第7話「オタク君メイクも出来るなんてマジ凄いじゃん!」
「オタク君。お願いがあるんだけど」
「どうしたんですか?」
「説明するより見て貰った方が早いかな。ちょっとついて来て」
「分かりました」
最近では慣れて来た優愛のお願いだが、今回は何か違う。
そう感じ取ったオタク君は、あえて言及せずに返事をした。
いつもなら優愛はお願いがある時は、放課後の人がいなくなるタイミングを見計らって、オタク君をチラチラしている。
だというのに、今日はまだ他の生徒がいる放課時間に、真剣な表情でオタク君に詰め寄ってお願いをしているのだ。
オタク君は席を立ち、優愛の後をついて行く。
クラスを出て廊下を歩き、別のクラスの教室の前で優愛が立ち止まった。
「あの子、私の友達なんだけどさ、あれ見てよ」
優愛に促され、オタク君は教室を窓から覗き込む。
優愛が指さす方向には、机に座ってだるそうにスマホを覗き込んでいる少女がいた。
オタク君はその少女に見覚えがあった。
前に優愛とエクステを買いに行く時に、優愛がケンカした友達だ。
「リコって言うんだけどさ」
「そのリコさんがどうしたんですか?」
どうしたか優愛の口から聞く必要はなかった。
オタク君達が見ている前で、リコはクラスメイトの女子達からちょっかいをかけられ始めたからだ。
「ちょっ、その天パウケる。消しゴム投げたら埋まったんですけど」
「お前さ、チビのくせに態度デカくてむかつくんだわ。ねぇ聞いてる?」
それでも我関せずといった様子のリコに対し、女子達がちょっかいをかけ続けると、近くにいる男子たちも一緒になってからかい始めた。
不快感をあらわにするオタク君と優愛。見ていて気分の良い光景ではない。
「あの、あれってイジメじゃ」
「あー、本人に言っても、それは否定されるんだよね」
「止めさせた方が良いんじゃないですか」
「うん。その事でオタク君に相談があるんだよね。ちょっと教室に戻ろっか」
「でも……分かりました」
やめさせた方が良い。そう言ったオタク君だが、やめさせようとしても、やめさせられない事は理解していた。あの手の連中は言って聞くわけがない、と。
だからと言って放置をすれば、段々エスカレートしていき、最後は取り返しがつかない事になる。
優愛は相談があると言った。つまり彼女には何らかの打開策があるのだろう。
後ろ髪を引かれる思いをしながら、オタク君は優愛と共に教室に戻って行った。
「それで、僕に相談と言うのは?」
「うん。明日なんだけど、登校前にウチに来てくれない?」
オタク君は「はぁ?」と言う言葉を必死で飲み込む。
(なんだか話の前後のつじつまが合わないけど、まだ鳴海さんの説明の途中だ。最後まで聞いてから判断しよう)
「朝、鳴海さんの家に行ってどうするんですか?」
「うん。リコを家に呼ぶから、私にしたみたいにリコをイメチェンして欲しいんだよね。可愛くなるように」
「イメチェンしたところで、イジメはなくならないんじゃないかな……」
「大丈夫、そこはちゃんと作戦があるから。作戦のためにはイメチェンが必要なの」
「それは僕じゃないとダメなんですか?」
「自慢じゃないけど、私がやったら失敗するよ!」
(それは本当に自慢にならないな)
優愛は別に不器用と言うわけではないが、慣れない事をすると失敗する事が多い。
なので、手先が器用なオタク君にお願いする事にしたのだ。
しかし、頼まれたオタク君は、つい先日リコに「きもくね?」と陰口を叩かれた挙げ句、睨まれたばかりだ。
そんな彼の決断は。
「分かりました。どんな作戦を用意しているか分からないけど、手伝いますよ」
二つ返事でOKだった。
先ほどのリコの姿が、かつてオタクという理由で馬鹿にされていた自分とかぶって見えた。
オタク君がリコに対して思うところがないわけではないが、それでも見捨てられない。なので、優愛の提案に乗ることにしたのだ。
翌日。
「えっ、なんでコイツもいるの?」
優愛の家でオタク君を見たリコが、目を丸くする。
優愛に呼ばれて朝早くから家に来てみれば、何故かオタク君も優愛の家にいたのだ。
ちなみに優愛の両親は仕事のために不在である。
「えっと、鳴海さんにお呼ばれしたので」
「オタク君をお呼びしたので」
「チッ。それで小田倉を呼び出した理由は?」
「今日リコの髪をいじるって言ったっしょ? それをオタク君がやってくれるの」
「そうか。帰る!」
荷物を片手に帰ろうとするリコを、優愛が必死に説得する。
「ほら、私の今日の髪型もオタク君がセットしてくれたんだよ?」
「知らねぇよ。優愛の髪いじらせたからって、アタシの髪をいじらせる理由にはならないだろ!」
「ねぇリコ。お願い」
「……チッ」
とても嫌そうな態度で、リコはソファに腰をかける。
「おい小田倉ァ!」
「は、はい!」
「ちょっとでも変な真似したら承知しねぇからな!」
「分かりました」
リコはそのままソファに体を預け、好きにしてくれと言わんばかりに脱力し始める。
彼女が聞き入れたのは、なんだかんだ言いながらも、オタク君がセットした優愛の髪型を見て興味がわいたからである。
おしゃれに興味があるお年頃なので。
ソファに座ったリコの後ろに回り込み、オタク君は準備のためにカバンから道具を取り出し始める。
「オタク君のヘアアイロン小っちゃくない?」
「ええ、ドール用なので。一番小さいのを買ったんですよ」
「それなら私の貸してあげるよ。こっちの方が大きいから使いやすいっしょ」
「ありがとうございます。ついでに優愛さんの化粧品も貸してもらって良いですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
三者三様の「えっ?」であった。
「オタク君、メイクもするの? ってか出来るの?」
「リコさんをイメチェンすると言うので、てっきりメイクもするものだと思っていたのですが……」
オタク君は化粧品自体は触った事はない。だがフィギュアやドールのメイクなら、それなりに数をこなしているので、ある程度は出来ると自負している。
勿論それだけで出来るわけではないので、前日にネットで動画を見ながら、必死に覚えて来た。
見ただけでは覚えられないと、自作でそれっぽい道具を作り、自分の顔を使って試したりしながら。
「オタク君メイクも出来るなんて、マジ凄いじゃん!」
「ま、まぁちょっとだけですけどね。えへへ」
そんな二人の会話を聞いて、やっぱり帰ろうかと悩むリコだった。