保身のため命懸けで買い出しに出掛けた ②
戻ったフィニスは頭の色に合わせて控えめにゴスロリっぽい要素を混ぜたような恰好で戻ってきた。似合う、可愛い。佐々木さんにお任せして正解だった。
しかし背伸びをして耳元で「すまぬ」と小声で言ったので、どうかしたのと顔を見ると、ブツブツと「背中を見られた」と言いながらモゾモゾと肩甲骨のあたりを動かした。
背中? ……意味がわからない。
少し遅れて徐々に理解していく。
フィニスの背中、肩甲骨のあたりにある小さな翼、着替え中それを佐々木さんに見られてしまったということだろう。
退化していて空は飛べないらしいが、そもそも普通は翼がついてない。いきなり人類ではないとバレた。「どうするんだ」と小声で尋ねると、「いや、だから」と歯切れ悪くモゴモゴ言った。
「イガラシの趣味なのだと説明したのじゃ」
「それはどぉおぅおぃ途端に搦め手か?私の社会的地位を外堀埋めて奪う作戦か?もう会社に居場所が無くなっただろ……これが魔者の戦術か!」
「故に有益な情報も仕入れた、その中身で判断してたもれ」
支払いを済ませた佐々木さんが釣り銭を手に戻ってきた。
次はどう出るのか、まったくの未知数。
フィニスと同時に、ゴクリと嚥下した。
「仲良しだ!」
笑顔で満足げに頷いた。
その真意は図りかねる。
こんな若い娘を捕まえてきてコスプレ紛いの破廉恥行為をしている下衆、という一方的な意味かもしれないし。それを互いに大喜びでやっているから「仲良し」と表現したのかもしれない。
現段階で「サキュバスって種族」と訴えるのは危険。
最悪、通院中の病院で入院手続きになる。
ここは率直に伝えておくのが良いだろう。
「羽のパタパタも含めてフィニスの魅力と思ってます」
「なっ? なんという世迷言を!」
「うわ~! 愛されてるなぁ~!」
「 「 ええ~っ? 」 」
なんだろう、巧くいった。
そんな自分に驚いた……。
「お人形さんみたいに綺麗だもんねぇ、そりゃそう思うよ」
「イガラシだけは理解してくれると信じ遠路遥々やってきたのじゃ。それなのに、あっちもこっちも貧相で容量不足と嘆かれて。妾、もうどうしたら良いやら」
「五十嵐さん、そういうの良くない!」
「あぁ……はい。以後、気を付けます」
佐々木さんは「よろしい!」と元気に歩き出した。
碌に礼も言っていない、そのまま後を付いていく。
「歳の差だ~いくつ?付き合って何年?」
「逢ってから……24時間とチョットか」
「3日前じゃろ?2日かけて来たのでな」
「じゃネットで遠距離恋愛か、にしても 電 撃 的 すぎる?!」
佐々木さんが「照れ隠しも程々にね?」と喫茶店を指差した。
フィニスの顔色を伺うと「あ奴あれで色々と参考になるのじゃ」と同意したので入店する、幾つかの質問に答えていくと、メニューを見ながら呪文のように複雑なオーダーを店員へ伝えた。
お礼には丁度良い、伝票をヒョイと取り上げて先に支払いを済ませ、窓際の席に座った頃合いで佐々木さんがカップを3個トレーに乗せてやってきた。
シャーベット状に凍った飲料水は正体不明だ。
馴染みのない赤紫色に黒い粒が浮遊している。
太いストローでズズッと吸い上げると「かわいい!」と言われた。
似合わないから形容詞が見つからなかった、そんな感想と思った。
フィニスも吸い上げて……瞠目したッ!
「本人もこちらの服がわからず困っていた、助かったよ」
「フィーネム・ラウダと申す、お見知りおきを佐々木殿」
「それで愛称がフィニスっち」
「 「 フィニスっち? 」 」
フィニスは愛称だ、なぜ付け足したんだろう?
迷わず変換したようだが感覚が理解できない。
まぁ、それはいいか。
「多少愚痴っぽくても佐藤を許してくれ、プロジェクト終盤で私がこの有様だろ。本来なら今日も代休を取れたと思うけど、どうしてる?」
「合間はゲームで無双して息抜きしてる」
「忙しいだろうにゲーム?」
「放置してても仲間が進めてくれるって」
自宅療養になる数日前、佐藤にスマホゲームを勧められた。
だから私は買い替えを検討していたんだ。
放置でも進む方式なら、ゲームをする姿を見なくても当然。
そんなゲームを仕事の息抜きにしている?
