玄関は冷えるのでマモノを部屋へ通した ①
棺桶に入った女子高生を自分自身で発注し、さきほど受領いたしました。
頭 お か し い の か 私 は 。
本人が言うには、小説投稿サイトのバナー広告をゲームだと思って思わず押してアプリをインストールしたから、現実に配達されてきたそうだ。玄関で話し続けるのもアレですからと部屋に入ってもらい、今は正座して私の淹れた番茶を湯飲みで飲んでいる。
わ か ら ん 。
テレビを眺める後ろ姿に少々疑問点も増えたが今は後回しにしよう、自分自身の置かれた状況が半分も理解できていない、それだけはわかった。
「あの……改めて詳しい説明をお願いします」
「バナー広告の内容は記憶しておるかのぉ?」
右半分はこの娘のイラスト(というか写真?)、左側にポップなかわいい文字でキャッチコピーだろう、『 いっしょに人間をブッ殺そ~ぉ♡ 』と書いてあったと記憶しているがタイトルまでは思い出せない。
自衛官募集のポスターなら大問題になる物騒な誘い文句。
手のひらに汗が滲む……今や事情は変わってしまったか?
なんにしろキャラがカワイイなら自宅療養期間中に取り組もうと気軽に押した、それだけだ、ゲームアプリとばかり思っていたわけだし。
少女がニタァリと妖しく笑った。
八重歯もかわいい。
なんて言っていられなくなった。
「よぉく覚えておるではないか、にしても他人行儀な。妾はフィーネム・ラウダ。気さくにフィニスと呼ぶがよかろ」
「五十の嵐と書いてイガラシと読む、東日本では一般的な苗字。フィニス、完全に日本人じゃなかった。しかも人殺しの共犯者を募集、つまり背中の羽は――」
「これか?いわゆる飾りものなのだ」
なぁんだ、てっきり……時々パタパタ動くから。
良かった、種族まで違ったらどうしたものかと。
「退化しておってな、飛行はできぬ」
20センチほどの翼をパタタッとはためかせた。
飛べない、でも人間じゃないのか。
どうして私は人類をやっつける側になったんだ。
いっそ、みんなと一緒に殺してくれ……。
「そう気落ちするな。昨年度、こちらから異世界召喚された小僧が小娘共と徒党を組みキャッキャウフフのついでみたいに魔王様打倒を目指しておるが、イガラシとやらは存じておるかの?」
「それは初耳だが、妬ましくはある」
「でな、右上【盗撮】をタッチじゃ」
なぁんてクヨクヨしてても始まらないか。
これだけの異常事態、柔軟に対応しよう。
さて。
まずは見てやろう、その小僧の御尊顔を!
【盗撮】、露骨なインターフェースだぞ。
って……これ。 ……佐藤?
