閑話「拙者物語 完」
コンパなどの飲み会で、女性が警戒する男性はどんなタイプか?
下心が見え見えな相手である。
しかし、彼女が欲しい男性というのは基本下心で出来ている。
故に、彼女が欲しい男性ほど、彼女を作るのが難しい。
斉藤真衣がマイナー研究所サークルに入って1年が経っていた。
最初はただ、真摯な態度のチョバムにお礼が言いたい。それだけの気持ちだった。
逃げられると追いたくなるのは本能のようなもの、気づけば、いや、気づかないまま真衣はチョバムに恋をしていた。
どうすればチョバムの気を引けるのか歌音に聞き、オタク系が喜ぶ言動や格好を次々と教えてもらい、吸収した真衣。
ゴスロリのような衣装に地雷系メイク。ツインテールを揺らしながら、時折ボディタッチをしたりと、その言動はまさに完璧であった。
だが、完璧であればあるほど、マイナー研究所の男性諸君は彼女に惹かれる。彼女に惹かれた男性諸君は下心見え見えな行動で真衣の気を引こうとする。
結果、下心が一切見えないチョバムの株が、真衣の中で上がっていく。
チョバムの株が上がり、真衣が尚更チョバムに構ってもらおうとすればするほど、チョバムは警戒する。どう見てもオタサーの姫にしか見えないので。
この現状を、蚊帳の外であるエンジンと詩音も段々と理解していた。
しかし、他人の色恋沙汰にあれこれするのは楽しいが、直接「真衣がチョバムの事好きだって」などと口にするのは流石にやり過ぎになってしまう。
「エンジン君、もしかしてウチ、やっちゃった?」
「そうですな。あれではチョバム氏が警戒するのは仕方がないというものですぞ」
エンジンたちが通う大学の近くにある小さなカフェ。
エンジン、歌音、詩音の3人全員が講義がない時間に集まっていた。2人かけのイスに歌音と詩音、対面にはエンジンが座る。
昼食時を過ぎた時間なので、客はまばらの店内。他の客も少ないおかげで話し込むにはうってつけの状況である。
「そうなん? 何がダメなの?」
注文したアイスコーヒーに口をつけながら、詩音が首を傾げる。
姉の考えたオタク系が喜ぶ行動。オタク化し始めた詩音から見た感想としては、完璧だと思う。
もし自分がエンジンにサプライズで喜ばせるなら、似たような事をしようと考えていたので。
「あれではオタサーの姫ですぞ。いわゆるサークルクラッシャーな」
「サークルクラッシャーって、マイナー研究所の皆は仲良くしてるけど?」
「それはひとえに、真衣氏がチョバム氏以外には一定のラインを引いてるからですぞ。それもそろそろ限界な気がしますな」
困ったように肩を落とし、エンジンがため息を吐く。
「マイナー研究所で真衣氏がチョバム氏狙いなのは、チョバム氏以外はなんとなく察しているですぞ。最近は『それでもワンチャンがあるかも』みたいなことを冗談めかしていう先輩が増えてきましたな」
「ってか、それだけ他の人が惚れてるなら、なんでチョバム君は真衣に反応示さないの?」
歌音の言葉に、詩音が「それな!」と言って同意する。
「歌音氏と詩音氏は、高校時代に毒島氏の名前を聞いた事ありますかな?」
「確か文化部で浮気繰り返して有名な人だっけ?」
「知ってる知ってる。8股がバレて、うちらの間では『ヤマタノオロチ』ってあだ名で呼ばれてたよ」
そこまで自分たちで口にして、理解する。真衣の行動と毒島の行動は多分同じなのだろうと。
だからこそ、チョバムが警戒しているのだと。
「いや、でも真衣はそんな事するタイプじゃないし!」
「そんなのは分かっていますぞ。だから、今日は助っ人を呼んで、と噂をすればなんとやらですぞ」
おーいと手を振るチョバムに、一人の青年がお待たせと声をかけ、チョバムの隣に座った。
「小田倉君じゃん、久しぶり」
「ってか、髪の毛茶色染めて、ってか服とかなんかめっちゃオシャレになってるじゃん。大学生デビュー?」
「ははっ、そんなところかな」
彼女の前で良く見せたい一心で、高校3年生辺りから男性向けファッションを一生懸命勉強した小田倉ことオタク君。
歌音と詩音に褒められ、満更でもない様子ではにかむ。
「それよりチョバムの相談だっけ。思ったよりもややこしい事態になってるみたいだね」
「そうそう。聞いてよ」
この中で、一番真衣と仲良くしていた歌音だからこそ色々と積もる愚痴があるのだろう。
チョバムと真衣の仲を取り持とうとして失敗した話を聞き、オタク君とエンジンが頬を引きつらせる。そりゃあ失敗するわと。
「って感じなんだけど、どうかな?」
途中でエンジンや詩音の補足も交え、話し終えた歌音。
話を聞き終えたオタク君が、腕を組み、考える事数秒。
「なんとかなりそうだし、そのマイナー研究所ってサークルに僕も行って良いかな?」
