閑話「オタクと専門学校と文化祭」
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「ねぇ、本当に行くの?」
「勿論でござるよ」
「新しい感性を取り入れるのも、創作者の務めですぞ」
ウキウキするチョバムとエンジンを見て、軽いため息を吐くオタク君。
事の始まりは、1ヶ月前。
仕事が終わり、帰宅してパソコンを起動させたオタク君。
パソコンを起動させると、チョバムからグループチャットのメッセージが通知されていた。
『小田倉殿とリコ殿の通っていた、専門学校の文化祭の広告が流れて来たでござる』
かつてリコと共に通っていた学び舎。
卒業して既に10年の時が経ち、プロのイラストレーターとなったリコは時折特別講師として呼ばれたりはするが、プロの道を目指したわけではないオタク君にとっては卒業後は立ち寄る事はなかった。
『うわぁ、懐かしいな』
チョバムが送ってきたURLのトップには、昔と同じ場所で、当時のままの建物が映っている。
少しだけ懐かしさを覚えはするオタク君だが、それ以上の感傷はない。
へぇ、懐かしいな。その程度の感想だった。
『小田倉氏、専門学校の文化祭ってどんな感じですぞ?』
『高校の文化祭よりは力が入ってたかな。調理室がないから飲食関係はなかったけど』
昔を思い出し、文化祭とはいうが、どちらかといえば作品の展示が多かったななどと語るオタク君。
大学に進学したチョバムとエンジンにとっては、オタク君の話は、自分たちの選ばなかったもう一つの道。だからこそ余計に新鮮に感じあれこれと質問をしてしまう。
そんな2人にあれこれ聞かれ、昔話に興が乗ったオタク君も、普段より少しだけ饒舌に過去の話を語る。
時折、当時のリコとの惚気話を交え、そんなオタク君とリコの惚気話を冷やかせば、当然帰ってくる。お前の時だって、という冷やかし返しが。
冷やかしが返ってくるのは分かっているが、それでも言わざるを得ないのは、返されるのも今となっては良い思い出だからだろう。
気づけば文化祭の話そっちのけで、チャット越しに昔話に花を咲かせる男3人。
そして翌日。
『というわけで、小田倉殿の文化祭の入場チケット、3人分予約を取ったでござる』
『お前は何を言っているんだ?』
『クリエイターとしては、次の世代を担う若者の作品というのが気になるでござるよ。エンジン殿もそうでござろう?』
『あー、某はどっちかというと若者の流行とかが気になりますな。若い子と感性がズレてしまうとおじおばにしかウケなくなってしまうですぞ』
『確かにそれもそうでござるな』
あくまでクリエイターとして興味があるという建前を語るチョバムとエンジン。
昔話をしたから、若い頃の文化祭とかが羨ましくなって、行きたくなっただけだろう。当時はあれだけはみ出し者を自称し、文化祭の手伝いを嫌がってたくせに。
流石にそれを口に出すのは火力が高すぎるので、もうちょっとだけ2人の心を抉るように言葉を選び返信をするオタク君。
その日の晩、妻に「あの頃もっと青春しておけばよかった」と寂しそうにチョバムとエンジンが愚痴ったのは言うまでもない。
いくら卒業生とはいえ、卒業してから10年。
自分を知る者は誰もいない。なので卒業生といっても部外者に近い。
そんな自分が文化祭に行くのは、正直気が引けるオタク君。
『悪いけど文化祭に連れて行ってあげて欲しい』
チョバムとエンジンの奥さんから、そんな感じのメッセージを送られてしまっては、断りづらくなってしまう。
オタク君としてはちょっとした冗談のつもりだったが、オタク君の言葉はチョバムとエンジンの心には思ったよりもぶっ刺さってしまっていたようだ。
「というわけで、文化祭に行くんだけど、まだチケット取れるから一緒に行かない?」
「いや、いいわ。久しぶりに男3人で遊んで来い。あいつらに青春を楽しませてやれ」
オタク君がチョバムとエンジンに何を言ったのか聞き、頬を引きつらせるリコ。
母校の文化祭に興味がないわけではないが、ちょっとラインを超えたオタク君の発言を聞き、少しだけチョバムとエンジンが可哀そうになったのだろう。
せめて、少しでも青春を取り戻させてあげるために男同士で行ってこいと、手をしっしと振りながら言う。
そして、迎えた当日。
クリエイター科それぞれの発表や展示品が飾られた教室を、チョバムとエンジンが目をキラキラさせながら見て回る。
ゲーム、イラスト、小説に朗読劇。