「部下の佐藤だ。異世界でなにしてるの?」
「サトウ? グリシナ・ウィステリアと名乗っておったが」
「うわぁ。痛いな、痛々しいぞ佐藤。言語が混在してる!」
彼がオンラインゲームで使っていた名だ。
あれを堂々と名乗るか、間違いなく勇者。
私はそのままイガラシでした。
ノリが悪いと言われてたけど。
「徹夜続きの労働で心労が重なり、人類側が行使した召喚陣に反応。召喚されて、勇者という触れ込みで活動中じゃと聞き及んでおる」
「後輩の佐藤は、異世界で勇者してるの?」
「自称勇者の大量虐殺犯、じきにそうなる」
「本人は異世界で、私にはスマホゲームしてろ?」
「こやつが勧めた?存外、悪党でもないのかのぉ」
「私が3倍時間かけて書いた仕様書、そのとおりキーボード叩いたら異世界召喚。うつ病に罹患して平日昼間に今ここにいる私そのプロジェクトリーダーですけど。精神科で頭オカシイって言われて自宅に軟禁されてる私、ではなくて?」
「うーん、妾に言われてもなぁ」
いかにも回復担当という神官風の服装をまとった小柄な巨乳女性は人間だろう、まるで戦闘と無関係なタイミングで、なにも無いのに転倒しつつ移動する。
しかし転倒して攻撃を避け、転倒した先で杖が当たる。杖で魔物を殴ると浄化に似た効果があるようだ。見た目より遥かに大きなダメージをあたえるらしく、敵は悶絶しながら消滅していく。
「このパーティ、人類じゃない方も。あいつ彼女いるけど」
もう1人……で換算してよいものか。
猫耳で気の強そうな剣士風の女性は魔法も使う、威力の低い攻撃魔法に限定され速度で補う立ち回り。何度も攻撃を喰らっているがギャグ漫画っぽい大袈裟な表現になるだけで何処吹く風だ、次の瞬間には戦線復帰する。
つまり。
異世界召喚された勇者・佐藤
ドジッ子の神官(乳揺れ有)
タフネスさがウリの猫耳剣士
シンプルだけど隙の無い構成だ。
あ ら ゆ る 意 味 で 。
自然、画面を握る手に力が籠る。
ギチイッ!と奥歯を噛み締めた。
「殺る気になったか? この死事」
「俄然、興味が湧いてきたかも?」
フィーネム・ラウダ、フィニスは自慢気にウムと頷きながら「そのようじゃ」と笑顔になった。
見目麗しいが魔物みたいだし、どうも先方様に比べてキャラが弱い気がするのが言い知れない不安要素だ、こういう系で絵だけは良いが一掃されるカテゴリに位置している気がする。
しかも佐藤は4年の付き合いがある会社で直の後輩。
弱気になって「内容次第で協力する」と付け足した。
「手伝ってくれるか!」
「法に触れない範囲で」
「 勇 者 グ リ シ ナ ・ ウ ィ ス テ リ ア の 殺 害 」
「……いきなりアウトだったな?」
「否、セーフなのじゃ。気軽に行ったり来たり活動しておるのじゃが、あちらでの死亡は2つの世界を渡航する権利の消失を意味する。強制的に帰還し、この世界で日常生活に戻るのみ」
「ポスポートだけ取り上げるのか」
「恩恵を受け身体能力が高い、魔法も操る難敵じゃ。あ奴は永らえても我々魔者は灰となり消え去る。さしもの魔王軍とて、ひとたび戦端が開かれれば今度ばかりは劣勢を強いられることじゃろう」
フィニスは憂いを帯びた瞳で湯飲みの液面を見詰め小さな声でボソボソ語った、その姿だけで引き受けてあげたくなったが焦りは禁物。
この話、どうも美味過ぎる。
「現状は中立で知り合いはフィニスだけだから、追い詰められている魔物側に加勢するのもやぶさかではないし、恩恵で身体能力が上がって魔法ブッ放してスカッとできるうえに、勇者・佐藤は死ぬわけじゃなくってコッチの世界に戻るだけなら、断る理由は無いと思うけど」
「ゃ、それな? ……違うのじゃ」
は ー い 。
御 明 算 。
「違う。具体的には、どう違う?」
「自由に行き来はできぬが、妾が魔力で水先案内を務める!魔者側から人へ恩恵を与えることは適わぬ、魔法は素質があれば使えるじゃろう。妾の魔力は回復せぬ、精製し定量貯蓄するまで一方へ留まるわけじゃ。それとな ―― 」
「縛り、キッツイな~! まだあるの?」
思わずというか、口を挟んでしまった。
放漫な態度から一変し、続きはかなりマズイ内容と見た目でわかるほど狼狽えてビクリと身を竦め、湯飲みの液面を見詰めたまま黙ってしまった。
冗談めかして話しだしたのに尻すぼみ。
こちらも不安になって沈黙してしまう。
顔をあげたり、おろしたり。
何度目かの、躊躇逡巡の後。
小さな声でボソボソ語った。
「死んではならん。 ……死なば、それまでじゃ」