで、僅かな手掛かりでもないかと佐々木さんの言葉に耳を傾けて、何度も頷き聞き返しているフィニスの顔が左半分だけ見える。


 向こうを旅立って60時間ほどか、簡単なRPGならクリアしていてもおかしくない時間だ、元はゲーマーの佐藤が仕事の合間に仲間へ指示して攻略を進めているのだから、焦りもするだろう。


 心細い声で「わかった」「わかった」と何度か繰り返した後で画面をタッチして祈るように目を閉じていたが、すぐに画面が暗転して闇に溶けてしまった。

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