第158話(リコルート)「今日は僕がエスコート致します。姫」
顔を真っ赤にし、目を吊り上げてオタク君を睨むリコ。
思わずたじろぐオタク君。
別にリコはオタク君が憎くてにらんでいるわけではない。これはそう、単なる照れ隠しである。
「えっと、似合ってますよ」
リコとは短い付き合いではないので、これが怒っているのではなく、恥ずかしがっている事くらいはオタク君も何となく気づいている。
なので、フォローのつもりでそう口にした。残念ながら悪手である。
「あぁん?」
オタク君がそんな事を言えば、リコは余計に恥ずかしがって悪態をつく。
「似合うかどうかよりも、こんな恥ずかしい格好で歩けるかよ」
そう言って、部室から出ようとしないリコを、演劇部員の女子たちがからかうようにいう。
「えー、そんな事ないよ。可愛いじゃん。キミもそう思うよね?」
「あっ、はい」
「ばっ、おまっ、可愛いって……」
演劇部員の女子たちにおされ、つい返事をしてしまうオタク君。
姫野瑠璃子は基本可愛いと言われるのが嫌いである。
可愛いと言われるときは、大抵がイジられるか、身長の事を遠回しにバカにされる時だったからである。
なので可愛いと言われれば言われるほど、不機嫌になる。
しかし、それは過去の話である。
今はオタク君に恋心を抱く少女。
恋する少女が好きな相手から「可愛い」と言われて、嬉しくないはずがない。
ちょっと前までだったら、オタク君に「可愛い」と言われても悪態が付けたリコだが、好きの気持ちが大きくなってきているのだろう。顔を赤らめて慌てふためくばかりである。
(あぁ、この子、この男子に惚れてるんだ)
そして、リコのそんな可愛らしい反応を、同性である演劇部員の女子たちが見逃すわけがなかった。
装飾品やウィッグを持ち出し「これも付けてみない?」と、強引な押し売りが始まる。
抵抗をするリコだが、手慣れているのか演劇部員は抵抗がないかのように手に持った装飾品やウィッグを付けていく。
先ほどまではフリルをあしらった、お姫様のような衣装を着ていただけだったが、ロングヘアのウィッグを被せられ、可愛らしいチョーカー、フリルとリボンのついた靴下、おでこ靴と完璧に仕立て上げられていた。
「これは流石にやりすぎだろ!」
鏡に映った自分の姿を見て、リコが更に顔を赤らめて叫ぶ。
しかし、服を変えようにも既に制服は洗われている最中である。
「せっかくの文化祭ですし、そういう格好も良いんじゃないですか?」
「よくねぇよ。大体こんな格好してるやついるか?」
「山崎とか?」
他にも、クラスメイトでコスプレしてる人もいますよねと、リコの反論に一瞬で論破するオタク君。
そのコスプレの大半はオタク君が手伝ったのだが、それはこの際置いておこう。
何かを言い返そうとして、何も言い返せないでいるリコ。
ようやく観念したのか、軽いため息を吐いた。
「まぁいいや、文化祭が終わるまで部室に引きこもるから」
「部室はやめておいた方が良いんじゃないですか?」
「なんでだよ?」
こんな格好で歩くくらいなら、文化祭は部室で誰とも会わないようにする方がマシだと言い放つリコに、オタク君は苦笑する。
「絶対優愛さんにいじられますよ」
「あー……」
優愛なら確実にイジってくるだろう。なんならウザ絡みをしてくる。
まずは抱き着いてもみくちゃにしてくるだろう。その後に服を引っ張ったり、そしてまた抱き着いて、写真を撮ってはまた抱き着いて。
危険なのは優愛だけではない、たまに委員長もそれに乗じてくるのだ。
それが三人だけの空間ならまだ良いが、バーボンハウスに来ている客の前でやられるのは流石に厳しいものがある。
「制服は乾燥機にかけて貰えるから、夕方までですし」
「はぁ……仕方ないか」
呆れ気味のリコに、希望の髪型があればセットしますよと言うオタク君。少しでもリコを元気づけるためである。
以前ロングヘアに興味ある発言をリコがしていたのを覚えているので、せめてリコの希望する髪型にすれば気はまぎれるだろうと。
「そうだな。それも良いけど」
ニチャァと笑みを浮かべ、振り返るリコ。
同じくニチャァと笑みを浮かべながら、衣装を手にしている演劇部員たち。以心伝心である。
「お前もコスプレしろ!」
リコに腕を掴まれ、部室に引っ張られるオタク君。
部室に入ってきたオタク君を、演劇部員たちが即座に確保し、お着替えが始まる。
「ちょっと、自分で着替えますから、脱がさないで」
オタク君のスケベシーンである。やったぜ!
慣れた手つきでイヤーンな格好にされ、慣れた手つきで服を着せられるオタク君。
「えぇ……」
リコのお姫様と対の、王子様の格好にさせられ困惑気味のオタク君。
どうせ自分は村人その1とか、良くて兵士みたいな恰好だろうと思っていたので。自己評価が低いオタク君である。
「似合ってるじゃねぇか」
オタク君の格好を見て、ニヤニヤしながら言い放つリコ。先ほどの意趣返しだろう。
言われたオタク君は、少し顔を赤らめ「そんな事ないですよ」と後頭部をかきながら照れている。
そんなオタク君がリコの前に立ち、やや真剣な目をする。
「な、なんだよ」
普段は悪態や乱暴な言葉使いをしているリコだが、元来はビビリな性格をしている。
なので、急に真面目な顔をされると、怒らせたのかと不安になり、語気が弱くなる。
そんなちょっとビビリ気味のリコの前でオタク君が片膝をつく。
「今日は僕がエスコート致します。姫」
「おまっ、姫って!」
姫とは、リコが一番言われたくない言葉である。基本的にバカにされるときに呼ばれる名称なので。
少しだけピクつくリコだが、オタク君は引かず、そのままリコの手を取る。
「お、おい!」
「さぁ、行きましょうか」
悪態をつくリコだが、オタク君に手を握られ、やや強引に部室の外へ連れ出されると借りてきた猫のように大人しくなる。
そんなリコを見て、オタク君は心の中で安どのため息を吐く。
(演劇部員の人達が言った通りだ)
『ああいう子は、天邪鬼だから、キミが強引にでも引っ張って楽しませてあげないとダメだよ』
先ほど着替えの最中に、こっそりとささやかれたオタク君。
確かにリコの天邪鬼な性格はよく知っている。
しかし、強引にいって嫌がられたらどうしようか。そんな風に葛藤しているオタク君に、もしもの時は演劇のネタをやっただけ言って誤魔化せば良いと後押しする演劇部員。
そんな風にそそのかされ、オタク君はいつもとは違う強引さでリコを連れ出してみたのだ。
オタク君の隣で顔を赤らめながらも、普段のように悪態など一切つかずに素直についてくるリコ。
リコを楽しませてあげたいから。そんな風に考えるオタク君。
それは、普段から「小田倉がどうしてもって言うなら」というリコと同じである。
その気持ちの真意を、オタク君はまだ気づいていない。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
隣を歩くリコの顔をコッソリ覗き見するオタク君。
少しづつではあるが、自分の気持ちに気づき始めているのだろう。
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