閑話「ドールメイデン 中編」
どこにでも良そうなサラリーマンの男性。
それが今回一緒に参加する男性を見たオタク君の印象である。
ドールイベントなのだから、きっとフリフリのドレスを着た女性だらけだろうと思っていただけに、あっけに取られた表情を見せるオタク君。
そんなオタク君に対し、一瞬だけ戸惑う男性だが、すぐに理解する。
「あぁ、HNが『春乃』だから、もしかして女性と思われてたかな?」
「あっ、はい……というか参加者って女性ばかりと思っていたので」
素直なオタク君の反応に春乃が声を上げて笑う。
オタク君の初々しい反応に、本当にドールイベントは初参加なのだなと理解し。
「とりあえず、立ち話もなんだから、サークルスペースまで行こうか」
「えっ、でも、まだ開場はしてないので入れないですが」
オタク君の言葉に、春乃が自分の頭を軽く叩きながら「おっとそうだった」と独り言のように呟く。
「私としたことが、クラッチさんの分のサークル入場チケットも用意してあることを伝え忘れてた。もしかして入場券はもう買ってしまった後だったりするかな?」
「いえ、まだですが」
「そうか、それは良かった」
そう言って、春乃がオタク君にサークル入場チケットを手渡す。
チケットを受け取り、代金を支払おうと財布を取り出すオタク君だが、春乃は手を出しストップをかける。
「お金は気にしなくて良いよ。そうだな。その代わりと言っちゃなんだが、設営を手伝ってもらって良いかな?」
学生からお金を取る気はない春乃だが、とはいえタダであげれば相手も委縮してしまうのは分かっていた。
もし萎縮しなかったとして、それが当たり前だと思うようになってしまってはいけない。
なので、あえて設営の手伝いをお願いをオタク君に頼む事にした。
入場チケットと比べれば、サークル入場チケットは割高になる。オタク君もそのくらいは理解していた。
初対面の相手に、オタク君からすれば割と大金のチケットをただで貰うというのは心が引ける。
とはいえ、相手はお金を受け取る気はない。色々と心の天秤にかける。
「設営は手伝います。それとは別に、チケットのお礼に、今回持ってきた衣装を一着と交換でどうでしょうか?」
やはりタダで受け取るわけにはいかない。なのでドール衣装と交換を申し出たのだ。
そんなオタク君の言葉に、春乃がアゴが外れるのではないかというレベルで驚きの表情を浮かべる。
「えっと、クラッチさん。流石に衣装と交換はやりすぎだよ」
ハハハと笑いつつも、春乃はオタク君の手荷物をチラチラ見る。オタク君の作ったドール衣装は欲しいので。
「でも、それじゃあクラッチさんの気が済まないですよね。それじゃあ、開場前に一着予約させてもらうで良いかな!?」
興奮から早口で話す春乃、オタク君としては買い取ってもらえるなら全然構わないので断る理由もない。
ちょっと気は引けるが、本当にそれで良いのか確認しながら、ルンルン気分の春乃と共にサークルスペースへと向かっていく。
設営は30分もかからずに終わった。
元々並べる物の準備も、値段を書いた表も作ってあったので、オタク君が手伝うまでもなくテキパキと春乃はサークルの準備を済ませていく。
そして、少しだけ余ったスペースに、オタク君が今日の為に持ってきた衣装を並べて完了である。
本日オタク君が持ってきた衣装は3着。
赤ずきんをイメージしたようなゴシック調の衣装、フリルをふんだんに使った甘ロリ衣装、黒と赤で派手なコントラストを見せるパンク衣装。
それを見て、春乃が子供のように目を輝かせる。どの衣装も彼にとっては宝石のように輝いて見える。
写真で見たものと違い、実物は3割増しで可愛く見える衣装に目を奪われていた。
「えっと、春乃さんの興味を引く物があれば取り置きしますけど」
「本当かい! そうだな、どれも良い出来だし悩むなぁ。というか小物とか凄いけどどこで手に入れてるんだい!?」
キラキラ輝くドールサイズのアクセサリを眺める春乃。
自分の中では、上手く作れた自信があるだけに、オタク君もちょっとだけ自信有り気に答える。
「友達に小物作るのが得意な子が居るので、教えて貰って作ってみました」
ちなみに得意な子というのは、委員長の事である。
小物以外にも、ドールと相性の良い衣装や髪型をしているので、最近ではドル活で委員長のアドバイスを貰い更なるスキルアップをしているオタク君。
「その知り合いにウィッグも手伝ってもらって、出来たのがこの子です」
そう言って取り出したのは、SNSにアップしていたオタク君のドール。
本日は販売する甘ロリ衣装と同じものを着せている。それを見て、春乃は一瞬で心を奪われた。
オタク君が選んだヘッドは、幼い印象を与えるやや丸いヘッド。そんな幼い印象のヘッドに施された地雷系メイク。可愛さとクールさを共存させ見事としか言えないその表情。
ウィッグはリボンを髪に絡め、バランスが崩れないように巻いてあるのはもはや芸術の域である。
全てが手作りの一品物。販売するためでないからこそ、作るための時間を惜しまずに研磨し続けたのが一目でわかる。
その証拠に、春乃だけでなく、隣のサークルの人たちも、オタク君のドールから目を離せないでいた。
「その子と同じ衣装を予約でお願いします!!」
3着の衣装のどれが良いか悩んでいた春乃が、オタク君のドールを見て即決断する。
同じ衣装を着せても、ヘッドやウィッグで印象は変わってしまう。だが、それでも同じ衣装が欲しいと思ってしまった。少しでも『うちのこ』がオタク君の『うちのこ』に近づけるようにと。
ギャルに優しいオタク君5巻
9月11日発売予定!




