閑話「移り変わる心模様」
文化祭前。
それは一年で最も甘酸っぱい青春の一ページの起こる時期。
偶発的に何度も起こる告白チャンス。
しかし、そのチャンスを上手く掴めずに文化祭を迎えてしまった者達は、甘酸っぱい青春の一ページから、過ぎ去った青春の日々へと変わっていく。
それを憂う者が一人、秋華高校にいた。
オタク君のクラスメイトである、浅井である。
時を戻す事、夏休み。
文化祭の準備をある程度終え、仲間内のグループを作り、楽しみだねとおしゃべりをするクラスメイトたち。
そんなグループの一つに、浅井、池安、樽井はいた。
「なぁ、聞いて欲しい事があるんだ」
神妙な面持ちで浅井がそう口にする。
そんな浅井に対し、池安と樽井は「ふーん」と適当な相槌で返す。
浅井が真剣な顔でアホな事を言いだすのは、割と日常茶飯事なので。
「俺は勉学を勤しみ、運動部に入りそれなりに体を鍛え、滝に打たれ心を清めた。言わば心・技・体の全てを身に付けてると言っても過言ではない」
浅井の過言発言に、やっぱりアホな事を言いだしたなと思いつつ、苦笑気味に「おっ、そうだな!」と相槌を打つ池安と樽井。
二人の適当な反応に気分を害する事なく、浅井は言葉を続ける。この二人の浅井への反応も日常茶飯事なので。
「それも全て、モテるため。だというのに俺はいまだにモテない。なぜモテないのか考えたんだ」
一拍置き、浅井は静かに口にする。
「俺がモテないのは、愛を与える側だからじゃないだろうか?」
「「ブフォ」」
ただでさえ突拍子のない事を言っている浅井だが、両手を広げ穏やかな笑顔をしているのが池安と樽井のツボに入ったのだろう。
思わず吹き出す池安と樽井。そんな二人の様子を気にする事なく、浅井はマイペースに話を続ける。
「だから、どうすれば俺の愛が多くの人に届くか考えたんだ」
「学校の女子全員に告白するとかか?」
「それはただの浮気性だろ?」
「お、おう。せやな」
「せやろ?」
「せやで!」
「せやろか?」
何故か関西弁になる三人。
このままでは無限ループしそうなので、適当なところで打ち切る浅井。
「というわけで、俺の愛が多くの人に届くように、伝説を作ろうと思うんだ」
学校の女子全員に告白すれば十分に伝説になる。そう言いたい気持ちをグッとこらえ、池安と樽井は浅井の言葉を待つ。
その後、浅井が語った言葉がとてもアホな内容だった。
あまりにアホな内容である。であるが。
「しゃあねぇな」
「そこまで言うなら、手伝ってやるよ」
浅井のアホな内容に、ノリ気の池安と樽井。
普段からアホな提案をする浅井。そんなアホな提案をなんだかんだでワクワクしながら一緒にやる池安と樽井。
彼らもまごう事なきアホだからである。
いやはや、青春である。
文化祭の準備期間に、ある噂がまことしやかにささやかれる。
この学校に古くからある伝説。
文化祭が終わった後の後夜祭で、花火を見ながら告白すれば、その恋は成就する。
もちろん、秋華高校の後夜祭で花火を打ち上げたりなどしない。近隣住人や地域を管轄するお偉いさんに許可を得なければいけないからだ。
なので、そんな伝説は存在しない。存在しないはずだが。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「あっ、後夜祭の話?」
「そうそう」
まるでその伝説が存在するかのように、噂は広まっていく。
恋のまじない事というのは、それがどれだけ眉唾物であろうとも、縋りたくなるのが恋心というものだから。
そして迎えた文化祭当日。
既に文化祭は終了し、一般客は帰り日が沈みかけたころ、後夜祭の準備が始まる。
グランドの中心でキャンプファイヤーが起こされ、それを包み込むように生徒たちがキャンプファイヤーの火を見守っている。
普段なら、生徒が変な真似をしないように教員が数人見張っている程度なのだが、今年は例年と比べ見張りの教員の数が多い。
既に十人以上の教師が目を光らせているキャンプファイヤー。その姿を見て生徒たちは確信する。
(あのウワサ、本当だったんだ)
ウワサとは、大きくなればなるほど変異していくものである。
曰く、卒業した先輩が、実際に後夜祭の花火を見ながら告白して、その相手と結婚した。
曰く、今はないけど、昔は実際にやっていた。
曰く、今年はやる方向で話が進んでいる。
そんなウワサを聞きつけ、学校側は生徒が変な真似をしないようにと教員を増員したのだが、それが余計に生徒たちの期待を膨らませる結果となってしまった。
辺りが暗くなり、生徒たちの期待が最高潮に達した時だった。
「あっ!」
誰かが声を上げ、指を差す。
すると、その場にいた生徒や教師たちが指さす方向に目を向ける。
そこは屋上であった。
屋上から花火が上がっている。
噂通り、後夜祭で花火が上がった。
だが、歓声の声は全く上がらない。
なぜならその花火は、あまりにショボかったからである。
「うおー、思ったよりも熱いなこれ」
屋上では、少しでも多くの生徒に見えるようにと、色んな花火の火薬を詰め込み、派手に火花が飛び散るオリジナル花火を括りつけた棒を持つ浅井。
(※危険ですので、絶対に真似をしないでください)
ド派手な花火ではあるのだが、それはあくまで近くで見る場合に限る。
校庭から屋上までは距離があり、それだけ距離があると流石に小さい花火が上がっている程度にしか見えない。
伝説という割にはショボ過ぎないか?
