保身のため命懸けで買い出しに出掛けた ①
憧れの先輩に頂いたセーラー服を魔者に着せて、街へと繰り出しております。
頭 お か し い の か 私 は 。
あまり来ない店に到着し、見取り図を眺めている。
ここの婦人服売り場で、フィニスが人類に紛れて生活するため「ぬののふく」を購入するのが本日最大のイベント。できるだけ大きな店へ来たが、サキュバス向けの衣類は取り扱っていないだろう。
「それにしても。でーっかい店じゃなぁ」
それにしても。
私が気にしすぎなのか、犯罪を警戒してのことか。
車を降りてから人目が突き刺さっている気がする。
『昼日中に、30手前の男が、女学生と買い物?』
そう思われていやしないだろうか?
「どのあたりでコスプレ衣装を扱っておるのかぇ?」
「フィニス、不穏当な発言は控えてくれ」
今にも目の前が真っ赤に染まってサイレンが鳴り響き、地下の牢屋へ連行されて鞭で打たれながら自白強要を迫られる。そんな強制イベントの匂いしかしない。
目眩がしてきた……。
「大丈夫。頓服だって持ってきたんだし」
最近ジェネリックに変更された内用液のアルミ製分包を握る。
少し前までスパリダールという地球制服を企む宇宙人のような名前の薬だったらしいが、これはドスパリドン。
それにしても、怪獣のような名前だ。
製薬会社のネーミングセンスはひどい。
自衛隊の抵抗も虚しく上陸してしまったドスパリドンは、破壊を繰り広げながら港湾都市を襲う、コンビナートは爆発・大炎上し夜空を赤く染める……。
精神の不均衡を綺麗さっぱり焼け野原にする。
そんなニュアンスの説明を調剤薬局で受けた。
あくまでニュアンスだけど。
「イガラシが大興奮の煽情的な装束がよかろう」
「頼むから小声にね? 私の世間体が邪悪すぎる」
「……五十嵐さん!」
詰んだな……もう呼び止められた。
万引きGメンなどではないだろう。
マイナス思考が悪かった、大人しく素直にお縄に付こう。
完全に諦めて振り向くと見知った子が小首を傾げていた。
「佐々木さん、御無沙汰です」
「やっぱり。びっくりした!」
「こんな昼間っから、どうも」
「偶然ですね」
フィニスが「何奴じゃ?」と首を傾げたので「後輩の佐藤君の彼女」と強調して説明すると、眉がピクリと動いただけで後は「ふむ……」と息を吐いた。
つまりフィニスの地元を狙う勇者の彼女ということだ。
カッとなって当たり前、よく感情を抑えたと安堵した。
そうだ、良い機会だ、確認しておこう。
「私、悪目立ちしてる?」
「それはね。でも今日はどっちかって言えばお隣さん」
「……妾が?」
「綺麗な髪だね、インナーカラーの鮮やかな赤い発色」
「いんなぁ?」
「お店どこ?」
「……お店?」
「これ地毛なんだよ。佐々木さんこそ、こんな時間に」
「うちのお店、火曜定休なんです」
「あ、もしかして。佐々木さん今日は時間あるかな?」
・
・
・
.
.
「は~眼福、眼福っ」
「ほぉ、眼福とな?」
「あの渋い声でぶっきらぼうな話し方、高身長から見下ろす優しい眼差し、大きく包容力のある手、大食いなのに不思議と太らない体形、ちょっとだけだらしない、あの無精髭まで、たまんないわ!」
「勇、グリッ……佐藤の彼女とやら」
「なに?」
「イガラシのことで相違無いかぇ?」
「そりゃもう憧れの御方だからね!」
どうしてくれよう。
イガラシは勇者グリシナ・ウィステリアの現世の想い人へ紙幣を数枚握らせて、「後は任せた」と言い残し消えた。イガラシ好みの衣服を購入するために外出したのではなかったか。
しかも売り場を引っ張り回されとる。
「え~と、こっち!その制服もしや五十嵐さんの?」
「 知 れ 渡 っ と る の か ? 」
「家に押し掛けた子が触ったら猛烈に叱られたって。死んだ彼女の形見らしいけど着せて貰える娘がこんな綺麗だもん、まいったまいった。誰も勝ち目ないわ!」
先輩死亡説? ……根も葉もない噂話か。
叱られた子も不憫な。
ピタリと足を止め数枚ハンガーを取った。
「先輩は死亡しとらんと思うがのぉ」
「そうなの?彼女って先輩なんだ!」
「落ち着いて話を聞いてくれぬか?」
「五十嵐さんの交際発覚で、佐藤君の会社は明日からお通夜状態ね?なんとかして残ってもらおうと骨を折った社長さんも女性陣に恨みを買ってトイレ・玄関の掃除から再出発しているそうだし。は~い、これ着てみて?」
「いや、その、イガラシの気を惹くものを選ばねば……」
なんじゃらほい?
ピタリと動作が止まった。
「わかる~その気持ち!!」
「本当にわかっとるか?!」
この簡易なスペースで試着しろと。
このように余計な手間がかかるのは、服屋が採寸して作らぬからではないのか。便利なのか無駄なのか、しかし喫緊の課題である衣類の調達には好都合。
それにしても理想の男性イガラシ像、まるで別人の話だ。
誤解が誤解を生みながら雪だるま式に膨れ上がっている。
それとも、あの姿は。
うつ病とかいう病魔に侵され、正気ではないからなのか?
考え込んでいると、シャッ!とカーテンレールが音をたてて、薄暗くなっていた視界が一段明るくなった。驚いて顔を上げると、『佐藤の彼女』という女性の目と目が合った。
スッと視線が少し後ろへ移動していく。
「できた? それ……なに?」
「えっ……あっ、これはっ!」