閑話「拙者物語 5」
斉藤真衣。
大学に入る前の彼女は、一言で言えば垢抜けない少女であった。
田舎にあるそれなりの高校に進学し、それなりの成績を収め、それなりの大学へ進学する。
そんなそれなりを維持するために、必死だった。
必死に勉強し、大学に受かり、色々と肩の荷が下りたところで、気づく。
周りはオシャレをしたり、夢に向かったりして輝いている。
なのに自分はなんだ?
服は親に買ってもらったもの。
手入れはしているが、ただそれだけの伸ばしっぱなしの髪。
化粧の仕方も分からない。
同級生が進学して何するかを話しているのを聞くたびに、正体の分からない焦燥感が真衣を襲う。
別に何かしたくて大学を選んだわけではない。自分の成績に見合った良い大学を選んだだけ。
これが親に言われて勉強してただけならまだ良かっただろう。焦燥感に対して親に言われたからと免罪符が出来たから。
しかし、彼女の親は特に何も言わない。ちゃんと高校出て、大学に行きたいなら行けば良いよ程度。
成績だって親に強制されたわけではなく、ただ勉強し、結果を出したら、その結果に見合った努力をしないといけないという謎の義務感だったから。
焦燥感はあるが、それでも大学に通えば何か変わるかもしれない。
大学のある場所は、自分の済んでる地域と比べて断然都会。都会に行けば何か変わるかもしれない。そんな期待を胸に、大学へ通い始めた。
そして、知る。そんなものは幻想だったと。
高校時代は制服があったから、そこまで差が感じなかった。
私服になり、化粧がOKになり、格差は一気に広がる。
(義務教育で化粧の仕方を教えるべきだと思う!)
だから彼女は一発奮起をした。
子供の頃から将来のための貯金と言われて貯め続けたお年玉。その額、10万以上。
全てを引き下ろし、初めて手にした大金に手を震わせながら向かったのは、美容院。
「今日は如何致しましょうか?」
「さっぱり分からないので、おしゃれな髪型とメイクをお願いします!」
にこやかに微笑みかける店員の頬が若干ひきつる。
当然である。おしゃれな髪型だけでは定義が広すぎるからだ。
とはいえ、そこはプロ。長い方が良いか短い方が良いか、ストレートにしたいか、癖を点けたいのか等聞きながら髪型を整えて、メイクを施す。
「こちらで如何でしょうか?」
その時、真衣の中で衝撃が走った。
初めてのヘアセット、初めてのメイク、今までの自分とは違う自分に。
ヘアセットとメイク。とくれば次は服である。
適当にスマホで大学生に人気のブランドを調べ服屋に行く。が、もちろん何がオシャレかは真衣には分からない。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか?」
「さっぱり分からないので、大学生の女の子に流行ってる服をお願いします」
にこやかに微笑みかける店員の頬が若干ひきつり、納得する。
真衣の格好を見れば、量販店で売ってるようなノーブランド物の、言ってしまえばダサい服。
だと言うのに髪型とメイクはキッチリしている辺り、今から大学デビューなのだなと。
「それでしたらこちらは如何でしょうか?」
そんな相手に上級な着回しやチャレンジ精神のある服を勧めれば、確実に渋って他へ行ってしまうだろう。
なので、ありきたりではあるが、清楚でおしゃれ感のある服を勧める。
試着室で着替えた真衣の中で、またしても衝撃が走る。
初めてのオシャレ、もはや朝の自分とは完全に別物になっていると。
美容院、服、そして靴まで購入し、ほとんどのお金を使った真衣だが、そこに後悔はない。
新しい自分が鏡越しに写るたびに、嬉しい気分になる。
せっかくオシャレをしたのだから、このままどこかへ出かけたい。
そうだ、大学で色んなサークルが新入生を勧誘していた。
そこに行けば、もしかしたら自分にもオシャレな友達が出来るかもしれない。
「でもサークルってどこが良いかな……オシャレでワイワイしてそうなところっていうと、テニスサークルかな?」
どこかで聞いた事があるような偏見を口にしながら、真衣は大学へと向かう。いつもより歩調を速めて。