こんなので効果があるのか?
口には出さないが、誰もが思った事である。
「な、なぁ」
そんな花火を校庭から見ていた男子生徒が、隣に立つ女生徒に声をかける。
「そういえば九月の終わり頃に花火大会あるみたいだけど、その、良かったら一緒に行かない?」
「……うん、良いよ」
伝説成就の瞬間である。
彼らを皮切りに、次々と始まる告白タイム。
告白の成功率はほぼ十割である。
そもそも、後夜祭で一緒に花火を見ながら告白したら恋が成就するというウワサが流れているのだ。
後夜祭を一緒に見に行こうの時点で、結果は既に決まっている。
偶発的に起こる甘酸っぱい青春の一ページを、意図的に起こしただけである。
「おい、屋上でなにやってる! ドアを開けろ!」
「やべぇ、教師がもう来たんだけど、どうするよ?」
「屋上の鍵は俺らが持ってるから、マスターキー持ってくるまではまだ持つはず!」
少しでも愛を届けるためにと、浅井たちは二本目のオリジナル花火に着火準備をする。
時を同じくして、校庭から離れた校舎裏。
「あっ、詩音さん偶然ですね」
「はっ? どうせ姉ちゃんにリークして貰ったんだろ?」
顔を背け、怒っていますと態度で示す詩音。
「ははっ……」
昼間のメイド喫茶の失態をなんとか挽回しようと、優愛経由で歌音に詩音の居場所を聞きだしたエンジン。
声をかけるもツンケンな態度に苦笑いを浮かべるばかりである。
どう声をかけようかと悩むエンジン。
その時、何かに気づいた詩音が「あっ」と小さい声をあげる。
浅井たちの花火である。
屋上から上がる花火。それを見て、ちょっとだけ空気が変わったように感じるエンジン。
意を決し、口を開く。
「俺は、詩音さんのメイド姿が見たいです」
「……別に誰でも良いんだろ。メイドなら」
「他のメイドも確かに良いけど、詩音さんが良い。詩音さんのメイド姿が一番見たいです!」
「そこは、ウチだけって言う場面だろ。バカ……」
小さく、それでもエンジンに聞こえる声で言う詩音。
「では、詩音さんだけで!」
「ふーん。じゃあくるりんちゃんのメイド姿があっても見ないんだな?」
「うっ……」
「ちゃんと否定しろし」
あまりに素直過ぎるエンジンの態度に、詩音がお腹を抱え笑う。
目の端に涙が浮かんでいるのは、笑い過ぎたからか、あるいは。
「ったく、良いよ、ウチ以外のメイドを見ても」
「ほ、本当ですか?」
「その代わり、その喋り方やめてくんない? なんかウチだけハブられてるみたいじゃん?」
「えっ、でもほら。俺と喋ってて詩音さんが周りから変な目で見られたら」
「気にすんなって。ウチもエンジンの周りにメイドがいても気にしないようにしてやるから」
それはちょっと違くね?
そう口にしたいところだが、それを口にすればせっかく許してもらえたのにまた蒸し返す事になりかねない。
「あのさ……いつもの口調で好きって言ってくれたら、今度メイド服着てやっても良いかもしれない、かなー?」
恥ずかしさから目を背け、頬を掻く詩音。顔は既に真っ赤である。
そんな詩音に負けないくらい顔を真っ赤にするエンジン。
「詩音氏、好きですぞ。某と付き合ってメイド服姿を見せて欲しいですぞ!」
「はい。喜んで」
二人の影がそっと重なる。
どうやら伝説のご利益というのは本当にあったのかもしれない。
「あれ、花火なんて予定にあったっけ?」
校庭から離れた場所で後夜祭を見ていたオタク君。
隣の女子にそう声をかける。
オタク君が誰に声をかけたのか、それが分かるのはもうちょっとだけ先の話である。




