閑話「ドールメイデン 前編」
7月。
既に真夏と行っても差し支えのない炎天下が連日続いている。
外の気温が40℃を超え、太陽の光で存分に熱されたアスファルトにより、実際の温度は更に高くなっていく。
外に出る事自体が自殺行為。だというのにオタク君は大きなカバンを大事そうに抱え、朝から外を出歩いていた。
「ここが今日の会場か」
到着したのは市が経営する施設、500人規模の収容が可能なホールに、複数の会議室。そしてオタク君が向かう展示場。
それなりに大きい展示場で、中には数百人ほどは入れるほどのスペースがあるため、同人の即売会の会場にたびたび使われている。
ちなみに、今回はオタク君が来た理由は、同人の即売会ではない。
(うちの子連れてくるの初めてだな)
そう、ドールのイベント出来ているのだ。
ドール趣味はあったオタク君だが、この手のイベントやお店にはあまり行った事がない。
理由は二つ。
まず、その手の交流を持った相手が居ないから。
交流がないから行かないというよりは、交流がないのでその手のイベントの情報をキャッチできないので行きようがない。
そして2つ目に、金銭。
ドール用品を買おうと思えば、ウィッグ1つで数千円、衣装を買おうものなら数千~数万は余裕で飛んでいく。
とてもじゃないが、高校生のお小遣いでは、店に通うのも、イベントに通うのも難しい。
なので、普段からドールは中古のウィッグをカットしてから整え、ヘッドはメイク済みは高いので未塗装品を買ってきて自分でメイクを施し、衣装も手作りという費用を出来るだけ抑えた活動をしている。
時折SNSで「#うちのこかわいい 」とタグをつけて、写真をUPしたりしては、細々としていたオタク君。
だが、ある日たまたまオタク君のドール写真をSNSが拡散され、想いも寄らぬ人気が出てしまった。
『実物を見てみたいです!』『衣装素敵ですね。こちらはどこのブランドでしょうか?』『メイクやばい、これ自作ですか!?』
コメントに対し、返事をするオタク君。その返事が更に拡散される原因になる。
ウィッグもメイクも、なんなら衣装も自作。そのどれもがハイレベルで、これほどの逸材が今までドール界隈に認知されずにいたのかと。
自分のドールが褒められれば悪い気はしない。見たいといわれればいくらでも見せよう。だってその為にSNSに写真を上げているのだから。
しかし、それでも懸念があった。参加費である。
電車は定期があるから良いとして、見せに行くだけでドールイベントの参加費を払うのはやはり高校生のオタク君には厳しい。
でも、自慢のうちのこ、周りに見せたい気持ちもある。
そんなオタク君の気持ちを動かしたのは一通のDM。
『もし宜しければ、ウチで委託販売しませんか?』
SNSで参加を渋っているオタク君に対し、出店側のドールオーナーからのお誘いであった。
オタク君のドールが拡散された事により、オタク君の過去のドール写真も拡散され、その中でひと際人気の写真、その写真の衣装を作って販売しないかという誘いである。
委託で売れた分は全てオタク君に還元され、本来出店にはお金がかかるがその料金を割り勘など求めないという内容まで書かれていた。
一着でも売れれば十分すぎるほど元が取れる。その上、場所代も取られないのならもし売れなかったとしても損失は参加費分だけ。
とはいえ、あまりにもうまい話過ぎて怪しむオタク君だったが、DMの内容を見て納得する。お気持ち強め長文なので内容は割合するが、要は送り主がオタク君のドールに惚れこんだ。それだけの話である。なんなら作ったら一着は自分が買いたいというほどに。
自分のドールを見て貰いたい、ドール衣装を作って売れればお小遣い稼ぎになる。
もはやオタク君の中で断る選択肢はなかった。
『是非、宜しくお願いします』
返答を返し、日程を確認し、早速作業に取り掛かったオタク君。
そして、迎えたドールイベントの日。
炎天下の中、イベント開始1時間以上前だというのに、既に参加者の列が出来ていた。
列に並ぶ前に、本日委託をお願いする人に会うため、スマホを片手にキョロキョロと周りを見渡す。
自分の格好を教え、指定された待ち合わせ場所へ向かうオタク君。現地について今更ドキドキし始める。
男なのにドール趣味って、もしかしたら気持ち悪いと思われるかも。そんな不安で。
「もしかして、クラッチさんですか?」
「あっ、はい」
待ち合わせ場所についたオタク君が、HNで呼ばれ驚き振り返る。
もしかしたら男なのにドール趣味は気持ち悪いと思われるかもと思っていたが、相手も男性だったので。