「「「えっ、なんとかなるの?」」」
エンジン、歌音、詩音の言葉が綺麗にハモる。
オタク君が軽く頷くと、3人が目をぱちくりとさせた。
こじれにこじれた関係を、いとも簡単に「なんとかなる」と言ってのけるオタク君に、「どうやって!?」と質問攻めをするが、「まぁみててよ」とオタク君は勿体ぶるばかり。
どういう方法なのか、結局オタク君が口を割らないまま、4人は喫茶店を出て、そのまま大学へ向かい、マイナー研究所サークルへと足を運ぶ。
マイナー研究所のサークル室を開くと、中でチョバムが一人、スマホを弄っていた。
「あれ、小田倉殿に歌音殿、会うのは久しぶりでござるな。今日はどうしたでござるか?」
「うん。実は……」
挨拶をソコソコに、オタク君が口を開く。
「真衣さんって女の子の事なんだけど。真衣さんがチョバムの事好きだって、チョバム自身が良く分かってるだろ?」
オタク君、開口一番に爆弾発言である。
全員が目と口を大きく開き「何を言ってるんだコイツ」という目で見るが、オタク君はどこ吹く風。
気にせずに言葉を続ける。
「僕やエンジンもそうだったけど、オタクだからとかいって、気づかない振りしてるんだろ」
「いや、拙者はその……」
「早く素直になった方が良いよ。そういうのをズルズルして、長く続けば続くほど意固地になって苦しくなっていくだけだから」
ブーメラン発言かと思われたが、最後に苦笑いを浮かべ「僕の時みたいにね」と付け足すオタク君。
オタク君に対し、言い返そうにも、何も言い返せない。チョバム自身分かっていた事ではある。それでも自分に自信が持てずなぁなぁにしてきた。
もしこれがただの自惚れで、告白してごめんなさいだったら立ち直れない。
告白する事も、突き放して諦める事も出来ず、髪の毛を金髪に染め直したり、ちょっとだけファッションを意識したりして、女々しく今の関係にしがみついていた自覚があるだけに、オタク君の言葉がチョバムの胸を打つ。
少しだけ頭を掻いてみたり、考え込んで百面相の表情を見せるチョバムが、観念したようにだらりと椅子に体を預ける。
「小田倉殿の言う通りでござる……でも、まだ心の準備が出来ないでござるよ。もうちょっと、もうちょっとだけ待っててほしいでござる」
チョバムが自分の気持ちと向き合った。それだけで十分な進歩である。これで何とかなると、笑顔を見せたオタク君たち。
後は時間の問題。かと思われた。
バタバタと足音が聞こえたと思ったら、マイナー研究所の扉が足音とは反比例にゆっくり開かれる。
「おっ、チョバム先輩にエンジン先輩。あとなんで相方が居るんすか?」
扉を開けた主は、褐色肌に金髪のギャル、のコスプレを自称する少女、めちゃ美である。
今年からエンジンたちと同じ大学に入り、驚かせるために何も言わずにマイナー研究所のサークル室へやってきたのだ。
アニメTシャツを着てる詩音を見て「オタク化したギャル、これはこれで最高っすね!」とテンションを上げながらサークル室に入ってくる。
緊張していたムードが、一気に和らいでいく。
「そういや相方知ってるっすか? チョバム先輩に春が来てるらしいっすよ。なんかチョバム先輩の事好きだって物好きがこのサークルに居るらしいっすよ!」
「あっはい。その物好きです」
開けっ放しの扉から、真衣が物凄く申し訳なさそうに顔を出す。
和らいだ空気が、一瞬で凍り付いた。誰もが言葉を発する事も出来ず、その場で立ちすくむ。
めちゃ美に至っては、冷や汗が大量に流れ出している。
「えっと、チョバム君、気づいてたって本当かな?」
「はい」
物凄く気まずい会話に、お互い半笑いである。笑うしかないとも言える。
「告白。待った方が良いかな?」
「せ、拙者は別に今からでも良いでござるが」
物凄くなぁなぁな感じで告白が始まる。気を利かせたオタク君たちが、チョバムと真衣を残し、一旦サークル室から出た。
マイナー研究所のサークル室で一体どんな告白劇があったのかは分からないが、サークル室から出てきたチョバムと真衣が仲良く手を繋いでいたのだから、きっとめでたしめでたしなのだろう。
後日。ジントニックから「未成年が飲酒して酔っ払ったのを適切に介抱してくれたおかげで、下手したらテニサーが廃サークルどころか、サークルメンバー全員退学の危機から救った」という評価をされている事を知り、チョバムは思わず笑う。1年近くテニサーを避け続けていたのはなんだったのだと。
まぁ、そのおかげでこうやって彼女が出来たのだから、なにも文句はないだろう。
夢にまで見た、バラ色の大学生活の一歩を踏み出せたのだから。
本日はガンガンオンラインにて漫画版ギャルに優しいオタク君の更新日です
良ければそっちも見てね!