でも数日前はそんな素振りすらなかった。
「なんていうゲームかな?」
「久々にハマってるみたい。夜はモンスター相手に奮戦して、そっちも佳境でね?攻略中のマップで、近くに大規模集落を見つけたって……」
ガタン!と音を立てフィニスが憎しみに満ちた表情で立ち上がった。
佐々木さんはフィニスの豹変ぶりに呆気にとられて茫然としている。
自分は不在でも仲間が魔者の大規模集落を探し出した?
頭の中で「今は押さえろ」と強く念じる。
フィニスには精神感応で聞こえている筈。
フィニスさぁん。 聞こえてますか――?
「しかし!」
フィニスがグッと力を込める。
紙のカップがベコンと折れた。
これは佐藤が帳尻合わせにした方便で、長時間連絡が取れない多忙すぎる状況を「スマホゲーム中だった」で納得させるために、いろいろ話したのだろう。
佐藤がゲームと混同していて勇者の自覚が無かったり、行き来の際に記憶が曖昧になっている可能性だってある。もしそうなら、佐々木さんとの会話に深い意味は無いのだ。
でも、ここで騒ぎを起こすのは完全にマズイ。
現時点で唯一、勇者側の情報源。
それが、この佐々木さんだから。
「落ち着いたか?」
「すまぬ……つい」
「ぇ……ええっ?」
「あぁ。フィニスは、私の考えが読めるんだ」
「 ラ ブ ラ ブ だ ! 」
ラブラブ……若い子の思考回路わかんない。
まぁそれは、いいや。
「買ったばかりの服なのに、袖が汚れてる!」
「制服から着替えておったは幸いであったよ」
「それは言えてる」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
こうして話すのも何年ぶりだろうか。
佐藤が入社4年目だから、丸2年か。
フィニスが潰してしまったカップを取り上げ、紙ナプキンで拭いてからトイレへ連れて行った。明るく素直で面倒見が良い、佐々木さんは変わらない。
そんな彼女を信用したのだろう。
談笑しながら並んで戻ってきた。
「私はゲームに、のめり込むタチだから」
「起動もしないのに待っとったほどじゃ」
「そういうトコありますね、五十嵐さん」
「フィニスが、良い顔しないんだ」
「ごめん! 配慮が足りなかった」
配慮……か。
「佐藤とは公私混同で一緒に攻略したゲームも多かった、彼氏が年がら年中上司と接待プレイ、佐々木さんには悪いことをしちゃったなぁ」
「まさかぁ。あのころ仕事は今ほど無茶苦茶じゃなかった、楽しかったって佐藤君いつも言ってるよ。私も資格取ってから最初のお店が決まるまで実家に2年いて、よく一緒にゲームしてもらったし」
「脱落した私が言えた義理じゃないけれど、仕事も佳境に入ってる。佐藤次第だと思ってるし、集中してほしいけどね」
佐々木さんが顔を隠して泣き出した。
なにか気に障ることを言ったのかもしれないと不安になったが、フィニスが目を閉じて2度首を振った。
そっと「佐藤君が目標にしとった五十嵐さんに褒められて、嬉しいそうじゃ」と耳打ちしてきたので、そんなものかなと思いながら、溶け始めたシャーベット状の飲み物を啜る。
目標もなにも道半ばでうつ病になり、戦線離脱。
なのに佐藤から逃避先を取り上げようとしている。
ひどい先輩もいたもんだ……。
ただ――。
「佐々木さんがいれば大丈夫か」
「まったくじゃな」
「えっ?」
勇者グリシナ・ウィステリアの魔者討伐は待ったなし。
翻って我が陣営は24時間ほど過ぎたばかりだ。
現状【盗撮】はできず、移動手段すらない状況。
「フィニスに会うのが遅すぎた」
「そうやもしれぬ」
「え、ノロケ話?」
急ぐ必要があると、フィーネム・ラウダを見る。
フィニスは唇を引き結び、深く頷いた。
「ところで佐々木さん。破廉恥な夢って、どうやってみるのかな」
「は? れんち、ゅめえぇ~っ! 五十嵐さん本当に大丈夫?!」
「ほら、頓服も持ってきたし大丈夫だよ。うつ病で休職中なだけ」