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絶滅危惧種の淫魔には認識に齟齬がある  作者: 塩谷 文庫歌
第一章【 魔 力 の 充 填 】
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眠れない病に罹患し寝ろと言われ困惑中 ②

 汗だくだ、くたくただ、倦怠感(けんたいかん)が尋常じゃない。

 本来の業務を剥奪された目覚まし時計を焦点が合わない目で見ると11時丁度、外は明るいから昼の11時、逆算して……15時間ぐらいか。


 頑張り過ぎたな。


 目の前に座っている少し怒ったような横顔の少女が手櫛で乱れ髪を直していて、上半身を起こすと遅れて起きたと気付いたのだろう。


 振り向くとサラリ揺れた髪の隙間から屋外の風景が眩しく見えた。

 その勢いのまま振り向きざま。



   ズ ガ ッ !!


 右拳で鉄拳を見舞ってきたっ!



「 痛 ~ ぇ ! 」


「夢路に入らず延々熟睡しておったではないか、ドキドキしとって大損したわい!見ろ変態イガラシ、妾の容姿に合わせ調達してくれた一張羅が台無しじゃろうが、この頓智気(とんちき)どうしてくれよう!」


「だから。睡眠導入剤を飲んだんだって」



 それにしても。


 サキュバスが、えっちな夢を見せる魔者じゃなくて。

 視聴者側で、まだ一度も見たことがないお子様とは。



「しわしわじゃ、着替えはないというに」

「化繊?当て布してアイロンかけるから布団入ってて」


「そこなジメジメに戻れと?このポンコツめ正気か!」

「正気なわけないよ、うつ病なんだから」



 どこから寝たのか覚えがない、引っ張り込んだ直後?

 ああ、「いい香り」って思った瞬間から覚えてない。


 どうやら睡眠魔法ルネスグは成功。

 名前はダジャレだが効き目は抜群。


 自律神経がおかしいから寝汗がひどい、喉が渇いた。

 え~と、どこだ? あぁ、これだ。



「はい、着替え」


「箪笥より取り出したるは、セーラー服の上下かぇ?」

「制服フェチの変態なんだ、手持ちはこれしか無いよ」


「所持しとった時点で既に変態じゃ」

「棺桶で宅配された魔者より正常だ」



 さて、朝と昼の薬を飲もう。色も形も様々な錠剤を指定どおりプチプチプチプチPTP包装から机に押し出し何度かに分けて水で強引に流し込んでいく。これは、まとめて飲んでも良いものなんだろうか。


 適当に置いてあった服を着込んでメールをチェック。

 卓袱台にパタリと端末を伏せて置いた。


 久しぶりに熟睡できた、これなら外出も可能だろう。

 箪笥貯金から数枚の紙幣を物理的に財布へチャージ。


 寝室をノックした。



「あぁ。 ……着替えは済んでおるよ」



 カチャリと開くと懐かしい光景に胸が一杯になった。


 しいて言うなら上から目線が似ている程度で何一つ似ていないけれど、背格好は同じぐらいと思ったとおりサイズは合っている、そして似合っている。


 使用法は違ったが、いつかきちんと返却しようと十年以上メンテナンスし続けた努力が報われた。こうして使う日が来るとは思ってなかった。


 フィニスは手にした紙片を見詰めたまま「これは?」と尋ねた。



「しまった、写真を入れたまま渡した」

「まさにこの制服と見受けられるのぉ」


「それが、元の持ち主」

「犯罪の匂いしかせぬ」


「貰い物だよ」

「泥棒は皆そう言うものじゃがなぁ」


「学生時代、美術部の先輩だよ。モデルになってくれたのに描きあげる前に卒業。中学の制服で美術室に座ってじっとしててくださいとは言えないだろ?退部届けを出したら部員が足りなくて廃部、未完成に終わったんだけど……」


「絵の続きを描くため譲渡、ふぅむ」



 そう、完成させたかったと伝えた。


 卒業式の後でフラリと部室に表れた先輩から、紙袋を受け取った。

 何の気なしに持ち帰って仰天した。



「毎日袖を通した衣服を、異性に?」

「そりゃ制服だから毎日着てたけど」


「憎からず思っていなくては出来ぬ」

「そんなもんかねぇ」



 1年2年はバスケ部のレギュラーだったらしい、3年になり別の先輩から呑気な文化部だからと無理に誘われたのだと聞いていた。


 ショートカットの癖ッ毛で細身で活発、いつでもニヤニヤしていて、乱暴者で、悪巧みに付き合わされ、妙に気が合う女性だった。


 潤んで震える瞳、濡れて萎れた癖ッ毛、ぎゅっと噛んだ下唇、ひと気のない部室から体育館を見て涙ぐんでいることがあったので理由を尋ねると、「女は怖い」と呟いただけだった。


 交際相手ではなかった。

 その後も女性と無縁のまま学生から社会人。

 仕事に追われる日々になっていた。

 気付けば、10年以上経っている。



「完全に失敗しておるではないか」


「そうなんだ。率直に気持ちを伝えるように心掛けて今に至るわけだが、なにしろ機会が無かった。そんなわけで、フィニスのセーラー服姿は最高だ!」


「その流れで称賛されると微妙な気分じゃな~!」


「先輩も尻尾を巻いて逃げ出すだろう」

「その先輩とやらに尻尾はあるまいて」



 フィニスは悪戯っぽくニヤリと笑う。

 スカートの端をわずかに持ち上げた。


 両手は膝小僧の上にある。



 ど う な っ て ん の ?

 そ れ っ …… 尻 尾 ?!



 あっと、時限爆弾を抱えた身なのだ。

 このまま時間を浪費したら、帰り着けなくなってしまう。



「羽は畳んで尻尾は巻いておけ、動けるうちに外出するぞ」

「どこに向かうのじゃ?」


「平日昼間に学生服姿の若い娘と歩いていたら嫌でも目立ちすぎる、職務質問じゃ済まないだろう。女物の服なんてわからないから選んでくれ」


「コスプレ衣装を買い出しに行くのじゃな?」



 制服姿で言うことか?


 全然そうは見えないがサキュバスだ、異世界(あちら)では普段着としてハロウィン衣装やビキニスタイルのような衣服を纏っていたりするのだろう。


 貧相な体形にオマケ要素の羽や角が付いている程度、色こそ違うが程良く田舎なこの街も、髪を染めている人のほうが多いぐらいにはなってきているから、誰一人サキュバスとは気付かないだろう。


 なんとか誤魔化せる、わけないか。


 誤魔化す、誤った魔者を化かす、なんとも言い得て妙だなぁ。

 人間が魔物の恰好をしたらコスプレ……逆もまた真なり、か。



「人聞きは悪いけど、魔者的にはそうかも」



 フィニスになにを着せても一般市民に埋没するとは思えない。

 いっそのことコスプレしたら「そういう子」と認識されるか?


 ……恥ずかしい想像しちゃった。


 しまった、丸見えなんだった!!



「忘れて?」


「変態イガラシが猥褻な夢を見るのなら風変わりな服装も気にせぬよ?」

「馬鹿言え貧相魔者、そんな旨い話が。 …… ほ ん と か ! 」



 迷わず卓袱台に置いた型落ちスマホを握り締めて通販サイトを開いた。

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