それでいて、文化祭らしさを忘れぬようにクラスごとの様々な出し物。
「チョバム氏、このクラスの展示品の輪投げで勝負ですぞ」
「ほらほら小田倉殿もやるでござるよ。最下位が昼飯奢りでござる」
「2人とも、1個も成功してないのになんでそんな強気なの?」
完全に場の雰囲気で適当な言葉を口にし始めているチョバムとエンジン。
「いやぁ、思ったよりも楽しかったでござるな」
「そうですな」
少し遅い昼食を近くの喫茶店で済ませた3人が、今日の感想に花を咲かせる。
どの展示が良かった、声優科の演技が良かった、展示はあれが面白かったなど。
ある程度周りはしたが、帰るにはまだ早い時間。しかし、2週目をするのはどうかなと思っていた時だった。
「そう言えば、隣の建物も専門学校の校舎でござるか?」
「あー、あっちは高等部の方だね。専門学校だけど高校の卒業の資格が取れるって感じだったかな」
「時間もあるし、ちょっと見て行かないかですぞ」
「別に良いけど」
「それじゃあ、食べたら行くでござる」
少しだけ浮ついた空気のまま、高等部の校舎に入っていくオタク君達。
だが、中に入った時点で異変に気づく。ここは違う。明らかに異質だと。
というのも、オタク君が居た校舎はアニメ、漫画、イラスト、シナリオそして声優。
行ってしまえばオタク向けの科が多い。
対して、隣の校舎は、美容や服などのファッション関係が主である。
明らかにオタクな格好をしてきたわけではない。むしろ当たり障りのない普通の格好。
だというのに、オタク君たちは周りから物凄く浮いてしまっている感覚に襲われる。
周りが物凄くキラキラしているのだ。生徒も外来のお客さんも、まるでモデルか何かかと言いたくなるような気合の入れたファッションで。
入り口から入ってチラシを渡された手前、回れ右をして帰るわけにもいかない。
物凄くキラキラした空間を尻目に、展示を少し見てはコソコソと移動する3人。
このまま外周をぐるりと回り、出口へ行こうと足を速める。が。
「あっ」
そこで、先頭を歩いていたオタク君が、目を合わせてしまう。出口前にあるもう一つの教室から覗く少女と。
「おーい、お客さんきたよー」
少しだけ気怠そうな声で、少女が教室に向かって言うと、中から現れたのは、女子高生の集団である。
どーぞどーぞと適当な感じで案内され、オタク君達が教室の中に入っていく。
教室の中にいる女子高生を見て、冷や汗が止まらないオタク君達。
「ってか、何から案内してたっけ。客来てないから忘れたわ」
「あー、ダーツっしょ。あとボーリング」
「それよりお兄さんたち、映えスポットあるから写真撮らない? 3人で取るならカメラマンすっけど」
女子高生など、歩いていればどこにでもいる。
別に珍しい物でも何でもない、何なら十数年前は女子高生である優愛たちと一緒に話していた。
だが、時の流れというのは残酷である。もはや女子高生に対する耐性は完全に失われていた。
「小田倉殿、それじゃあ先に写真撮るでござるか?」
「うわっ、今お兄さんござるって言った。ねぇねぇ、今ござるって言ったの聞いた!」
「知ってる知ってる、あれっしょ。お兄さんオタクって奴でしょ?」
「マジで、オタク君じゃん」
冷や汗が止まらないオタク君、チョバム、エンジン。
チョバムの失言に文句を言おうにも、何がおかしいのか女子高生たちは面白おかしく話しかけてくる。
オタク君たちの教室の滞在時間は、時間にして10分ほどだっただろう。
校舎から出たオタク君たちは、完全に意気消沈していた。
「なんていうか、僕たち、もうおっさんだね」
「ですな。某、目が合ったら、その瞬間に警察に捕まりそうな気がして必死でしたぞ」
「小田倉殿はオタク君呼ばわりは慣れているから良いでござるが、拙者たちはキツイでござるよ。年齢的にも」
「僕だってキツイよ」
今日1日の体験が吹き飛ばされるほどのインパクトを受けたオタク君たち。
夕暮れまで適当にウインドウショッピングをしてから、居酒屋で酒を入れバカ笑いをしながら文化祭を振り返る。
なんだかんだで、終わってみれば楽しい文化祭だったなと。
学生時代には、斜に構えて、どこか心の中では「学校の生徒どころか、外来のお客さんも楽しんでないだろう」などと考えてたチョバムとエンジン。
だが、この歳になって思う。来てくれていたお客さんは本当に楽しんでいたんだなと。
だって、自分たちは今日一日こんなにも楽しかったのだから。と。




