宅配員はチャイムを2度も3度も鳴らす ②
棺桶としか思えない木箱に横たわる美しい容姿の少女。
ところどころに人間離れした箇所もある、それよりも。
呼吸音が聞こえた――これは屍体ではないのか?
「 も ぉ ん …… た べ ら り ぇ な い ろ …… 」
いいや……完全に違った。
こんな死人は存在しない。
「ん、にゃむにゃむ……うひ?にしし」
「おい、起きろ。起きて説明してくれ」
「どこぉ……ここどこ?な、なして?」
「自宅玄関。聞いてるのはこっち、寝惚けてんのか?」
「ぅあ、めんせつか……しまった寝過ごしたのじゃ!」
完全に寝惚けてやがる。
随分と小柄だ、中学の頃の部活の先輩くらい。
じゃあ13、4歳かな?
「お前は一体何者で、何故、配達されてきた」
「んあ!えぇとな、小説投稿サイトは存じておるか?」
心当たりに内心ヒヤリとしたが、なんだ藪から棒に。
定期的に更新される連載作品を読んでいるのは事実。
だからどうした。
若干キモいかもしれないから内緒にしてるけど。
「要領を得ない回答だな小説投稿サイトなにそれ」
「うっわー腹芸ド下手、相当な世渡り下手じゃな」
「一体何者なんだと聞いているんだ」
「依頼されてな?そこから来たのだ」
初対面で失礼すぎるだろ。
誰かがテキストを投稿して公開、だれもが自由に閲覧できる、プレゼント企画や物販すら無く老舗ながら商売下手と言って差し支えないサイトしか見ていない。
倫理観そっちのけで違法性の高いハニートラップを仕掛けるとは考えにくい……それならもう少し儲かっていそうなものだ、自信をもって「NO!」と言える。
「そんなラノベ以前のものを読む恥ずかしい趣味は無い」
「あぁ、ラノベ以前。比較的、的を射た表現じゃろうな」
「なにが言いたい!面白い作品だって沢っ山…… あ 」
し ま っ た ―― 誘 導 尋 問 か 。
いや、今は考えまい。
一服の清涼剤を自炊し無償で提供してくださる諸先生方に対して失礼にあたる、そうでないものも沢山あるが、いいんだ、そこに心が籠っていれば最高だ。
だって無料なんだし。
「あそこでな、里親を募集したのじゃ」
「里親、犬猫かなにか」
「否、妾の身元引受人という意味じゃ」
「家出娘の里親か?お話にならないな、現実味のある説明を」
「ずぅーっと下の方じゃ、バナー広告が表示されとったろ?」
小説投稿サイトのバナー広告で里親を募集した?
数日前、見慣れないバナーを見て興味を持った。
会社から自宅療養するように言われた際に後輩・佐藤がゲームでもしてのんびりしてくださいと言っていたし、滅多にないことなのだがイラストが可愛いと思ったバナー広告を 「押した?」 ……思いはした。
「やはり、思っとった。だから、押したんじゃな」
「思った、それは認める。押したかもしれないな」
「あれな? なんと妾じゃ」
言われずとも一目瞭然だ。
棺桶開いて3秒後に気付いていた、実際に動く姿を見たい一心で気付くとタッチして画面遷移、だがグルグル回る絵が出っぱなしだったので、液晶画面を小一時間見詰めていたんだし。
「転送に48時間ほど刻が必要じゃったのぉ」
結果的にアプリインストールに失敗し遊べなかった。
起動しなかったので悲嘆に暮れた。
ヌルヌル動くところが見たかった。
「こうして動いておるじゃろ、どうじゃな?」
そうだ、この笑顔まさにドが付くストライクだった。
表示が小さいから気付かなかった、実写だったのか。
型落ちの端末だし最新アプリは動かなかったようだ。
もう、買い替え時なのかなぁ。
「現実逃避も程々にするのじゃ、ほぉれ開くがよかろ」
「棺桶?下半分まだなにか入って……恋する気持ち?」
「買い替え時の型落ち端末とやらに入れたアプリじゃ」
最新のアプリは機能が対応していなかったり、そもそも処理能力が不足していて動かなくなってきていた。その後は携帯電話の新機種を調べたりタブレットを物色したり、どんどん脱線していき、気付いたら疲れて寝落ちしていた。
だがデータをお引越しするまでは大切な情報端末なのだ。
非対応アプリを起動したところで、百害あって一利無し。
「はっはっは馬鹿も休み休み言いたまえ個人情報の塊だぞ」
次に起動するのは明日だ。
晦渋ヒカル大先生が小説投稿サイトへ予約投稿しておられる、続きを心待ちにしてきたのだ、今日この御荷物に命じられて開くわけにはいかない。
アプリの起動に失敗したら女の子が届いた状況下にある。
怖い請求書の画面が表示されたら私の心は壊れてしまう。
実のところ、手遅れだからこそ受け取れた荷物なのだが。
「待てど暮らせど無反応、小一時間で腹を立てて機種変更やらタブレット買い増しまで視野に入れ検討しとった。つまるところ赤裸々に小説投稿サイトを閲覧させ、挙句に後任は己が探せと一晩じゅう人差し指で老体を鞭打つ暴挙に出たわけだな。なんとも不憫な型落ちの携帯端末じゃ」
「赤裸々って。それよりも脳から個人情報ダダ漏れてる?」
「そうやもしれぬ」
「病気のせいかな」
渋々開いた画面に大きく「 配 達 完 了 ~ ♪ 」のポップな文字。
得意満面で「というわけじゃ」と胸をはる時代がかった言い回しの少女。
最近のゲームアプリってこんな感じ?
「クーリング・オフ制度は適用できる?」
「約款画面も表示できておらんのじゃろ」
目まぐるし過ぎた職場環境と世間一般は時間の経過にズレが生じていたらしい、私は常識から取り残された浦島太郎のようだと自宅玄関で茫然自失だ ―― 。