まだ翌日だがマモノは我が家で悠々自適 ②
同棲1日目の魔者が通話を終了すると、スマホは光を失った。
薄暗がりの中、声だけが響いてくる。
「今暫く、妾のこと。フィーネムと」
「名前? ……それは構わないけど」
「女しかおらぬサキュバス。稀に単為発生胚を身籠るが出産に至るはさらに稀有、妾のほかは年寄りばかり。妾が子をなせば続く、しかして負担は大きく精々1人、どのみち遠からず絶えてしまうじゃろ」
「絶滅?」
「妾がここへ来た理由は存じておるかぇ?」
「それは、わかるけど」
「そうではないのじゃ」
「違う?」
「今、考えたことは違う。助けを求めてきたのではないのじゃ。ここにイガラシの後輩・佐藤はおるが、勇者グリシナ・ウィステリアとその一味はいない。こちらの法律に縛られ勇者のちからを持たぬ佐藤ならば、妾を殺す手段も、動機すらない。戻るなと言い含められて送り出された」
「居住区域から子供を逃がした、フィーネムは難民なのか」
「種族の資質で老化はせぬ、容姿はイガラシが思い描くとおり。しかし既に老体、勇者一味が攻め入れば何分もかかるまい。魔者という理由だけで迫害され無抵抗に虐殺される……なぶり殺しになろう」
買ったばかりのスマホでアプリを起動した。
画面は黒いまま、【盗撮】のボタンだけだ。
「そう。【盗撮】としか表示されとらんな……何故じゃ?」
質問の意味がわからない。
なにしろ一度だけ、どこか違和感のある風景の中で、明らかに地球上にはいない生物を相手取り、驚異的な身体能力で、不思議な斬撃を放って仲間達と戦っている佐藤の大活躍を15秒ほど見ただけ。
此処ではない何処かが表示できる。
今思えば、それで十分に驚異的だけれど。
ゲームアプリを偽装したなら寂しい画面構成、あのときは知った顔が表示された驚きが勝っていたが、初めから私を狙い撃ちにしていたのか。
だとしても【盗撮】について聞いた意味はわからない。
「イガラシに相談せよと」
「佐々木さんが? ……今の説明をした?!」
これを信じた?
ありえないな。
「佐藤の件だが委細は話せぬと言った、ならばなにも聞かぬと答えた。包み隠さず事情を話して聞かせイガラシを頼れ、佐藤の間違いを正してくれたのは、いつでもイガラシだったからと後押しされたんじゃ」
そういうことか。
佐々木さんに〇〇ハラスメントのオンパレードだった、佐藤の若さゆえの過ちを逐一(主に握り拳からの説教で)訂正していたけれど。
今回は少々規模が……もう虐殺犯なんだけど。
フィーネムはゆるゆると首を振って否定した。
「今まではこちらで言うモンスターを狩っておったのだ。佐々木殿は大規模集落と聞いたようじゃ。次の段階に入ったと考えて相違あるまいて」
魔者……より人間的な種族を相手取ろうと考え始めた。
これはゲームではよくある自然な流れだ。
それを警戒して事前に避難させたわけか。
「事情はわかった。フィーネムの希望は?」
「選択肢すら与えられず悪戯に刻を浪費して、このままでは同胞に顔向けできぬ。他でもないイガラシにしか頼れぬことがある、一刻の猶予もないのじゃ。手伝ってはくれぬか?」
「私ならできることがある、構わないけど」
「せめて同胞の最後を看取ろうと、その分野に長けた魔者に依頼し用意したのが、イガラシの型落ちスマホに入れた盗撮アプリじゃ。なんとしても起動したいが以前イガラシが指摘したとおり、妾の魔力は底をついてしもた。起動には魔力が必要、大量の魔力を得たなら転移すら可能となる。なんにせよ、まずは……」
「魔力。やっぱりそこか」
それぐらいだよなぁ。
まだ睡眠導入剤は飲んでいないからルネスグだ。
入眠儀式を始めるか……っとと!
そこを掴まれていると台所に行けないんだけど。
「そうではない」
「また、違う?」
「包み隠さず話せば。魔力を得る方法が他にもある」
「それが私にしかできない方法か、それは助かる!」
「すいておる者から、直接に……その。吸い取れる」
ああ、最初に戻ったな?
直接チューチュー吸える……すいて、好いて?
「フィニスが好きな人から何か吸うと、魔力になる」
「や? ……逆、妾を好いておる者から、なんじゃ」
おいおい。
逆 。 踏 み 絵 を 強 要 し て き た 。
しかしフィーネム史上初の、サキュバスらしい要求だ。
なにしろビジュアル面でそれとわかる要素が少なく、夢魔の代名詞とも言える、えっちな夢を見せる能力どころか、そんな知識すらないようだった。
好きかどうかでなにが違う……喉越し?
あまり関係無さそうか、消化吸収かも。
「そのぉ。味と効能はかなり変わるそうじゃ」
「効能はともかく、味? 好き嫌いがある?」
「生魚を丸呑みして魔力にできず無意味、青臭いが風変りで癖になる珍味、滋養に溢れ甘酸っぱくて美味などなど様々だとか。つまるところ、栄養素じゃろうか」
「恋愛感情希薄なら今日買ったスマホが真っ暗なまま?」
「できれば喫茶店で飲んだ、ああしたものを所望する!」
所望って、効能云々の前に味でオーダーされても困る。
すいてたらすいとれる、いきなりハードルがあるのに。
好き嫌いで言ったら昨日会ったばかり。
こちら色恋沙汰にはトンと無縁だった。
まったくゼロとは思わないものの、原料にして魔力にする?
変 換 効 率 、 未 知 数 す ぎ る 。
生魚を丸呑み、フィーネムにとっても覚悟がいる。
ドロドロで青臭い絞り汁だったら、我慢してくれ。
「ここに棒グラフで表示されると聞き及んでおる。ここで交流のある異性は一人、現状で可能性があるのはイガラシのみということじゃ」
か な り 敷 居 を 上 げ て き た 。
味・効能に加えて、棒グラフで表示するんだって?
好感度の数値化だ、それが魔力を測定だとしても。
5割なら逆に最悪、9割でも合格ラインとは言えないだろう。
笑顔で「満タンですね?」と尋ねる佐々木さんが見えた気が?
2人が知り合ったのはバイト先のガソリンスタンドと聞いた。
冷や汗がひどい。
うつ病の私にこんな精神的苦痛を、これは虐待じゃないのか?
あ ッ …… ま さ か 。
「だからムード。電気を消した、どこまで話した?」
「相手の真意を確かめる行為に必要なのだそうじゃ」
あ 、 「 行 為 」 っ て 言 っ て る 。
も う 完 全 に 誤 解 さ れ て る わ 。
「……わかった、観念しよう。方法は」
「唇を重ね、接吻する。口移しとなる」
口移しで吸って、魔力にする。
だから、味って言ってたのか。
サキュバスにしては控え目だ。
……だが。
「おおむね方法は理解した。 誤 解 じ ゃ な か っ た な 」





