閑話「ドールメイデン 後編」
オタク君から衣装一式を受け取り、ほくほく顔の春乃。
「これはユキちゃんに着てもらおうかな。ん~、ミキちゃんも着たい? こらこら、喧嘩しないの、順番で着せてあげるから」
早速受け取った衣装をドールに見せながら、ドールとお話を始める。
ドールに話しかけたり、ドールの性格を話し始めるオーナーの事は事前にSNSで知っていたオタク君だが、自分の父親くらいの年齢の男性が当たり前のようにやっているのを目の当たりにして、うろたえてしまうのは仕方がない事だろう。
だが、うろたえているのは自分だけ。なんなら隣のサークルも「良かったですね」や「うちのこも羨ましがってます」とニコニコ顔で話しかける。当たり前の光景なので。
「はっ、クラッチさん、すまない。代金の事を完全に忘れていた」
デレデレ顔でドールに話かけていた春乃が、キリッっとした顔でオタク君に話しかける。
オタク君が苦笑いを浮かべるのは、春乃の温度差もあるが、値段を聞く前から購入を決めているその覚悟である。
「えっと、そうですね……」
値段は既に決めている。だが、言葉にするのは躊躇ってしまうオタク君。
初参加、それも少々強気の価格設定を考えているからである。
「セットで8000円ですが、大丈夫でしょうか?」
申し訳なさそうな顔をして、最後は声が消え入りそうになるほど。
そんなオタク君に対し、春乃が目を見開く。
「は、8000円ッ!?」
驚くのは何も春乃だけではない。隣のサークルさん達もである。
あまりの驚きように、「あっ、ごめんなさい」と反射的に謝ってしまうオタク君。
「じゃ、じゃあ……」
6000円に値下げします。
オタク君がそう言おうとした時だった。
「流石に8000円は安すぎるでしょ。クラッチさん。初参加で不安なのは分かるけど、それは価格破壊になっちゃうよ」
「えっ、安すぎる、ですかッ!?」
「安すぎるよ。これって衣装だけじゃなくて、小物とか色々ちりばめてあるんだから。これなら1万5000円くらいが適正だと思うよ」
「そんなにッ!?」
創作において、オタクというのは、他人に対しては「手間賃もちゃんと取りましょう」と言う割に、自分の手間賃に対してはかなり弱気な人間が多い。
そして、オタク君も弱気な部類に入る。
原材料だけで言えば、1着5000円もかからない。自分の腕なら、上乗せしてこのくらいの金額だろう。
謙遜は美徳的な考えではある。だが行き過ぎればそれは、周りに対し悪影響を及ぼしかねない。
あのレベルの作品がこの値段なのに、こっちのはこんな金額に設定している。そんな風になってしまうのだ。
創作のイベントにあまり参加した事がないオタク君に、それを最初から理解しろというのは酷というもの。
しかし、一度自ら下げた評価は中々上げづらい。だからこそ春乃は諭すようにオタク君に伝える。価格設定の重要さと大切さを。
春乃の言う言葉も、なんとなくだが理解出来るオタク君。
それでも不安になるのは、強気に思えた値段の倍近い価格で売れるのかどうか。
せっかく持ってきたのだから、出来れば完売したいという気持ちがオタク君にもある。
「それなら、時間が経ったら価格を下げていくのでどうだろうか?」
なので、売れなかったら時間ごとに値下げをする。
オタク君が納得する落としどころを提案し、1万5000円と書かれた札をオタク君が持ち込んだ衣装に張り付ける。
本当にこの価格で売れるのだろうか。流石に高過ぎではないだろうか?
そんなオタク君の不安は、開場前に一瞬で吹き飛ばされる事になる。
開場10分前、会場のドアが開かれ、一般参加者が次々と中へ入っていく。
目的のサークルの前についたら、それぞれ番号札を見せ合い、若い番号の順番に整列をしながら。
先着順ではなく、ランダムで配られた番号の、若い人が最初に買えるシステム。
人気のサークルになればなるほど、人が押し寄せる。
参加者がお互いの番号を見せ合い、数量が限定されている品物が順番的に買えそうになければ他に移動したりしながら。
そして、オタク君が委託させて貰っているサークルの前には、既に20人以上の人が集まっていた。
誰もが口々に「クラッチさんの衣装、何着ありますか!?」と口にしながら。
持ってきたのは3着、うち1着は既に春乃の予約済みなので、残り2着。それに対し希望者は20人。
予想以上の反応に、オタク君ビビリまくりである。
しかも、参加者の誰もが衣装は見るが、値段は見ていない。
オタク君はたまたま親が興味を失ったから放置していたドールを貰い受けただけで、メイクもウィッグも、衣装も手作り。なので殆どお金がかかっていないから知らないのだろう。
ドール1体作るのに数万。10万超えだって当たり前の世界。オーダーメイドをすれば、その何倍だって平気でかかる。
もはや数万程度の出費は、誤差でしかないのだ。
開始前から完売が決まり、不安は既に吹き飛んでいた。
いや、もしかしたら「間違いでした」なんて言われるかもと不安になっている辺り、自己評価の低いオタク君らしい。
とはいえ、文句を言われるどころか、ドール写真を褒められたり、再販はないか、この衣装は販売予定がないか聞かれるたびに不安は消えていく。
無事自分の商品が売れ、落ち着いたオタク君がふと会場を見渡すと、もう一つの不安もそこで消え去った。
ドールは女の子の趣味だから、参加者は女性が多いんじゃないか。男でドール趣味は気持ち悪がられないだろうか。
オタク君の不安とは裏腹に、会場の男女比はぱっと見で5:5である。
男だからとか、女だからとか、誰もがそんな事を気にせず、お互いにドールを、いや、うちのこを見せ合って楽しそうにしている。
「クラッチさん。イベントどうです?」
「正直、来る前は女性が多そうとか、結構男性の参加者が多いんですね!」
「あぁ、分かります。私も最初は『男なのにドール趣味とかキモイ』って思われないか不安でしたからね」
「あっ、春乃さんもそう思ってたんですか?」
「うん。それでもやっぱり好きだから、参加してみてね。そしたら男性も女性も同じくらいの人数でビックリしましたよ」
初参加の頃は、こんな不安があったと話す春乃。
その不安はどれも、自分がさっきまで感じていた不安と全く同じ。
オタク趣味に関して、周りから後ろ指をさされていないか不安に思う事が多いオタク君。
だが、それはオタク君の自己評価が低いからそう感じるだけで、不安に思うような事など実際は起こりえない。
オタク君がその事を友人を通じて理解するのは、もう少しだけ先の話である。
「そうだ、後で他のドールオーナーさんに混じって撮影しませんか? クラッチさんの子見たいって知り合いが居るんですよ」
「良いんですか!? 是非!」
初めてのドールイベント。
沢山のドールに囲まれ、イベントを満喫したオタク君。
色々なドールを見て影響を受けたオタク君が、自分のドールだけでなく、後に優愛たちのメイクにも活かされる事となる。
Q.ドールっておいくらするの?
A.銀様のドールと、着せ恋のドールを買ったらどっちも18万くらいでした。




