閑話「3次元の誘惑(後編)」
何故ここに歌音が居るのか?
そんな事は考えなくても答えが出る。可愛い妹に対し、エンジンが変な事をしていないか確かめるためである。
とはいえ、それなら隠れて見ていた方が良い気がするが。
(デートって、どんな事してるんだろ)
確かに可愛い妹の事も気になる歌音だが、本音としては、デートでどんな事をしているか気になるので無理やりついて来ただけだったりする。
こそこそと隠れて誰かのデートを覗き見した事は何度かあるが、どうしても何を言っているか聞こえなかったりして、どんな会話をしてるか分からなかったりするので。
普通のデートなら、エンジンとしては別に見られても構わない。
だが、今日のデートは詩音にメイド服を着てもらうのが目的。
流石に姉がいる前で詩音に「プリ機でメイド服の貸し出しがあるから着て欲しい」などとは口に出せない。
少しだけ残念な気持ちがあるものの、それならそれで普通のデートをすれば良いと気持ちを切り替えるエンジン。
「エンジン君ごめんね。どうしてもお姉ちゃんがついて来るってうるさくてさ」
あははと、苦笑いを浮かべる詩音だが、内心は複雑だったりする。
せっかくのデート、しかもエンジンが指定した場所はコスプレ衣装貸し出しのあるプリ機。
『詩音氏、好きですぞ。某と付き合ってメイド服姿を見せて欲しいですぞ!』
『はい。喜んで』
文化祭の時の約束を、やっと果たせる。
そう思っていたのに、姉が居るのだ。
姉同伴デート、そんなものでエンジンと詩音が満足するわけがない。
「歌音氏もくるりんを見ていたとは。知らなかったですぞ」
「ほら、前に優愛と小田倉君デートさせるなら、どこに行けば良いか詩音が聞いたっしょ?」
「懐かしいですな」
「詩音とエンジン君はそれがきっかけで付き合う事になったんだっけ?」
そう言って、ニヤニヤと笑みを浮かべながらエンジンを見る歌音。
恥ずかしそうに、エンジンが顔を背け、その隣で同じく詩音が恥ずかしそうに顔を背ける。
なんだかんだで会話に花咲かせる3人。エンジンも詩音も満更ではない様子だ。
というのも、付き合い始めたばかりの2人は、キスは済ましているが、まだ初心な関係。
なので、会話をしようとしても、変に意識し過ぎてどこかぎこちなくなってしまう。
歌音という潤滑油を入れた事により、エンジンと詩音は、普段より少しだけ自然に会話が出来るようになっていた。
だが、それはそれ。これはこれ。である。
自然の会話が出来るようになることが目的ではない。
メイド服を見る事(見せる事)が今回の目的。まぁ、エンジンの方は既に諦めムードで、普通にプリ機を取るだけで良いかという感じになっているが。
どうやって歌音を出し抜くか、ゲームセンターへ向かう途中虎視眈々と詩音はチャンスを窺っていた。
が、早々に良い案が降って湧いて来るわけもなく、気が付けばプリ機のあるコーナーの前である。
別に今日でなくとも、違う日にすれば良いだけなのだが、今の詩音にそこまで冷静な判断力は残っていない。
エンジンは既に諦めモード。歌音は2人の間の約束事など知る由もない。
今日は3人で仲良くプリ機で写真を撮って終わる。そう思われた。
「ったく、歌音のヤツ空気読めてなさ過ぎでしょ」
「エンジンのヤツも、詩音さんの態度に気づけよな」
物陰から3人の様子を見守るのはオタク君と優愛。そしてリコ、委員長、めちゃ美、そしてチョバム。
恋の野次馬軍団である。
「仕方がない。私が一肌脱いであげよう」
「で、なんでアタシの腕を掴むんだ?」
私がと胸を張って言っておきながら、リコの腕を掴む優愛。
優愛に抗議の声を上げようとするが、その隙を狙って、委員長がリコのもう片方の腕を掴む。
「お前ら……めちゃ美ッ!」
「リコ先輩、すまないっす。自分の勘が言ってるんすよ。ついていけばギャルのコスプレ姿が堪能できるって」
ギャーギャー騒ぐリコ。それだけ騒げば、当然エンジンたちもオタク君たちの存在に気が付く。
「おーっす、偶然!」
悪びれる様子もなく、たまたま出会った体を装う優愛。
たまたま出会ったにしては第2文芸部フルメンバーな上に、リコが何か言いたげに連行されている。
もはや尾行していたと説明する必要がない。
あまりの堂々さに、一瞬だけ思考がフリーズするエンジンと村田姉妹。
その一瞬のスキを逃さないように、優愛が畳みかける。
「せっかくだし一緒にプリ撮って行こうぜ。ここってコスプレ衣装貸し出しとかあるみたいだし」
「えっ……あ、うん」
勢いに押され、思わず同時に返事をする村田姉妹。
「それじゃあ、早速借りに行こう」
「まて、アタシは別に」
リコを連行した優愛と委員長が村田姉妹の横を通り抜けていく。
「あっ、村田先輩。フヒッ、先輩たちはメイドが似合うんじゃないかと思うっす」
なんだかんだで、最終的にノリノリな女性陣がコスプレ衣装を手に更衣室へ向かっていく。
女性陣が嵐のように去っていった後、最初に口を開いたのはオタク君だった。
「エンジンさ、もうちょっと詩音さんの気持ちに気づいてあげた方が良いんじゃない?」
オタク君の、親切心からの、アドバイスである。
言っている事は真っ当である。多分詩音の様子を見ていた誰もがオタク君のセリフに対し、共感を示すだろう。あくまでセリフに対してだが。
「チョバム氏」
「了解でござる」
一言で分かるあうチョバムとエンジン。
チョバムがその体系から想像つかない速度でオタク君の裏に回ると、羽交い絞めにする。
そして、間髪入れずにエンジンのチョップが降りそそぐ。
「お前にだけは言われたくないわ! ですぞ!」
「エンジン殿、殴れ殴れでござる!」
「なんでだよ!?」
この後、戻ってきた女性陣が、周りの注目を集めながら羽交い絞めにしながらチョップし続けるチョバム、エンジンとチョップされ続けるオタク君にドン引きしたのは言うまでもない。
理由を聞き、誰一人オタク君の擁護をしなかったのも、言うまでもない。
そして、エンジンと詩音がどうなったかは、言う必要すらないだろう。
次回更新
2月5日(水)




