閑話「ギャル男に優しいオタクちゃん」
元々は文庫の書下ろしに収録しようとして、流石に微妙だよなと思って封印してた物になります。
「ウェーイ、オタクちゃん。ちょっと良いかな?」
どこにでも居る、日焼け金髪ギャル男の成海 雄介高校1年生。
彼がクラスメイトである小田倉 幸に声をかけたのは、ただの気まぐれだった。
放課後にいつもだべっているダチが居なかったので、暇つぶしにと、近くの席に居た小田倉に声をかけた。それだけである。
「えっと、オタクちゃんって、もしかして私の事、かな?」
「いや、ってか他に人いねぇべ?」
小田倉は返答に困った。
彼女は確かにオタクである。
だが、かつて中学時代に同級生の男の子同士のBL本を描いていた事がばれ、バカにされた事もあり、高校になってからは、極力周りにオタバレをしないように気を付けてきたつもりだった。
なのに、いきなりクラスのギャル男からオタクちゃんと呼ばれたのだ。
(ギャル男にオタクちゃん呼ばわりされるって、酷いけど、何かドキドキするかも)
彼女はちょっとだけ喜んだ。
見事にネットに毒されているオタクである。
とはいえ、流石にそれを肯定して、次の日からクラスメイトにオタク呼ばわりでバカにされるのは避けたい。
「小田倉って苗字だけど、別にオタクじゃないから」
「えっ、でもオタクちゃん、授業中に男同士が抱き合ってる絵とか描いてんじゃん?」
「んなっ!?」
小田倉ことオタクちゃんは気づいていなかった。
自分の横の席や後ろの席からは見えないようにガードしていても、斜め後ろの席からは丸見えだったという事を。
そもそも、そんな風に隠れるようにコソコソ何かをしていたから、何かしていますよとアピールしているようなもの。雄介が見てしまったのは別に偶然でも何でもない。彼女自身の失態である。
幸いにして、オタクちゃんの席は窓際の後ろから2番目。オタクちゃんが絵を描いている事に気づいているのは雄介だけだ。
……多分。
「そ、それで鳴海君。何か用かな?」
本人はさり気ないつもりであるが、必死に話題を変えているのは傍目からは一目瞭然。
「それがさ、このミサンガ、ヤバくね?」
しかし、雄介は彼女の動揺など気にもせず、そう言って腕を出す。
彼にとって、オタクちゃんが絵を描いている事は、重要ではないからである。
オタクちゃんがオタク趣味の絵を描いてても、別に好きなら良いんじゃね?
その程度の認識である。
全く興味のないアクセサリを見せられた上で「ヤバくね?」と言われ、返答に困るオタクちゃん。
クラスメイトとはいえ、ほとんど話した事ない相手を「オタクちゃん」と呼ぶ事の方がヤバくねと言いたい気持ちを、グッとこらえる。
「ごめん、どうヤバいのかな?」
「このミサンガ、自分で作ってみたんだけど、どうよ?」
雄介のミサンガを見るオタクちゃん。
ミサンガには色とりどりの、と言えば聞こえは良いが、無秩序にカラフルにしてしまったために綺麗とは言い難い代物に出来上がっている。ところどころ糸はほつれ、悪い意味でヤバイ。
「えっと、独特な模様だね」
「あー、そうなるよな」
困り顔で言葉を選ぶオタクちゃんを見て、雄介も察する。悪い意味でヤバイのだなと。
「実はさ、これが欲しくて自分で作ってみたんだけど、なーんか上手くいかないんだよね」
テンションは下がっているが、それでも雄介の口はペラペラと動く。
マジリスペクトしてるアイドルグループがとか、聞いてもいない事をオタクちゃんに説明しつつ、スマホを操作し画面を見せつける。
「これを作ろうとしてたのよ」
「ふむふむ」
画面の中には、雄介のようなギャル男のグループが、ミサンガを見せつけるようなポーズをしている。
ファッションに疎いオタクちゃんでも、そのミサンガはセンスが良く感じられた。
「確かにヤバイかも」
特別ギャル男にもミサンガにも興味がないオタクちゃん。ヤバイと思ったのはそのポーズである。
明らかにネットミームで有名なポーズを全員が取っていた。自転車で撮影会場まで来たのかと突っ込みたくなるような。
「マジパネェっしょ!」
先ほどまでテンションが下がっていたと思ったら、アイドルグループや、ホストの写真を見せては一人で盛り上がる。
「そういや女子ってこういうの得意そうだけど、オタクちゃん作れたりしない?」
「いやぁ……なんというか……」
作れるか作れないかで言えば、オタクちゃんは余裕で作れる。
何故なら、2次元のキャラをイメージしたグッズなど、普段から作ったりしているので、ミサンガ程度、彼女にとって作るのなんて朝飯前である。
しかし、作ったところで相手が満足する物が出来るか不安、というのは建前で、「彼氏の為に尽くせるように努力した」という黒歴史が疼くので。ちなみに彼氏とはもちろん2次元のキャラ。このオタクちゃん、割と強火のオタクなのである。
「あー、やっぱ無理だよね。変な事言って、ごめん」
かつての黒歴史が疼くが、目の前でしょんぼりと眉を落とす雄介を見ると、少々心が痛むオタクちゃん。
「いや、出来なくはないけど……」
「マジで!? オタクちゃんやばくね!?」
「そ、それほどでも~」
「ねぇオタクちゃん、もし良かったら、これと同じの作ってくれない?」
両手を合わせ、拝むポーズをする雄介。
拝んだ拍子に、普段はチャラチャラしてどこか自信有り気な雄介の顔が、オタクちゃんにはとても頼りなく映る。
(べ、別に強気男子が見せる頼りない表情なんて見てないから!)
必死に自分の心に嘘をつきながら、雄介の顔を見るオタクちゃん。
もしこの教室に他の生徒が居れば、オタクちゃんのニヤケ顔がバレバレだっただろう。
「良いけど、その代わり私が絵を描いてた事、皆に内緒にしててくれるかな?」
「そんなので良いの? オッケーオッケー約束する。オタクちゃんマジ感謝!」
喜びの余り、先ほどの頼りない表情から、おもちゃを買ってもらった少年のような笑みを浮かべる雄介。
「あっ、そうだ。オタクちゃんが柄を忘れないように画像送るから、メッセージアプリ登録させてくれる?」
「あまりやった事ないけど、登録はこれで良いのかな?」
「オッケまる。それじゃあ後で画像送るからヨロシク!」
「おい、雄介まだ教室に居るのかよ。さっさと帰るぞ」
「おう、今行く。それじゃあオタクちゃん、またね」
「あっはい。さよなら」
友達に呼ばれ、ハイテンションでバタバタと教室を出ていった雄介を見送るオタクちゃん。
「さてと、今日は部活もないし、さっさと帰って作るかな」
やれやれと言った感じで呟くオタクちゃんだが、男の子と仲良く話す事なんて小学生の時以来。しかも相手はギャル男。
彼女は今、ものすごくドキドキしていた。
Q.これ続くの?
A.わかんないっぴ……
9月11日にコミック版「ギャルに優しいオタク君」5巻が発売されます!
是非お手に取ってください
宜しくお願いします!




