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絶滅危惧種の淫魔には認識に齟齬がある  作者: 塩谷 文庫歌
第一章【 魔 力 の 充 填 】
4/11

玄関は冷えるのでマモノを部屋へ通した ②

 後輩・佐藤は人類側に召喚された際に飛躍的に身体能力が向上し魔法まで操る、魔法剣士のような能力を異世界で手にしているが、あちらで死んでしまうと行き来の権利を失い、こちらへ強制送還される。


 翻って魔物側に勧誘されている私、身体能力は向上しない、素質があれば魔法を使えるかもしれない、こちらと異世界の行き来はこのフィニスという魔物が頼りで貯蓄を待つしかないらしい。


 それに加えて、最大の差異。



「死んではならん。 ……死なば、それまでじゃ」


「勇者・佐藤は行き来ができなくなる。私は違う」


「こちらと()()()、どちらで死んでも命を落とす」



 おいお~い、そこが違うの?

 冗談にしてもキツすぎたな。

 それじゃ勇者相手に丸腰だ。



「どうしても……だめかぇ?」



 フィニスは懇願しかけて片手をついて、熱いものに触れたように咄嗟にその手を引っ込めた。


 無理を承知でお願いしにきている、断られるのは困るが強制はできない、しかし切羽詰まっているのだと、潤んで震える瞳やぎゅっと噛み締め色の変わった下唇、萎れてしまった背中の羽が物語っていた。


 思わず溜息が漏れた。



「諸々はどうでもさ。こんな調子で魔物の皆さんが手あたり次第に勧誘していて、その連中も水先案内や魔力の貯蓄が前提で、死んだら死ぬ。不利な条件が多すぎて交渉成立しないと思うけど」


「魔者も一枚岩ではないし種族や事情も様々、他は勧誘などしてはおらんじゃろ。妾は諸事情あって必要でな、止むを得ず避難したのじゃ。事前に相手へ……」


「それが、あのバナー広告?」



 しまった、という顔をした。

 もう少し(から)()から攻めたら良さそうなものだ。

 こんな正直者の魔物じゃ成功率は絶望的だろう。



「お前こそ腹芸ド下手なのかよ」

「ん、な?!」


「ペラペラしゃべりすぎてんの」



 なにしろ内容もよくわからない錠剤を何種類も飲んでいる。

 これが幻覚じゃ無けりゃいいけど。


 フィニスを上から鷲掴みにしてみると確かに存在している。

 小さい頭に、サラサラ気持ちいい髪。

 黒いのに光が当たると赤い、不思議。

 絹糸のような細くて真っ直ぐな、ん?


 えっ! ……なにこれ、硬い?


 あぁ反対側にもある、角だな。

 やっぱり人間じゃないのかぁ。



「さっきからマモノ部分に違和感あるな」

「魔力を持つ者、魔者(マモノ)じゃ」



 漢字か、それはわかんないや。

 宅配の伝票もカタカナだった。



「読めるがな、まだ書けぬのだ」

「わかった、安請け合いしよう」


「や、なにを、やすうけあい?」

「だって帰るに帰れないんだろ」


「え……代筆かぇ? 困る、送り帰されると困るのじゃ!」



 どうやら幻覚症状ではなさそうだ、こんな怒って困って半べそで驚いたみたいな表情は私の想像力をフル回転しても捻り出せそうにないし、それが好みの美少女で羽生えてるってのも無理がある。


 異世界かぁ、どんなとこだろ?

 できれば晦渋(かいじゅー)先生の作品みたいな感じが希望だけど。



「やっつけに行こうかなぁって」

「妾を、助けてくれるのかぇ?」


「まぁ。 ……部下ブッ殺すのは抵抗あるけど」



 放り出すしかなかった仕事は佐藤が引き継ぎ奮闘しているとばかり思っていた、まさか異世界で勇者ごっこに奮戦していたとは。


 強制送還に成功すれば、万事丸く収まる。

 どうせ3か月退屈なんだ、やってみるか。



「唐突に……どした。3か月?」

「髪かな、サラサラだったから」


「イガラシは死なばそれまでなんじゃぞ?!」



 故郷を離れて避難してきた、他人思いな、優しい魔者。


 こんな娘、モンスターとゴッチャにして攻撃しないよ。

 私より佐藤は頭おかしいのか、丁寧に教えてきたのに。

 もう、仕事ばかりの付き合いだった。

 忘れちゃったのかよ佐藤、切ないな。



 な ん か 許 せ な い な ?



