第5話「オタク君、悪い事何もしてないのに、勝手にオタクとかキモイとか言うの無くない?」
廊下を出て階段を下り、下駄箱へ向かう途中、オタク君の耳に優愛の声が聞こえて来た。
オタク君のいる階段から、丁度死角になる場所に優愛がいた。
「ごめんリコ。今日オタク君と買い物行くことになったから、先に帰ってて」
「んだよ、しゃあねぇな」
優愛が友達といる事に気付き、思わず隠れてしまうオタク君。
別にやましい事があるわけではない。まだ優愛以外のギャルが苦手なだけである。
ここで出て行けば、優愛に友達のギャルを紹介されるかもしれない。そう思って思わず隠れてしまったのだ。
優愛と一緒にいるのは、リコと呼ばれた小柄な少女。
かなり小柄で身長は140あるかないか、言葉遣いや恰好がガサツで少しオラついた感じだ。
ギャルと判断するか迷うところではあるが、優愛と仲が良いという事はきっとギャルなのだろうとオタク君は結論付けた。
「ってかオタク君て優愛のクラスにいる小田倉か? アイツなよなよしてて、なんかTHEオタクって感じだよな。キモくね?」
オタク君が思わず、聞き耳を立ててしまう。
(キモイか、オタクなんだから確かにそう思われるよな)
やっぱり僕がいると迷惑かもしれない。
急用が出来たので帰りますとメッセージを送るべきか。
オタク君がそう思った時だった。
「リコさ、それ酷くない?」
「はっ?」
「オタク君、悪い事何もしてないのに、勝手にオタクとかキモイとか言うのなくない?」
「あっいや」
優愛の声色は、明らかに怒っていた。
リコと呼ばれた少女は、その反応に明らかに戸惑っている感じだ。
動揺しているのはリコだけではない。オタク君もだ。
オタク君もリコも、優愛が「わかる、きもいよね」と言うと思っていたからだ。
鳴海さんは悪い人ではない、頭ではそう分かってはいる。だけど、ギャルから見たオタクの自分への評価なんてそんなものだと思っていた。
だから、自分の事で本気で怒ってくれた事に、動揺と、少しの罪悪感を抱いた。
オタクに偏見を持たない彼女に対し、ギャルという事で偏見を持っていた自分に。
「そのっ……わりぃ。先帰るわ」
そう言って駆け出したリコ。向かっているのはオタク君がいる方向である。
慌てて隠れようとするオタク君だが、間に合うわけもなく、リコに見つかってしまう。
すれ違いざまにオタク君を睨みつけ、そのまま去っていくリコ。
リコが駆け出した方向とは反対へ優愛が歩いていく。
オタク君は息をひそめ、優愛がいなくなったのを確認してから校門へと向かった。
(なよなよかぁ……)
オタク君は、階段に備え付けてある大きな鏡を見る。
ぼさぼさと言うわけではないが、セットしていない髪型に、猫背のメガネが鏡の中にいた。
鏡の前で少しだけ髪を整えて、背筋を伸ばす。
今のオタク君に出来る、精一杯のオタクっぽく見られないための行動である。
彼が自分のために怒ってくれた優愛に出来る、せめてもの誠意だ。