【 魔 力 の 充 填 】
どれくらい好きなのか棒グラフで表示される。数値は大いほうが望ましいけど、昨日会ったばかりで好きも嫌いもないだろうから先延ばしにしていた。
それは理解できる。
恋の告白をしてきた相手に突き付けても過酷な要求。結婚式の新郎新婦だって、片一方もしくは両方が裸足で逃げ出すだろう。
フィーネムは、追い詰められている。
卓袱台の前に正座したまま動かない。
そりゃそうだ……。
数値次第で荷物を纏めて出て行くしかなくなる。
手荷物は棺桶のみ、行くあても戻る手段も無い。
最悪、口移しで生魚丸呑みが無駄に終わるのだ。
今のところ、唯一の選択肢だから提案してきた。
これは無謀な挑戦。
大事なファーストキッスなんて話じゃなかった。
「素朴な疑問だけど。異性と交流し選択肢を拡げるのは?」
「イガラシとは波長が相通ずる。不調に終われば、諦める」
「この、精神感応か!」
「そうではないのじゃ」
ちらりと黒く染まった窓の外を見る気配。
「よるべなみ 身をこそ遠く へだてつれ ―― 」
目がなれてきたのか。
月明かりを透かした横顔の白い肌の輪郭。
目を細めて部屋のそこかしこを確認して。
こちらを向いた。
「逢っとる。ずぅーっと前に、な」
「ずっと前に?」
大きく頷き、また黒いだけの窓を眺めた。
「少女の屍体と、仰天しておった」
「そりゃ、まぁ」
「異なる想いも感じとったろぉ?」
「異なる、想い」
「恋しき人を、見てしより……あの日の妾に、似ておった」
それだけ言って静かに瞼を閉じた。
フィーネムは口下手な私の余白を読む能力に長けている。
自身の置かれた悲惨な状況をひた隠しにして頼ってきた。
最初に開封したとき感じたこと。
それだけを、よりどころにして?
負担をかけないように、気丈に振る舞っていたのか……。
「包み隠さず申せば、教わっておるだけで方法がわからぬ」
「恥ずかしながら私もだけど。反応がなくても信じてくれ」
あまりにも憐れと、同情している。
それでも、この要求は無茶苦茶だ。
まだ私にそこまでの自信は、無い。
「しかし自信は、無いのじゃな……」
「無い。でも初めて見たときからだ」
小さく嘆息が聞こえた。
「寝惚けた死人、そう思うとったろ」
「自宅療養に向けて処方された大量の薬、週一回の晦渋先生、それじゃ心許ない。こんな娘が一緒にいて、心の支えになってくれたらと願った。藁にも縋る思いで、物騒なバナー広告……フィーネムに触れた」
うまく考えが纏まらない。
それが纏まりの無い思念のままフィーネムに伝わるのだろう。
困惑しているのか、静かになった。
「寝とったからな、話しが、よぉ見えんのじゃ」
「ゲームアプリでいい、これで一緒にいられると思ったのに起動すらしなかった。後で配達されてきた。やっと逢えたのに、亡くなっていた。せめて動いている姿が見たい、中身なんてなくても話しを聞いてほしかった。昨日今日の話じゃない……永遠に引き裂かれたんだと、最初はそう思ったんだ」
「妾がここへ来る、前のことかぇ?」
暗がりの中で手探りに触れると、ビクリと痩せた身体を固くした。
怖いのか、それは私も同じだ……むしろ私のほうが怖がっている。
背中に手を回して引き寄せる。
まさか魔者とこんなことになるとは数日前まで考えもしなかった。
きっと、今度も失敗する。
アプリは起動しなかった。
退化したという小さな翼に指先が当たった。
「飾り物などではなかったのじゃ」
飾り物……翼?
小さな頭が、頷いた。
小柄な女性だ。
そうした経験が無かった、唇の位置に自信が持てない。
掻き抱きながら右手をうなじに添え……ここは後頭部?
これすら筒抜けなのか。
唇の位置を知らせるように、擦れた小声で「辿り着いた」と囁いた。
「たどり、ついた?」
「長い旅路じゃった」
濡れている。 ……泣いてる?
愛おしい、胸中が詰まったように圧迫される。
「もう、諦めてくれ」
「試しもせずにかぇ」
「そうじゃなく……」
「諦めきれんのじゃ」
「フィーネム……これで駄目なら、もう諦めろ」
これほど誰かに対して押し寄せてきた想いは無かった。
これで駄目なら、もう私は壊れていて情動が足りない。
感情に流されるように近付くと……小さな、フィーネムだからか。
想像より硬い感触に当たり、薄く目を開くと鼻先に当たっていた。
それだけだった。
なにも起きない。
「……ごめんな?」
「良い、方便じゃ」
「方便。嘘だった」
「遠く異界で再び逢えた。心に叶うたよ」
「ふたたび?」
フィーネムの眦から大粒の涙が零れ落ちる。
「所詮、妾は夢の手枕。魔力なぞ、得られずとも良かった」
唐突に、むさぼるように、唇を重ねてきた。
卓袱台の上で【盗撮】アプリを起動したまま暗転していた、新品のスマホ。その液晶画面の発光ダイオードが明るく光を放ち、美しい魔者の透き通った白い肌を、月明りのように冷たく照らして浮かび上がらせた ―――― 。