「後輩に負けるかよ、再教育してやる」

「なにを言っておる……知人だろう!」


「いつまでも佐藤がラノベ世界に現実逃避してたらプロジェクトが頓挫するんだ。あれは私の最後の仕事、最後のレゾンデートルだった、それは困る」


「正気か?」


「正気なわけがあるか、うつ病なんだよ。服薬止めたら一歩も動けないくらいの。復帰しても開発から営業に転属になるって言われてるんだよ。うつ病で営業しろ?できっこないんだって……お払い箱、実質クビってことだ!」


「イガラシ」


「必死で覚えた知識も技術もなにもかも捨てろって?」


「イガラシ」


「 な ん で だ よ !! 」



 ドッ!と卓袱台を上から叩く音が響き、驚いてビクリと反応する。

 私が物に八つ当たりして、卓袱台を叩いて、私だけが怯えている。



「イガラシ」

「悪いかよ」


「何故、泣く」



 目の前が暗転した。



「精神感応に長けた血族でな、両手で包み触れているように情動がわかるのじゃ。イガラシが悲しめば妾も悲しい、妾も悲しいときは尚更よのぉ」


「だから、考えが筒抜けなのか」

「まぁ。そういうカラクリじゃ」


「どうりで。個人情報ダダ漏れ」



 呼吸が苦しくなり、頭が締め付けられて、感触だけは柔らかい。

 頭を抱きかかえられているのだと暗い視界の中でぼんやり思う。

 柔らかく、暖かい、安堵感が拡がっていく。


 あ っ …… こ れ (おっぱい) ?!


 にしては。


 ちっぱい。



「なんじゃと!失敬な……極楽じゃろが」

「痛っ!」



 たしかに極楽だった。



「佐藤には仕事に集中してほしいんだ、助けてくれないか」

「頼んでおるのは、こちらなのじゃがな」



 苦笑いしながら小首を傾げ、初めて肩がストンと落ちた。

 印象よりも撫で肩、ずっと緊張したまま座っていたのか。



「えーと、具体的になにすりゃいいの?」


「往復の航路と着いた先で使用する魔力を貯蔵するのじゃ」

「なるほど。フィニスが精製し貯蓄するシステム、だろ?」



 それをこちらで集め、復路の分を使い切る前に帰宅する。

 精製する原材料がいるのか。

 つまりなにかを買うわけだ。

 これが噂に聞く課金って奴。



「現金などではなくてな?種族によって、まちまちじゃが」

「あぁヴァンパイアなら血を吸うとか、つまりそういう奴」


「そう!それじゃ」

「400mLずつで足りる?複数回?」



 フィニスは真面目な顔で「いや結構」と断った。



「妾の種族は吸血行為はせんのでな」

「そうなの?フィニスなんて魔者?」


「リリン・デーモン……サキュバス」



 サキュバスか。





 サキュバスか?


 この細身でヒョロヒョロ小柄な娘が?

 そりゃ、さっきは極楽と思ったけど。

 サキュバス基準だと寂しすぎないか?



「ないなぁ。それは……ないわ」

「失敬な! 妾をなんじゃと!」


「サキュバスてアレだろ?巨乳ムチムチのお色気姉ちゃん」

「皆ではない!割合そうした輩が多い種族なれど皆ではないのじゃ!妾とて、これ見た目はこうでも脱いだら凄い、そう、着痩せするタイプじゃからして」


「胸だって全然なくて痛、痛いっ。 ……え?!」



 なんとなく指差していた指をゴギリと折られた。

 続いて憤慨してキックしてきたが、破壊力ゼロ。



「待て、待てっ、落ち着け、座れ!」

「沽券に関わるぅ、な、なんじゃ?」



 あちこち出たり引っ込んだりしてなくて貧相な体形は後回しでいい、身体能力が著しく低い。勇者になって数々の特典を手に入れた佐藤と殺り合うなんて無茶な話だ、殴る蹴るでは勝負にならない。


 あぁ、そうか!



「魔力があれば魔法攻撃できるとか?」

「妾な、そういう系ではないのでなぁ」


「ああ!回復や蘇生が得意分野なのか」

「そういう地味な魔法が一番苦手じゃ」


「じゃ、戦闘はどうするの?」

「イガラシ、そちの担当じゃ」


「だってギフト的なもの無いんだよ?」


「そこは、ほれ。こちら側の人間ひとたび異世界へ転移転生したならば、チートで無双で大魔法で生前知識で最強最悪絶対無敵が相場なんじゃろ?乱筆乱文を丁寧に読み返しては予習しておったではないか。よもや知らぬとは申すまいの」


「そのフラグ立てちゃったか」

「妾、禁忌に触れてしもた?」


「出会って早々、それはない」



 世間話のように言っている。

 どこまで世間知らずなのか。



「こぉんな美少女がおる、果報者じゃな」

「 こ れ …… 無 理 ゲ ー に な っ た 」



 言った声は絶望に震え、地声より重苦しく低いものだった ―― 。

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